ストレスの発散をネット上の匿名性の高い空間で行う人間たちが一定数いる。

 

 僕もツイッターをやっているし、こうしてブログを自分の日誌にアップしてストレスを発散させようとしている口だと思う。

 

 素直に言う。ただ自分の考えをワードに打ち込んでいるだけだと寂しいからだ。いや、寂しいという言う方で解決するのは良くないかもしれない。

 

 承認欲求があるからだ。

 

 ネットでの承認欲求の満たし方は美しくないのもある。けれど、不特定多数の人間の中から、もしかしたら自分と似たような考え当たをしている人間を探し出せる可能性も出てくる。現実の自身のコミュニティよりも数多くの人間に自分の考えを披露し、批判されることもあるだろうが「似た者同士」を見つけ、コミュニケーションを取れる可能性があるのだから悪いことばかりでもないだろう。

 

 僕自身、ポケモンゴーのコミュニティをツイッターで見つけられたのは本当に良かった。色違いポケモンや珍しいポケモンに出会った喜びを承認しあうのは心温まることだと思う。皆、一様に優しい。

 

 けれどだ。少なからず、その中にポケモンゴーをやることは気持ち悪いとツイートしてくる人間が出てくる。更に逆にそうしたツイートを晒して批判するやり取りもある。まあ、どっちも自由だが気持ちの良いものではない。出来るだけ楽しく心温まる気持ちでやりたいからだ。

 

 その中で自分が感じたことは、そうした他人の揚げ足取りでストレスを発散する人間というのは、元々の知的能力や読解力の低い人間が多いのもさることながら、表現力に乏しい人間が多い気がする。もっと言うと、抱えているストレスや解決できない苦しみがその程度の人間なのだ。

 

 僕からすると、その程度の短絡的な表現でストレスを発散できる人間が羨ましくて仕様がない。自分の悩みやストレスはもっと深く根深い。だから、それらを掘り起こすためにも本や漫画を年間に千冊近く読み、読むだけでは解決しないから文章も書き、文章を書くだけでは病気になるからポケモンゴーをしながら一日に十五キロから二十キロ歩いているのだろう。歩きながら考え続け、読みながら考え続け、文章に書きながら考え続け、それでもストレスを発散するには至らない。そもそもがストレスは発散できるものではない。ストレスの根源を見つけ解決する作業が必要だ。

 

 だから、ネット上で他人を誹謗中傷している余裕はないし、それで解決できるものでないのも分かり切っているから、読み、書き、運動をする。

 

 人それぞれ抱えているストレスや不安の大小や根深さは様々だろう。

 

 しかし、ネットでの誹謗中傷に勤しむ輩は永遠に自家撞着を続けるだけだ。

 

 読解力や表現力がないためにきちんとした本は読めないし、理解できないから、短絡的な表現で相手を攻撃し、それでもストレスが収まらないから攻撃を繰り返し、何だか知らないがもやもやしながらのたうち回り、周りからの尊敬を失い、ネット上でも袋叩きにされることもあり、永遠に救われないでのたうち回る惨めな生き物と化すのだろう。

 

 そりゃそうだ。救われる自助努力を放棄しているんだから。

 

 とりとめなくなったが、かと言って僕自身もまだのたうち回っている状態なのは間違いない。

 

 自分の行き先や矛先が、不当解雇をされ、和解金をえたものの見つからない。

 

 生きるのが辛くて死にたい。そう思うことも多々あった。

 

 けれど、今はそういうこともない。

 

 ポケモンゴーをし、本を読み、少なからず文章を書いて自分と向き合っていく気持ちにはなれている。

 

 自分にとっての優先順位をこの恵まれた環境の中で考え抜いていきたい。