手当たり次第の読書日記

新旧は全くお構いなく、読んだ本・好きな本について書いていきます。ジャンルはミステリに相当偏りつつ、児童文学やマンガ、司馬遼太郎なども混ざるでしょう。
新選組と北海道日本ハムファイターズとコンサドーレ札幌のファンブログでは断じてありません(笑)。


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著者: 小野 不由美
タイトル: 東の海神 西の滄海 十二国記 講談社X文庫―ホワイトハート
以前、朝日新聞朝刊の連載小説『花はさくら木』のわるくちを言いましたが、その後も順調に(おい)2日に1回くらいの割で突っ込みどころが見つかっております。
作中の時代設定は江戸中期。宴の席に林檎酒が出てきたときは、いやこれは明治に導入された西洋リンゴじゃないのだ日本古来の和リンゴなのだ、と解釈することにしましたが。開けゴマ、はまずいでしょう。アラビアン・ナイトが日本に紹介されたのは明治ですよー。郵便、という単語もまたしても平気で使ってるしなあ。
5年ぶりの新刊が出てから既に4年。とみに刊行間隔があくようになってしまってる「十二国記」シリーズです……いや、「ブラック・キャット」シリーズの9年に比べれば半分だけど(笑)。
何しろ大大大好きな作品なので、まとめて語るのはとても無理。今後もちびちび小出しにしていくことになると思いますが、3作目『東の海神 西の滄海』のあとがきで、作者がこんなことを言っていました。
「作中で『伊達ではない』という言い回しを使いたかったのですけど、これはどう考えてもこの世界、この時代、使用されるはずがありません」
世界、というのはこれが異世界ファンタジーだから。それもかなり古代中国風の世界です。しかしそれなら、外国語を日本語に翻訳してるのと同じだと割り切ることもできそう。それに、時代、って?
実は主人公が、日本の生まれなんですね。瀬戸内海の海賊の若様。応仁の乱の頃です。伊達ではない、という言葉は確か、伊達政宗から来ていますから……なるほど、この若様の時代にはまだある筈がない。
という具合に細心の注意を払いながら、サボる、は見落としてしまったのがちょっと残念ですが(これ、サボタージュする、の略なので)、この作品ではそれが気になるというほどではないんですよね。
数の問題だなあ、やっぱり。塵も積もれば山となる。ひとつひとつは些細なことでも、『花はさくら木』、何ぼ何でもあり過ぎです。
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著者: 新井 素子
タイトル: チェックメイト〈前編〉―ブラック・キャット〈4〉
出てたんですねえ……! それも、1年半近くも前に。
コバルト文庫の棚なんて、もう随分前にチェックしなくなっちゃっていたものなあ。今回だって、捜して見つけた訳ではないのです。ホワイトハート文庫の棚を見ながら「ああ、『十二国記』の次巻はいつだろうか」などと思い(あっと、そういえばこのシリーズの話ってまだしてないぞ!)、ふと平積みの台に目をやったらば。
『いつか猫になる日まで』がある? わあ、新しいイラストだ……てことは既刊の全部が新装お目見え? 確かめようと棚を見たら。
この2冊があったのでした。
「ブラック・キャット」シリーズ最新刊にして最終刊!
いやー、まさか読めるとは思いませんでしたよほんとに。未完のシリーズで終わっちゃうと思ってました。新井さん、ごめんなさい。そして有難うございます。そしてそして、編集者の方、ほんとにほんとに有難うございます!
しかしほんっとに長かったなあ……1作目が出たのなんて、21年も前ですよ。だもんで、伝説のピカレスク・ロマン、などと銘打たれてしまう訳ですが……えーと、作中時間はどう見ても、シリーズ全部で1年半も経ってません(笑)。21年も経てば当然社会風俗だって物凄く変わっている訳ですが、このシリーズに関する限り、そこら辺は誤魔化せてしまうのでした。だって、ハチャメチャ、ドタバタの怪盗もの、いわばファンタジーなので。「おお、今作では携帯電話だのメールアドレスだのって単語が出てきているね」というくらいです(って、似たようなことを前にも言った気が……あ、『いつでもお天気気分』のときだ)。
それにしても。恐るべし山崎ひろふみ……! 常識で考えれば絶対壊せる訳のないものを、本人に壊そうという意図が全くなく必ず壊す特技を持つ男。最終巻でも健在、というかシリーズ史上最強でした……。今作で彼がたどり着く「諦念」というのか「覚悟」というのか「開き直り」というのか(笑)、これにはもう死ぬほど笑わせて頂きました。
新井さん、彼を主人公に新シリーズ始めませんか!?
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著者: 吉村 昭
タイトル: 暁の旅人

昨日はNHKのホームページを見て、改めて「ああ夢じゃなかった」と安堵(笑)。しかし副長、何を生放送中にいきなり宣伝してるんですか……。自分が出てるドラマの放送日に・その局の番組で・他局の特番の話をしている山本耕史28歳、芸歴28年です。顔は文句なしの二枚目ですが、ひょっとしてキャラは三の線なのかこの人は?という疑いが益々濃くなってきた今日この頃。
という具合に「新選組!」続編がらみの話を始めたら止まらなくなりそうなのですが、今からテンション上げ過ぎてもお正月まで身が持たないので、通常の読書日記を。
今、『胡蝶の夢』を読み返しています。全4巻のちょうど半分まで終わったところで、改めてつくづく実感。『暁の旅人』とは、ほんとに・全然・まるっきり、違うんですよねえー。
『暁の旅人』は、偉人伝、という気がします。ここに出てくる松本良順は、日本近代医学の開祖、以外の何ものでもありません。只ひたすら、何年の何月に何があった、何をやったと列記されているだけで、彼の人柄が想像できるような挿話はまるでなし。まあ、作家が作為を避けたということなのかもしれませんが、その結果、物凄く完全無欠の人物みたいな印象になっちゃってます。するとどうなるか。正直、つまんないんですよね。実に淡々と医学修行をして、淡々と日本初の西洋式病院ができて、淡々と会津戦争の場に居合わせて、という感じ。
一方の司馬遼さん描く良順は、とても同一人物とは思えないほど(笑)実に血の気の多い男です。医者なんだけれどもむしろ武士たらんと欲していて、好悪の感情は激しいほうで、酒席が大好き。このキャラクター設定がどこまで司馬さんのオリジナルなのかは判りませんが、この作品の良順は、あくまで作中時間のリアルタイムの存在として生きています。偉人の青年時代、ではありません。
そして、常に闘っています。蘭方医であるということは、ごく自然に、封建日本の身分制度と真っ向から闘っていかざるを得ない。『暁の旅人』にその辺の描写が皆無だという訳ではないのですが、良順のことしか書いてないんですよね。「敵」である漢方医や幕府の役人の描写が少な過ぎて、彼がどれほど巨大なものを相手に苦闘していたのかが伝わってこないんです。
昔どこでだったか、ディズニーと手塚治虫はどこが違うか、についてこんな言い方を聞きました。ディズニーのアニメは入口と出口が同じ。手塚作品は入口と出口が違っていると。
正確さという点では、たぶん『暁の旅人』のほうなのでしょう。でもこの作品は入口と出口が同じです。『胡蝶の夢』は、違っています。

著者: 司馬 遼太郎
タイトル: 胡蝶の夢 (第3巻)
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ええと、ここはあくまで読書日記であって、「新選組!」ファンブログではないのです。

ではないのですがしかしやっぱり、これは叫ばずにいられない!


2006年NHK新春時代劇は、「新選組!」の続編だーー!!


脚本・三谷幸喜、主演・山本耕史だーーー!!!


……はあはあはあ。

明日には冷静になってなくちゃ……

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著者: 吉川 英治
タイトル: 鳴門秘帖〈1〉
連休だったので、今日は忘れずにテレビ欄をチェック。はい、しっかり観ましたよ、「桂小五郎と近藤勇 竜虎の決戦」を。
いやー、予想以上に大爆笑でした。山ほど突っ込みどころがあるだろうとは思ってましたが、まさかあそこまでとはねえ……役者の年齢については言いません。桂・近藤の対決は、どう見ても大藩の殿様か御家老が斬り合ってるようにしか見えませんが(言ってる)。役者のルックスについても言いません。土方歳三は美男じゃないし、永倉新八は「でっぷりとした立派な体格」(by八木為三郎)どころか頬がこけてますが(だから言ってるってば)。
何か西本願寺全体が新選組の屯所になっちゃってるっぽいし、薩長同盟は桂小五郎の発案ってことになってるし、新選組が京都ほっぽらかして木曽まで出張って行っちゃうし、桜田門外の変で死んだ筈の有村冶左衛門が慶応2年なのに生きてるし、大政奉還の話も出てこないうちから坂本龍馬と中岡慎太郎が殺されちゃうし……まあ、凄い脚本でした(笑)。
そしてストーリーのトンデモぶりとは別に、言葉についても突っ込みたくなりましたね。京言葉がただの一度も出てこない。幾松さん、あれじゃ江戸の芸者です。昭和32年の映画だそうですが、今みたいに方言が使われるようになったのって、一体いつ頃からなんでしょう。
『鳴門秘帖』、大正15年から昭和2年にかけて書かれたというから相当に古い。これはドラマを観たのが最初です。まだ小学生でしたが、子供にも面白い娯楽物でした。主役は若き日の田村正和、ヒロインは初々しい原田美枝子、あっそういえばナレーションが今は亡き古今亭志ん朝だったんだ……。森本レオが大坂の目明しで、いい味出しておりました。
で、原作が読みたくなって親に買って貰いました。勢い込んで読み始めたら、確かに凄く面白いんですが……違和感が一つ。目明しが、大阪弁を喋ってない……。
びっくりして母親に言ったら、書かれた当時は、方言を出してもそれ以外の地域の人には受け付け難かったんじゃないか、という答えが返ってきたのを憶えています。
京都や大坂が舞台なのに、標準語しか出てこない。今そんなことをやったら、逆に読者・視聴者から叱られかねませんよね。
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著者: 中村 彰彦
タイトル: 新選組全史 幕末・京都編
今日はお休みでした。昼食の後、このとこ忙しくてストップしてた「新選組!」DVD視聴計画をやっと再開。第37回「薩長同盟締結!」を観て、「ほぼ日」や色んなファンサイトの感想もまた読んで午後2時半、さてと、と新聞ひろげてテレビ欄を見たら。
NHK-BS2 映画「近藤勇 池田屋騒動」 1:00~2:30
……ぬかった……!
主演は嵐寛寿郎だとか。うーん、これは観たかった。何せ昔の映画ですからね。付け焼刃の知識で知ったかぶりして、「ほんとはこうじゃなかったんだよーだ」とか言いつつ面白がれただろうにと思うと残念至極です。
また買っちゃいました、新選組本。これは今まで何冊か読んだうちの最長です。幕末・京都編と戊辰・箱館編の上下2巻。じっくり書き込んであって読み応えあり。無味乾燥な年表風でもなければ、エピソードの羅列でもありません。
面白いのは、色んな定説・伝説について、単に真贋の判定にとどまらない検証を試みていること。
たとえば、勘定方河合耆三郎の切腹の原因となった50両紛失事件について。この金を誰が盗ったのかまで推理した本って、ちょっと珍しいのではないでしょうか。で、状況証拠から中村氏が推定した最有力容疑者が武田観柳斎。このあたりジョゼフィン・テイの『時の娘』にも似た歴史ミステリ風で、「おお、そう来るか!」と読んでてわくわくします(それにつけても「新選組!」第38回の筋書きは……偶然じゃありえないですね。三谷さん、絶対これ読んでる)。
しかし、山村竜也氏の本を読んだ時にも思ったことですが……子母沢寛ってば。
功績は認めます。認めますがしかし、やり過ぎです。新選組を私物化してます……。
沖田総司の最期の、黒猫エピソードも彼の創作らしいのだそうです。江戸時代には、黒猫を飼えば労咳が治るという俗信があったのだそうで……斬る訳ないよー!
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著者: P.M. カールソン, 延原 泰子
タイトル: オフィーリアは死んだ
昔、江口寿史がロッキング・オンJAPANの連載の中で描いてました。週刊朝日にちっちゃく「幻のマンガ家」とか書かれたら、会う人会う人皆から言われたと。
ほんのちっぽけな記事でもここまで伝播力の強い週刊誌(しかも、週刊朝日なんて別に部数1位とかじゃない訳だし。ポストとかに載ったら一体どういうことになるんだか)。あんまり不用意なことを書いて貰ったらちょっと困るよなあ……と思うのでした。
小倉千加子氏のコラムで、「恋におちたら」における山本耕史の扱いに疑問を呈していた訳なのですが。
チョイ役じゃないか、というのまでは判ります(もっとも私としては、あのドラマなら主役や準主役よりも、印象的なチョイ役、のほうがずっと役者としてのイメージが良いと思ってますけども)。しかし、彼のテレビ以外の仕事に全く触れてないというのは頂けない。彼の酒豪ぶりを、あんな風に捉えるのはもっと頂けない。山本耕史を全く知らないという人が、あのコラムだけで判断したらどうなるか。
大河で準主役を見事に演じたものの、その後ろくな仕事が来ず、酒量が増える一方……マイナスイメージもいいところ。実際は映画だ舞台だと引っ張りだこ状態な訳ですし、仮にそうでなくても、いい役が来ないと不満を言って酒に逃げるような、そんな甘ったれた役者だとは思えないのですよ、彼は。
『ガラスの仮面』とこれとで、ドラマの見方がすっかり変わってしまった本です。とある大学で「ハムレット」公演の最後に殺人があって、というミステリなのですが、見所はむしろそれ以前の部分。台詞の解釈、舞台装置、照明の効果……プロの俳優達と学生達が、最高の舞台を作り上げようと、まさに全身全霊をかけて奮闘します。たった2秒のシーンのために何週間もかけることさえいとわない。
「この商売で、学生がいちばんに覚えなければならないのは、やりたい役の九十九パーセントは断られるってことよ」
ヒロインの言葉です。それが日常であるからこそ、真に手応えのある役、手応えのある作品に出合えた時は、文字通り全てを賭けてそこに打ち込む。活気溢れる描写は、舞台のさまがありありと目に浮かぶようです。
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えー、初めにおことわり。今回は「読書日記」にあらず、「視聴日記」です。
山本耕史と谷原章介(のみ)目当てに毎週観ているドラマ「恋におちたら」。毎回のゲストスターには藤村俊二や草村礼子、さすがフジテレビな贅沢なセット……しかし脚本があまりにも甘い、お粗末、御都合主義。
だったのですが、この前のはちょっと様相が違いました。
いや、相変わらず話自体は先が読めてしまったんですけれどね。主人公の島男くん(草彅剛)が脇へまわって、高柳社長(堤真一)メインの回だったので。この人、本心は絶対に口にしない、腹の底の判らない人物です(島男とは正反対に)。
なので。実際の台詞がたとえ納得のいかないものでも、彼の真意はまた別だ、と思うことも可能。表情のつかめない堤真一の顔を見ているうちに、違う解釈が頭に浮かんできてしまったのでした。ミステリ好きの通弊と思ってお許しあれ。
話はこうです。高柳の亡父が事業に失敗した際に世話になった社長が、自分の赤字会社を引き取ってくれないかと持ちかけてきます。この社長は末期ガンで余命幾許も無い身。全社員の反対を押し切って買収を決定する高柳。情というものをまるで持ち合わせないかに見える彼が、ビジネスを捨てて恩義だけで行動したのか……と誰もが信じ込みますが、実は赤字会社には関係者の誰も気付いていない宝の山があったのでした。社長が死ぬや否や、高柳は会社を売り飛ばし、巨額の利益を得ます。
恩義とビジネス。ドラマが描いたのはこれだけです。ここから先は、私の勝手な想像。
復讐、もあったのじゃないかと思うのですね。
赤字会社を引き取れだなんて虫の良すぎる申し出ですが、「恩人」と「末期ガン」で許容範囲。自分の死後が心配でならないこの社長は、他のことなど考えられなくなっているのでしょう。しかしこれは相当に厚かましい恩返しの強要です。しかも本人は多分そのことに気付いてもいない。死にかけている人であることを考慮に入れてもなお、この鈍感さ、無神経さに高柳は本当に平静でいられたか。憎悪を感じることはなかったか。
家に来てくれ、と社長は言う。それは、実はもともと高柳家の屋敷。幼い自分がつけた背比べの傷を見る高柳は、社長から亡父の遺品を渡されます。君が来てくれたら渡そうと思っていた、といって。

或いは社長には他意はなかったのかもしれない。本当に好意だけだったのかもしれない。しかし、高柳がそれを素直に受け取ることが本当にできたか。
父も恩人の社長も会社を持ちこたえられなかった無能な経営者だ、と高柳は言い、軽蔑を隠そうともしません。この2人が、自分の幸せな子供時代を断ち切ったのですから。実家の工場が倒産したばかりの島男は、カッとなってしまいそれ以上突っ込んで考えることをしませんが……。

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著者: 吉村 昭
タイトル: 暁の旅人
えーっとお。
基本的に、面白いと思った本のことだけ書いています。「新選組!」以来ちょっと自分内ランキングが変動した『燃えよ剣』も、今また読めばそれはそれとして楽しめるだろうなというのも判ってますし。
ただ。
今回は、面白いと思えなかった本、について書きます。なーんだ、と本を放り投げておしまい、にしてもよかったのでしょうが。ちょっとそうはできませんでした。
松本良順が主人公ということで、どうしても比較してしまうのが司馬遼さんの『胡蝶の夢』。比較すること自体間違いなんだ、というのは重々承知しています。まず何よりも長さが違い過ぎる。短い方はどうしたって、駆け足にならざるを得ない。小説の主題そのものも違う。『胡蝶の夢』は江戸期日本の身分制社会に対する蘭方医達の闘いを描いていて、書きっぷりはいかにも「小説」。いっぽう本書は、良順が主人公の小説、というよりはむしろ伝記。ひたすら彼の事績を追うことに終始しています。
たぶん作者は、良順をそれは尊敬していて、だから厳粛に史実にのっとって書くべきである、あまり奔放に想像を働かせてはいけない、と思っていたのでしょうか。もしそうなら、それは一つの誠実さでしょう。
でも、それにしても。
たとえば、「奥医師として身近かに仕えた将軍家茂は、絶えず温情をもって接してくれて、それに対する感謝の念は忘れられない」というくだり。ここ以前の部分で、これに対応する記述がたった1行でもある訳ではありません。あまりにも唐突、そしてあまりにも説明的。
全体に、緩急もめりはりもない文章なのです。江戸城で将軍の脈をとり、新選組と交流があり、会津戦争の負傷者を治療し、という人を主人公にしながら、ひどく平板で淡々とした印象しか受けません。先日読んだ『落花は枝に還らずとも』は、地味で穏やかな人物を主役に据えながらも、幕末維新の動乱の雰囲気を見事に活写していましたが……。
そして、どうしても腑に落ちないことがひとつ。
良順と浅草弾左衛門のかかわりについて只の1字も触れられていないのは、一体どうしてなんでしょうね? 松本家の後継ぎの為に側室がどうのこうの、なんてことより遥かに重要なエピソードだと思うんですけれども。
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著者: 阿部 謹也
タイトル: 日本人の歴史意識―「世間」という視角から
桜井よしこ氏の言葉に引っかかりを覚え、そこから、ある本のことを思い出したのが2週間前。何だかんだで書くタイミングを逸しているうちに、色んなことがありました。
イギリスの警備会社(と報道では言われてるけど、軍隊会社、みたいなもんだそうですね)の人がイラクで武装勢力に襲われて、さらわれた人はどうやら日本人、家族がテレビに出てきてお詫びを言っている。傭兵になるのもイラクに行くのも、家族がすすめた訳でも何でもないし、本人は立派な成人。更には10年以上音信不通。なのに家族が「お詫び」をする……物凄く違和感がありました。と同時に、ああやっぱり、とも思いました。
この人以前に、イラクでさらわれた日本人のこと。とにかくまあ凄まじい悪罵の嵐でした。殺された人に対してさえそうでした。
肉親が命の危険にさらされていれば、取り乱しても当たり前だろうに、縁もゆかりもない他人から、家族の人達は非難の集中砲火を浴びました。
今度の事件、インタビューに応じている弟さんが、それらのことを想起しなかった筈がない。私達の誰一人として、彼の事件で実際に迷惑を被った人なんか実はいないのに、それでも記者会見は「お詫び」で始めなければならなかった。
思い出した本、というのがこれです。
書名の通り、日本人の歴史意識のよってきたるところを考察している本。そのために日本とヨーロッパの中世説話集を比較したり、親鸞の思想を紹介したりしているのですが、重要なのがサブタイトル。
世間。このややこしくて鬱陶しい、しかし無視できないもの。
JR西日本の脱線事故では、家族を亡くした怒りを口にした人に、「そういう態度だから息子が事故にあうんだ」という電話がかかってきたといいます。
「協調的な姿勢を常に示し、極端な感情的な行動は慎まなければならない」(「はじめに」より)……いついかなる時でも。他人の落度によって肉親の命を奪われたという場合においてさえ、「極端な感情的な行動」と見なされれば非難の対象となってしまう。それが日本の社会、いや世間というもの。
「『世間』は個人が突出することを好まない。全体として『ことなかれの体質』をもっている。その中で自分の資質を伸ばし、自分の主張を貫いてゆくためには闘わなければならないのである。『世間』と闘うことによって私たちは歴史への展望をも開くことができる。多くの人が『世間』の中で安住し、歴史を『世間』の外で演じられているドラマとしか見ていないときに、自ら直接歴史と出会い、歴史を描くためにはまず『世間』と闘わなければならないのである。歴史は闘う者にしかその姿を現さない」(第9章「日本人にとって歴史とは何か」より)
古典の引用が多くてちょっと骨が折れますが、読み応えのある本です。お薦め。
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