8月上旬、父が旅立ちました。
夜20時にダイニングテーブルまで自分で歩いて食事をして、0時過ぎにトイレをして、朝の5時に母が気づいた時には亡くなっていました。
表情が生きてる時と同じだったので、窒息で苦しむというより段々意識を失っていって穏やかに旅立ったのだと思います。
いつもは隣の部屋で母が扉を開けて寝ますが、ちょうど兄が泊まったので、兄が隣の部屋で寝ていました。
亡くなる前日(というか数時間前)、往診医の先生の診察でした。
酸素マスクの提案もされましたが、父は拒否。
「魂と身体を切り離すのもひとつの選択だと思っています」
「当初の計画通りでお願いします。」
「少しずつこの体調に慣れていきます。」
と答えてました。
あと1週間くらいだろう、とのこと。
ここからは、家族が辛そうな父を見届ける覚悟が必要らしい。
母は「ちょっと怖い」と不安そうでした。
その晩の旅立ちでした。
誰も気づかないうちに旅立ってしまい、母が落ち込んでたら、エンゼルケアにきてくれた看護師さんが教えてくれました。
亡くなり方はその人の性格が表れるんだそう。
賑やかなのが好きな人は大勢の人がいる前で亡くなることが多い。
辛いところを見せない人は誰も見ないうちに亡くなることが多いらしい。
家族はぴったり側についていたのに、ゴミ出しに行った数分の間に亡くなったりすることもあったそう。
看護師さんが
「昨日の先生の話、お父さんも聞いてたからね。ちゃんと計画を立てる人だったから、お父さんがそう計画して旅立ったんだよ思うよ」
と言ってくれました。
ちょうどその晩、兄が荷物を取りに少しだけ自宅に帰ろうとしたら「帰るな」と言ったらしい。
兄が「荷物取ったらまた来るよ」と答えたら「そうか」と答えて落ち着いたとのこと。
母を不安にさせないように、兄がいるタイミングで旅立ったのかな、と思いました
そして、体調のことを聞いても父は「大丈夫だ」というばかりで、最期の最期まで「苦しい」などの弱音は一切言わなかったです。
父、強すぎるでしょ、かっこよすぎるでしょ、と泣きました
遺影も本人に選んでもらい、葬儀で流す曲も父の希望を聞いていたので滞りなく進めました
倉木麻衣さんの渡月橋など、父のお気に入りの曲を葬儀会場で流せました
娘の私から、お別れの言葉も葬儀で言ってきました
会葬礼状も、オリジナルの内容にしていただいて素敵な内容でした。
出棺の時だけ、雨の予報ではないのにその場所にだけ強い雨が降りました。
父、泣いてるのかな?と話して少し切なくなりました
葬儀から時間が経ち、ちょっとだけ霊感のある兄の夢に、父が「落ち着いたから来た」と出てきてメッセージを送ってきたらしいです。
兄いわく「お父さん、病気になる前の元気な姿だった」とのこと
よかったあー!
父、今は元気に過ごせてるんだね!
往診医の先生に言った「魂と身体を切り離すのもひとつの選択」といった言葉が蘇ります。
父、苦しいけど頑張ったんだね。
今は元気に動けてて良かった
たくさん動いて大好きな田んぼに行ってね!
あと、私の次女(1歳半)が実家に行くと、時々、すごく怖がって泣き出します。
普段は絶対しない泣き方
そんな時「じじちゃんいるの?」と聞くと、天井を指差したり、誰もいない方向を指差して大泣きします
そういえば次女、病気前の体の大きい父(じじちゃん)怖がってたな
その姿を見ると、「父、いるねー」と私と母で嬉しくて話しています
怖がる次女には申し訳ないですが
父が世界中のどこにもいなくて、まだ悲しみは続きます。
遺影の元気な姿を見ると「本当にいないの?なんで?嘘でしょ?」と信じられない気持ちになります。
解決するのは時間だけなんだろうな、と思います。
早く日にちが過ぎて、あの時はたくさん泣いたねーと穏やかに話せるようになりたいです
父、ありがとう
父の子どもで幸せでした。