(前回の続きです。長文です)
川崎 et al. 2010『カムフラージュ治療を行った下顎骨左方偏位症例』岐阜歯科学会雑誌 37 (1), 67-73.
↑こちらの論文で気になったことの
二つ目は、
「下顎の骨自体の形・大きさに問題がある」
と判断した根拠についてです。
例えば、正面から顔を見たときに、
オトガイの位置が横にずれていて、
頭部X線写真(正面)においても
下顎の正中と顔の正中とが
一致していないことがわかるとします。
このとき、
「下顎の骨自体の形・大きさに問題がある」
と判断するために一番よいのは、
どんな方法でしょうか?
もし、可能であるならば、
CTなどの3D画像を用いて
下顎の骨の長さを計ることが
一番確実なのではないかと思います。
でも、この論文の症例では
3D画像は撮っていませんし、
患者の下顎が実際に
どのように動くのかを
何らかの信頼できる方法で確認した、
という記述もありません。
下顎の骨自体の形・大きさに問題があると
判断した根拠としてあげられているのは、
口腔内所見で
「下顎運動路において
早期接触などの
運動制限を認めなかった」
ということだけなのです。
つまり簡単に言うと、
初診時に患者に
奥歯でぎゅっと噛むように指示したところ、
早期接触となる歯は特になく、
すんなりと上下の歯がかみ合い
それなりに安定した。
その安定した時に顔を見ると、
オトガイが左に5ミリずれていた、
ということですよね?
もし本当に、これだけの根拠で、
「下顎の骨自体の形・大きさに問題がある」ので
「患者がもし同意するならば、
外科手術併用の矯正が適応となる」
と判断することが、
歯科医療現場の日常なのだとしたら、
私はとても不安を感じるのです。
というのも、
まだ歯列矯正の必要性を意識していない頃の、
ずっと前の自分のことを
覚えているからなのです。
その頃の私が、
何も考えずにぼーっとしながら
何かを食べたとします。
その場合、
どこにも早期接触する箇所はなく、
下顎は、
左右の奥歯がよく咬みあう位置へと
「無意識に」動いていました。
このよく咬みあう位置というのは、
下顎の正中が顔の正中から
右に5ミリぐらい、ずれた位置になっていて、
寝ている時の噛みしめも
この位置でやっていたと思います。
下顎をこの位置に置いたときの
上下の歯列の状態を描写すると、
「過蓋咬合」ということに
なります。
でも、片頭痛発作がひどかったり、
顎の歪みがどんどんひどくなったり、
ということがあったので、
いろいろと調べてみました。
そして、試行錯誤しながら
顎のストレッチや動かす練習をした結果、
「下顎をまっすぐに動かしてきて
口を閉じる」
ということが少しずつできるように
なってきました。
で、下顎をまっすぐに動かしてきた場合には、
下顎の正中と顔の正中のズレは
それほど大きくはないのです。
だから、
当初の私の下顎の正中がずれていたのは、
「下顎の骨自体の形・大きさに問題がある」ため
というよりは、
下顎の(無意識に行われる)動かし方に
問題があったためだと思っています。
そして、まっすぐに下顎を
動かしてきた場合には、
左の1~3番あたりの歯が
早期接触してしまい、
奥歯でうまく咬むことができません。
だから、
顎をまっすぐに動かそうとした時に生じる
早期接触を改善したり、
その他のガタガタな歯並びを治したりする為に、
私には歯列矯正が必要でした。
一方で、
下顎骨の形や大きさを
大きく変える外科手術は
不必要なんだと思います。
こうした自分の例と照らし合わせてみると、
論文の患者さんの場合も、
下顎の(無意識に行われる)動かし方に
問題があって、
下顎の正中が左にずれていた可能性も
あるんじゃないかなあと
思います。
特に、論文の患者さんの場合、
初診時に右上2番が
歯列から完全にはみ出してしまって
右上1番と3番に隠れてしまっていた、
ということが気になります。
その状態だと、
口の中の右前あたりが混雑しているので、
無意識のうちに下顎が
その辺りを避けるようにして
左側に動いていった、
ということは考えられないでしょうか?
(続く)
出典:
川崎 et al. 2010『カムフラージュ治療を行った下顎骨左方偏位症例』岐阜歯科学会雑誌 37 (1), 67-73.