正人の転勤話が出て以来、太平軒に響き渡っていた明人と結衣の喧嘩の声はすっかりなりをひそめていた。
もうすぐ離れ離れになるという事実が2人の気持ちを重くしていた。
互いに顔を合わせても何と言っていいのかわからず、ただ黙りこんでいることが多かった。
親たちも心配しているが、こればかりはどうすることもできない。
そして数週間が経過したある日。
「あれ?結衣、何やってんの?」
夜遅く台所に立つ娘に綾子は声をかけた。
「チョコレート作ってるの。」
「バレンタインの?」
「そう。」
「お母さん、手伝おうか?」
「ううん、自分で作りたいの、とくに明人の分は。」
綾子はうなずくと
「それやったらがんばって作りなさい。」
「いつまでもくよくよしててもしょうがないし。」
「そうやって一生懸命何かやってるほうが結衣らしいよ。」
結衣は少し笑顔を見せ
「うん、ホンマは今でも寂しいし悲しいけど・・・・・・・・・・・」
「いつまでもくよくよしてたらおじさんとおばさんにも悪いし。」
「それに辛いのはみんないっしょやから。」
綾子も笑顔で
「そうやね、明人もきっと喜んでくれるわ。」
「うん。」
結衣は小さくうなずいた。
「父ちゃん、母ちゃん、ちょっとええかな?」
リビングでくつろいでいた正人と直子に明人があらたまって声をかけた。
「どないしたん?」
母の言葉に明人は姿勢を正し
「いや、将来の進路のことで相談があるから。」
「進路?何や、やりたい仕事でもあるんか?」
父の問いかけに明人はしっかりとうなずいた。
「ほぉ~そうか、お前もそんな年頃になったんやな。」
「とにかく座りなさい、座ってゆっくり話ししましょう。」
「うん。」
両親の言葉に明人はうなずきソファーに腰掛けた。
「っで、お前のやりたい仕事って何や?」
正人はさっそく話を始めた。
明人は両親を交互に見ながら
「前々からぼんやりとは考えててんけど・・・・・・・・」
「実は・・・・・・・・・・」