「いらっしゃい!何名様ですか?」
平日の昼下がり。
明人は1人とおぼしき客にこのような聞き方をした。
なぜなら入って来た客はデカ盛りで有名な太平軒にはそぐわない小柄でかわいい女性だったからだ。
「1人なんですけど。」
「あっ、じゃあこちらに。」
明人は意外に思いながらも、カウンターの隅の席を女性にしめした。
「う~ん、何にしようかな~?」
女性は席につくと周囲に貼られているメニューを見渡した。
「それじゃあ、チャーシューメン大盛りとチャーハン大盛り、それにから揚げお願いします。」
「はぁ?」
お冷とおしぼりを出した明人は耳を疑った。
「あの~うちの料理はどれもすごい量なんで大盛りいらないですよ。」
「スポーツしてる男子学生でも普通のラーメンとチャーハン食べればお腹いっぱいですから。」
「から揚げもハーフにしましょうか?」
女性はそれを聞くとムッとした表情を浮かべ
「だいじょうぶです、ちゃんと食べれますから。」
「こら、明人!」
さらに何か言いかけた明人を博がたしなめた。
「お客さんがええって言うてんねんからそれでええ。」
「いや、でも残されるのわかってるのに・・・・・・・・」
それを聞き咎めた女性はさらに表情を険しくし
「ちょっとー!それどういう意味、ちゃんと食べれるって言うてるでしょ。」
「そこまで言うんやったら、私がちゃんと食べきったら責任取ってもらうわよ。」
明人も売り言葉に買い言葉で
「おぉー、きれいに全部食べたらタダでええよ!」
思わず口走ってしまった。
「ちょっと明人。」
綾子は止めようとしたが
「まあ、ええやんけ。」
博は案外おもしろがっていた。
やがて女性の前に洗面器のような大きな器に入ったチャーシューメンとチャーハン、それに山盛りのから揚げが並べられた。
だが女性は一向に怯んだ様子はなく、むしろ嬉々とした表情を見せていた。
明人はその様子を見ると不安を覚えた。
女性はとくに無理をする素振りも見せず、1つ1つを味わいながら全てをきれいに平らげた。
「ごちそうさま。」
「どう、これで納得してもらえた?」
「今日のお代はタダってことでいいのよね。」
女性は勝ち誇った目で明人を見た。
明人は黙ってうなずいた。
女性は口元に笑みを浮かべると
「な~んてね、わかってもらえればいいんです。」
「結構、どこに行っても同じようなこと言われるし。」
「お金はきちんと払います。」
明人はそれを聞くと大きく首を振り
「それは困ります、約束は約束。」
「今日のお代はいりません。」
女性は再び表情を険しくし
「もう、せっかく水に流そうとしてるのにかわいくないわね。」
「別にかわいいなんて思ってほしくないですから。」
明人も硬い表情で言い返した。
「こら、明人ええかげんにせえ!」
「お譲さん、申し訳ない。」
「タダっていうのが気にいらんのなら、半額ってことでどうかな?」
「それで納めてやってください。」
「ほら、お前も謝れ!」
博は無理やり明人に頭を下げさせた。
女性は表情を緩めると
「そんな大げさにしてもらわなくてもいいですよ。」
「別に気にしてませんし。」
「じゃあ、お言葉に甘えて半分だけ払います。」
女性はお金を支払い立ち上がると
「じゃあね、明人クン。」
明人にウインクして出て行った。
「何やねん、あれ?」
明人はキツネに抓まれたような気分だった。