子供手当て問題に火をつけたのは首相か、メディアか | 永田町異聞
2010年02月15日(月)

子供手当て問題に火をつけたのは首相か、メディアか

テーマ:政治

鳩山首相が昨日、官邸に父母10人を招いて「リアル鳩カフェ」なる茶話会を開いたそうだ。


その席で一人の母親が言った。「子ども手当てをいただけるのはいいが、将来に借金を残すのが不安です」


これに鳩山首相がこう答えた。「財源は、ムダ削減で余裕ができた分でやろうという仕組みを基本的にはつくりたい」


これが、今日の新聞記事では「首相、満額支給見送り示唆」(日経) 「首相、満額にこだわらず?」(朝日)という見出しになる。


菅直人財務相が「所得税、法人税、消費税、環境税といった本格的な税制の議論を3月には始める」と語った。


すると、今日の新聞記事には「消費税論議、来月から」(日経) 「消費税議論来月に」(朝日)の見出しが躍る。


これらの記事をボードに貼り付けた今朝のテレビワイドショーで、著名な司会者が首をひねる。


「子ども手当ては満額支給しない?」「参院選を前によく消費税論議を持ち出せるものだ」。コメンテーターたちが、またもマニフェスト違反と言いたげな顔でうなずく。


こうして、政治家の発言は単純化され、永田町のみならず、巷の政治談議でも言葉のひとり歩きが始まる。


「子ども手当ての満額支給をあきらめたそうだ」「ほれ、やっぱり消費税アップだ」。毎度のパターンである。


鳩山首相はひと言も「満額支給を見送る」とは言っていない。菅財務相も「議論をしたい」と言っているだけだ。


ところが、記者たちはそのままでは記事にならないから、尾ひれをつける。鳩山発言にかかわる朝日の尾ひれは以下の部分だ。


「発言は、財源しだいでは満額支給にこだわらない姿勢を示したとも受けとれ、議論を呼びそうだ」


これはニュースづくりの常套手段である。そう「受け取った」のは記者であり、他の人が同じように解釈するかどうかはわからない。それでも「首相の姿勢転換を匂わせば記事になる」と思えば、そういうニュアンスを付け足して書くのが記者の習性といえる。


菅財務相発言についての尾ひれは「消費税抜きでは歳入の見通しを描けないと判断したもよう」(日経)などというくだりだ。


これも消費増税論議の解禁へ財務相が舵を切ったという色を記事につけることによって、ニュースバリューの押し上げをねらっている。


政治家は、記事の書かれ方に慣れてくれば、うまく記者の習性を利用する発言ができるようになる。自分に利が生まれるような言葉を発言内容に織り込み、記事をうまく誘導するテクニックを駆使するのだ。


ただ、野党暮らしが長い鳩山首相や、菅財務相がその域に達しているとは思えないし、それほどのタヌキではなさそうに見える。


こういうときの典型的な記事が日経新聞にあった。


「鳩山首相が満額支給に必ずしもこだわらない意向を示唆した発言が政府内で波紋を広げている」

「政府筋は『しっかり無駄削減をやるという認識を強調しただけだ』などと、火消しに躍起だ」


鳩山首相が、父母たちと茶飲み話でした会話の内容を、一大事に仕立て、官邸の誰かに「首相がこう発言したがどう思うか」とコメントを求める。


それに対し、官邸の誰かが、あたり障りのない返事をしただけで、「火消しに躍起だ」となる。「火をつけたのは君たちだろう」と言いたいところではないか。


このように新聞をじっくり読んでいくと、まだまだこのメディアは捨てたもんじゃない。報道する人間の意図が、必ず記事のどこかににじみ出るのが面白い。細部に真実は宿るのである。


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