人はあいまいな情報を与えられると、自分のこれまでの記憶や経験を総動員させて、自分なりの解釈を行います。

あいまいなままでは不安になるので、それが本当ではなくても、どこかおさめどころを見つけて安心したいようです。

 

 

 

事実がどうでもいいというわけではないのですが、事実よりもそれをどう感じているかということのほうが、ものすごく重要になる時があります。

 

「過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自分だけ」と言ったのは、エリックバーンですが、

もし悲しい出来事が、そうではないものになったとしたら、それは“過去を変えられた”と、言うことにはならないのでしょうか。

 

悲しい記憶・苦しみを伴う記憶は、大抵秘密にされ、こころの奥深くにしまい込んでがっちりと封印されてしまいます。

だからこそ、何も変わらないまま長い時間、こころに残っています。

おとなしくしているかと言えば、そうではなくて、

それは、何のきっかけがなく、嵐のようになったり、雷のようになったり、勝手に暴れだします。

その時、また苦しくなるわけです。

 

いつかきっちり向き合って、表現して、新たなイメージのものになってくれるといいですよね。

 

できると思うんです。

この世のほとんどのことは“絶対”はありませんから。

あいまいと言えばあいまいなことなのですから。

 

   

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