想像を超えて雄弁だった小沢一郎の街頭演説 | 永田町異聞

想像を超えて雄弁だった小沢一郎の街頭演説

口下手で、パフォーマンスが苦手。これは小沢一郎氏の自己評価である。たしかに、人をほめたり、感謝の気持ちを表現するのは不得意だ。


小泉純一郎のように、土俵上で「感動した」と言ってみたり、ブッシュの前でプレスリーの真似をするような愛嬌は皆無だし、森喜朗のように、小泉の演説は政治家の演説じゃないとこきおろして、自分の弁舌を自慢するお調子者でもない。


ところが、代表選街頭立会い演説会での小沢一郎は、想像をはるかに超えて、雄弁だった。勝負をかけた舞台では名優になれるのが、ミステリアスなところといえようか。


民主党の代表選がはじまって、小沢氏が各局のテレビ番組に出るようになった。話が端的で、分かりやすい。相手の隙をズバリと突く。これまでテレビを味方につけようとしなかったのが不思議なほどだ。


世論調査では、菅首相よりおそろしく支持率が低い。しかし、潮目は変わりつつあるように見える。小沢氏サイドが周到に出演番組を選んでいるのが大きい。


テレビ朝日では、鳥越俊太郎、大谷昭宏らが質問者となったスーパーモーニングに出て、星浩や藤原帰一が顔をそろえるサンデープロジェクトへの出演を断った。


フジテレビでは、榊原英資の参加を確認して、新報道2001に出演。


NHKでは、小沢氏一人に聞くニュースウオッチ9に。それから司会者、菅首相と三人だけの日曜討論にも出演した。


こうした番組選択は、断られた番組の司会者やプロデューサーの反感をかうだろうが、すべての番組の要請に応じるわけにもいくまい。自分の持ち味を醸し出すのに適した場所を選ぶというのは、首相をめざす政治家としては当然の戦略といえる。


「総理大臣が決めるんです」。これが小沢の殺し文句だ。霞ヶ関の厚い壁をぶち壊して、必要な予算をつけ、不要な予算を削れるのは自分だけだという小沢の自信には、心を揺さぶられる人も多いだろう。


菅首相の著書「大臣」にこういうくだりがある。


「政治家がトップダウンでやるというと、独裁につながるという批判の声をよく聞く。しかし、私は誤解を恐れずあえて言えば、民主主義というのは『交代可能な独裁』だと考えている。」


筆者は、菅氏にこの言葉の実行を期待した。むろん、主権者である国民に委ねられた者としてのトップダウン政治を、である。


ところが彼は、それをはき違えてしまった。


国民が昨年の衆院選で民主党に勝たせたのは、政官財共同体のための官僚支配体制を解体して、国民のための政治家主導へとこの国のかたちを変革してもらいたいからだった。


首相に就任した菅氏が参院選を前に、党内議論を経ずして消費増税への航路をさし示したのは、あきらかにトップダウンのはき違えである。


財務大臣でいる間にギリシャ危機などでさんざん官僚に脅された菅氏は、首相就任早々、財務省の軍門に下った。与謝野馨、谷垣禎一といった財務省御用達の財政再建タカ派と似たようなことを言いはじめた。


念願の首相の座についた直後の菅氏は、興奮し意気込んだに違いない。「小鳩」が去り、内閣支持率がⅤ字回復し、長期政権の可能性が転がり込んできたように見えた。


その、はやる気持ちが心眼を曇らせたのか、それとも霞ヶ関をコントロールできず苦しんできた鳩山政権の味わった苦労を避けたかったのか、改革政権とはもはや言えない、安易な道を歩いていこうとし始めたのである。


参院選で惨敗したあとの怖じ気ぶりと、守勢は、傍目にも痛々しいほどだった。野党時代の威勢のよさが無くなるのは、あるていど仕方ないとしても、薬害エイズ事件に関し、官僚を一喝して重要ファイルを見つけ出したあの蛮勇はどこへ消えたのかといぶかる国民も少なくあるまい。


シロウト衆の党執行部でねじれ国会を乗り切れるわけはないが、「脱小沢」の旗を降ろすわけにもいかず、いまさら党務の第一人者、小沢氏に擦り寄れば自らの政治生命が危うくなる。菅首相は完全なジレンマに陥ったまま、代表選に突入した。


小沢氏に果敢に攻め込まれ、防戦一方というのが菅氏の現状だろう。


いずれにしても、霞ヶ関という巨大組織を思うように動かさなければこの国は変わらない。どちらに変革を託すのが早道なのかを、投票権を有する人たちはしっかり見極める必要がある。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)