債権者平等の理念に反する相殺の制限
破産法および,判例上認められている債権者平等の理念に反する相殺の制限について見てましょう。
まずは破産法から見ていきましょう。
71条を見てください。
第七十一条 (相殺の禁止)
破産債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。
一 破産手続開始後に破産財団に対して債務を負担したとき。
二 支払不能になった後に契約によって負担する債務を専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結し、又は破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担した場合であって、当該契約の締結の当時、支払不能であったことを知っていたとき。
三 支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていたとき。
ただし、当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは、この限りでない。
四 破産手続開始の申立てがあった後に破産者に対し
て債務を負担した場合であって、その負担の当時、破産
手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
2 前項第二号から第四号までの規定は、これらの規
定に規定する債務の負担が次の各号に掲げる原因のいず
れかに基づく場合には、適用しない。
一 法定の原因
二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破
産手続開始の申立てがあったことを破産債権者が知った
時より前に生じた原因
三 破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前
に生じた原因
箇条書きで重要な点をまとめてみます。
(1)破産手続開始決定後に債権者が取得した債権や債務での相殺はダメ
(2)破産手続開始決定前に相殺適状の状態であっても,支払停止(例えば受任通知を受け取ったとき)や破産申立の通知などを受け取った後に取得した債権債務での相殺はダメ!(一部例外あり)ということです。
なので,破産申立事案については,
基本的に,債権者は受任通知を受けて,
支払停止の事実を認識したとき以降に取得した
債権・債務による相殺は制限されることになります。
次の例について考えて見ましょう。
1(例)
受任通知を受けたあとに,債権者である銀行の債務
者名義の口座に給与が振り込まれた。
銀行は相殺できるか?
給与は差押禁止債権です。
しかし,預金口座に入金してしまうと
ただの預金債権になってしまうので,
相殺が可能になります。
しかし,
受任通知を受けたあと=支払停止の事実を認識した後に発生した預金債権ですから,やはり相殺はできない
ことになります。
それでは,破産法の適用が無い場合,
任意整理の場合はどうなるでしょうか?
破産法のような規定はありませんので,
原則は破産法が定めるような相殺禁止はありません。
しかし,債権者間の公平を害する相殺を権利の濫用であるとする判例があります。
札幌地判平成6年7月18日について
検討してみます。
この事案は,弁護士が受任通知を出した後に,
銀行がその債権と債務者の給与振込みがなされた
預金口座とを相殺すると意思表示した事案です。
給与は差押禁止債権ですが,
上記のとおり,預金に入金されると相殺が可能になります。
そのため,相殺が可能であるかのように思われます。
しかし,裁判所は,
(1)「支払停止後の債務者の最低限の生活保持の趣旨」に反し,
(2)「支払停止後の任意整理の過程における債権者間の公平の趣旨」に反する,としてこの相殺権利の濫用で許されないとしました。
以上から,
受任通知後の債権者間の公平を害するような相殺は
権利の濫用であるとされる傾向にあります。
アーク司法書士法人
李永鍋