「おっそ~い!遅刻!」


少女は頬を膨らませた。


「うっさいわ!遅れたって5,6分やんけ!」


「そんなんでいちいちブーブー言うな!」


いきなり文句を言われた少年は不機嫌そうに応えた。


「ちょっと何?その言い方!誰のためにわざわざいっしょに行ったってるって思ってんのよ。」


少女は父親譲りの栗色の髪とブルーの瞳に似合わないバリバリの大阪弁で言い返した。


「いつ俺がついて来てくれって頼んだ?」


「そっちが勝手について来てるんやろ!」


少年のその発言に少女はついに奥の手を出した。


「あっそ、そんな言い方すんの?」


「それやったら今の全部、おばさんに言うからね。」


!!


「アホかお前!いらんことお袋に言うな!」


少年はあきらかにうろたえていた。


少女は少年の弱点がその母親であることを充分に承知しているのだ。


「言われたなかったら、何か言うことあるやろ?」


少女の勝ち誇った顔は癪にさわるが少年はしぶしぶ


「遅れてゴメン。」


頭を下げるのだった。


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少年と少女は中学3年生。


少し家は離れているので同じ学校ではないが、親同士が友達なので幼いころからいっしょにいた。


いわゆる幼なじみである。


少年は父親に瓜二つと言っていいぐらいよく似ていて、胴長短足の典型的日本人体型であった。


それに比べ少女はハーフである父親から栗色の髪とブルーの瞳を母親からは癒し系のやさしい顔立ちを受け継いでいた。


いわゆる美少女である。


当然、周囲の男子は皆、彼女にチヤホヤしたが1人だけ彼女に見向きもしない男がいた。


それが幼なじみの少年だった。


しかし少女にはその理由がわかっていた。


少年のそばには常に美しい女性がいたからだ。


それは彼の母親だった。


彼の母親は40に手が届こうかという年齢にも関わらず、その美貌は群を抜いていた。


少年は無意識のうちに母親と比べてしまうのであろう。


それだけに少女はいつか少年を振り向かせてみたかった。


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「ここか~。」


「やっぱお父さんやおじさんが出てた大会みたいに大きいとことちゃうんやね。」


「そりゃそやろ、入場無料やねんから。」


「でもここで初めて中学生の大会あっておじさんが初チャンピオンやったって。」


「お父さん言うとったよ。」


「ふ~んそうなんや、親父もお袋も何も言わんかった。」


「照れくさかったんとちゃう?」


「そうなんかな?」


2人はそんな会話を交わしながら建物の中に入っていった。


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今日は中学生空手大会が開催される。


少年は中学3年にして初出場である。


少年は父親が師範をつとめている空手道場に中学1年のときから通った。


小さいときから父の空手の試合は見ていた。


普段はやさしい父が試合では鬼神のように恐ろしく、また強かった。


そして母はそんな父を愛しさと憧れとがないまぜになった瞳で見ていた。


少年はそのとき父に嫉妬のような感情を覚えた。


空手の練習は実戦形式で厳しかったが少年はへこたれなかった。


いつか父を乗り越えるために・・・・・・・・


その努力が認められ空手を始めて2年目、大会に出ることを許された。


だが肝心の両親は最初からはいない。


母の仕事の関係で父が迎えに行き、途中から来ることになっていた。


そう是が非でも勝ち残らなければならなかった。


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「上段回し蹴り1本!」


会場に1本勝ちのコールが宣誓されると


「やったー!」


少女の甲高い声が響いた。


少年は1回戦こそ緊張から苦戦したが、そのあとは父親譲りのパンチと母親譲りのキックの技で次々と1本勝ちを収めていった。


残るは決勝戦のみとなった。


しかし未だに両親は到着していなかった。


「おじさんとおばさん、間に合わへんのかな?」


少女が心配そうに言う。


「別にええって、中3にもなって親観にこんでも!」


少年は別に気にするふうではなかったが、少女にはそれが強がりであるのはわかっていた。


決勝までの30分の休憩がいよいよ終わろうというとき


「早く、早く!」


「まだ勝ち残ってるんか?」


「そんなん当たり前やんけ、俺の息子やぞ!」


「ちょっと私の息子でもあるんよ。」


賑やかな声が聞こえてきた。


「お父さん、お母さん、おじさん、おばさん。」


「間に合ったんや。」


少女がうれしそうな声を出した。


「ゴメン、ゴメン、沙雪ちゃん、車混んどってん。」


少年の父親が申し訳なさそうに言った。


少年は無関心を装っているがみんなが入ってきた瞬間、うれしそうな顔をしたのを沙雪は見逃さなかった。


「ちゃんと勝ち残ったんやな。」


「うん。」


「ようがんばったんやね、次もがんばりや!」


「ああ。」


両親に声をかけられ少年は照れくさそうであった。


「それにしても親父の中3のときとそっくりやな!」


沙雪の父が言うと


「ホンマに・・・・・・昔に戻ったみたい。」


沙雪の母は懐かしそうに少年を見ていた。


少年はどうリアクションしていいか困ってしまった。


そのとき少年のゼッケン番号と名前が呼ばれた。


いよいよ決勝の開始である。


「がんばれよ!」


「しっかりね。」


沙雪の両親が声をかけた。


「はい。」


少年は力強く返事をした。


「行って来い!」


父が軽く背中を叩いた。


母は少年の目を見てうなずいた。


少年も同じくうなずき返した。


最後に沙雪が


「がんばってね。」


いつもとはちがうやさしい口調で声をかけた。


「うん。」


少年は短く答えて試合場に入った。


両者が構えていよいよ決勝が始まる。


「はじめ!」


号令と同時に少年は飛び出した。


「行けー、明日真!」


母の声に背中を押されて。



       END