今日の修善寺温泉は晴れ。
晴れてはいますが、日中の最高気温は13℃。
風が冷たい一日になっています。
「大正8年築 登録有形文化財 月の棟」
「日本画家 安田靫彦画伯」のデザインで藤原式建築で建てられましたが、昭和30年代の旅館業法の改正によって改修が必要になりました。
その際、安田画伯による藤原式建築の外観は残して客室の一部改修を行うことになりましたが、その考証を行ってくれたのが同じく日本画家「川端龍子画伯」。
明治18年生まれの川端龍子画伯は大正初め修善寺温泉を訪れます。
当時新井旅館には横山大観画伯をはじめ、前田青邨・小林古径・安田靫彦・今村紫紅といった紅児会メンバーがよく滞在していました。
川端龍子画伯は「新井旅館は紅児会の根城だった」とのちに語っています。
修善寺を気に入った川端龍子画伯は度々訪れ、修善寺温泉に別荘を建てたり、修禅寺の檀家となりお墓も修禅寺に造ります。
そして昭和34年には文化勲章も受章されます。
そんな時期に「新井旅館 月の棟」の改修の考証をして下さいました。
「月の棟」のロビーは川端龍子画伯の意匠が詰まっています。
玄関にも川端龍子画伯の意匠がずらり。
東京大田区にあります川端龍子画伯の自宅兼アトリエ跡が「龍子公園」となっていますが、「龍子公園」にも同じようなデザインを見ることが出来ます。
例えば今年2月に修理を行いましたが、エントランスのデザイン。
また、玄関横の壁のデザイン。
そしてつくばい。
どれも川端龍子画伯のデザインで出来上がっています。
川端龍子画伯はその後昭和41年4月10日に81才でお亡くなりになりました。
しかし、文化勲章受章された直後にデザインされた「新井旅館 月の棟」はその姿を今も残し続けています。
今日4月10日は修善寺温泉をこよなく愛した「川端龍子画伯」の命日です。
以前の川端龍子画伯の日記→2018年4月10日の日記
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