翔ちゃんは一口ビールを飲んだままうつむいて、何もしゃべろうとしない。

やだなこの沈黙。

いやな予感しかしないよ。
空気でわかるこの『別れ話をするカップル』感。
言い出せない一人と、わかってるけどまだ信じたいもう一人。

何回かそういう場面に出くわしたことがあるけどあれは見てるこっちが…
「あっ」
「えっなに!?」
翔ちゃんが突然大きい声を出しておれを見た。

「やべ…車だったんだ」
「あ…」

ちょっと前なら『あはは別にいいじゃん泊まってくでしょ?』って言えたけど今日は言えない。

「そう、だね…おれもなんも考えずにビール出しちゃったゴメン」

一口くらいだし、時間が経てば問題ないだろうけど…
別れ話をどれ位の時間でするつもりかもわかんないし別れ話のあと何時間もいっしょにいなきゃいけないのはお互いきついし…。

会話がうまく続かない。

「まいっか」
「えっ?」

翔ちゃんは妙に声が明るくなった。
なに、なにかいい案が浮かんだの?
うまくメンバーに戻れるような…そのための時間になるような…

「車に置いてきたけど明日の着替えもあるし泊まっていいかな?」
「え、えっ?」

泊まるの?
泊まれるの?
何すんの?

「あ、駄目だった?」
「いや、ダメとかじゃなくて」
言い終わらないうちに翔ちゃんはまだたっぷり入ってるビールをぐーっと飲み干した。

「はい、もう完全に飲酒しちゃいました。今夜はお世話になります」

何かふっきれたような笑顔につられて思わずおれも
「えっとじゃあ…またビールでいい?変える?」
なんてよくわかんないこと言っちゃって。

あわよくば酔っ払って別れ話なんて先送りにしてくれたらいいなーなんて。
今日が楽しかったら考え直してくれてもいいよーなんて。

「いや…もう酒はいいや。真面目に話したい」

その言葉に胸がずきんとする。

淡い期待は一瞬で打ち砕かれて。
行き場のない右手でぎゅっとグラスをにぎった。


翔ちゃんはきゅっと眉毛を上げてキャスターのときみたいに姿勢を正した。
「相葉くん…その…ごめんね」

ああほらやっぱり。
こんな短期間でふたりから別れ話なんて正直キツイよ。
いくらおれでも笑ってられる余裕ないよ…。

「俺相葉くんが好き過ぎて自信がなかったんだ」

…………ん?

「相葉くんの元彼が気になったり、勝手に比べたり、相葉くんがいつまでも俺を好きになってくれない気がしたり」

翔ちゃんのしゃべることっていつも順序立っててわかりやすくて。
子供でもわかる解説みたいな、本当に頭のいいひとの話し方だよなっていつも思ってた。

「それでもいいよって告白したはずなのに俺どうしようもないよな」

でもなんだか今日の翔ちゃんは電話のときからよくわからなくて。

「相葉くんを好きな気持ちは変わらないのにどうしようもないよな」

最後まで聞いて初めてわかるのかな?
ちゃんと結論を言ってくれるのかな?
それともおれがバカなだけで翔ちゃんはとっくに言いたいことは言ってるのかな?

「……ニノに」
その名前にドキッとする。

「ニノに言われなきゃいつまでも自信が持てなくて相葉くんに会えないなんて…どうしようもないよな」
「……に…の…?」
「うん」

翔ちゃんの声は優しい。

「ニノに、背中を押してもらったんだ」

それはきっとにのの分。
ふたりぶん、優しく聞こえた。
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