「恋の罪」、「愛のむきだし」と園子温の映画をアマゾンプライムで立て続けに見た。

 

 その一方で「チーズスイートホーム」の様なアニメも見ている。

 

 最近思うのは人間の心の暗い部分を僕は認めなかったり、感じなかったり、知らな過ぎるのではということだ。

 

 ある意味僕は純粋無垢なまま大人になったのかもしれない。

 

 自分にも優しい部分があるのかなと思っている。

 

 どうして東電OLは夜の街に立ち続けなくてはならなかったのか。

 

 何でチーはあんなに純粋無垢で可愛いのか。

 

 そしてチーを純粋無垢で可愛くて仕様がないと思えない人もこの世にいると思うと僕は恵まれた人生を送っていると思えてくる。

 

 この世には美しいものを美しく思えなかったり、優しい気持ちが分からなかったり、温かいものが分からない人たちもいる。

 

 千葉であった幼女殺害事件の加害者のことを考える。

 

 もし自分の欲望の矛先が幼女に向かっていたらどうすれば良かったのか。

 

 この加害者もそれが許されないことだということぐらいは分かっていたけど止められなかった欲望はどこに向かわせれば良かったのか。

 

 向かうこと、到達することが許されない欲望を抱いてしまう精神構造を持ってしまった人間は生まれてはいけなかったのか。

 

 貧乏人は犯罪者なのか。

 

 じゃあ金持ちや生まれや育ちが良い人間がいるのは何故なのか。

 

 働いても働いても報われない人間が抱く欲望は犯罪か。

 

 欲すること自体が罪なのか。

 

 では裕福な人間が抱き続け、かなえ続ける欲望は罪ではないのか。

 

 かくも世の中が混沌しているのは何故なのか。

 

 存在すること自体が罪なのか。

 

 正解がない。

 

 毎日、市バスに乗っている。

 

 醜い老人たちがいる。

 

 いつも心の中でこんな奴ら早く死んじまえと思っている。

 

 そんな自分が苦しい。

 

 だから思わないようにした。

 

 みんな弱者なのだ。

 

 生まれながらに人間は弱者なのだ。

 

 生きることに執着しないといけないし、死ぬことに怯えなきゃいけない。

 

 金持ちも貧乏人も全ての人がそうなんだ。

 

 だから外側を取っ払えば中身はみんな同じ人間だ。

 

 俺たちは同じだ。

 

 生きていることに怯え、死ぬことを欲したり、生きることを望み、死ぬことに怯えたり。

 

 全員一緒だ。

 

 そう考えたら俺は人に優しくなれる気がした。