・・・渡しちゃった。
ついに渡しちゃった。

渡したら返される日が来るのに。

そんなことされたら俺には一時的な避難場所もないのに。


「翔ちゃん・・・」
冷静になれなくてその場に蹲った。


―――ここからいなくならないでほしい。


このままずっとここにいればいい。
だからこのままずっと彼女に囚われていればいい。

俺のこと好きになってほしい。
だから彼女のことなんか忘れてしまえばいい。


・・・俺の願いは何一つ叶えることなんて出来ないんだ。





楽屋でディレクターと打ち合わせと称した世間話をしてたら
ドアをノックする音が聞こえた。

マネージャーが開けるとそこにはすらりとした女性が立ってた。
「本日は宜しくお願いいたします」

丁寧に頭を下げるその人は紛れもなく『彼女』で。

「あぁ・・・こちらこそお願いします」
深々と挨拶するついでに足元から見てやった。

春っぽいパステルカラーの華奢なサンダルに白くて細い足。
ぴらぴらのスカート、そこそこ大きい胸。
細いのに柔らかそうな腕に毛先まで手入れの行き届いた長い髪。

全部全部、俺にないもの。
全部全部、貴方が求めてるもの。

「ニノさんニノさん」

彼女が出て行くとディレクターは楽しそうに話しかけてくる。

「彼女今熱愛報道すごいでしょ、トーク中うまくそれ絡めてほしいんですよねー」
「あ・・・あぁ、うん」

・・・ほんと嫌な仕事。