Aoyama Operetta Club

Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>
2014-11-01 00:33:09

青山祭ガラ・コンサートのお知らせ★

テーマ:お知らせ
みなさん、こんにちは!
お久しぶりです、キャストです


昨日から青山祭始まってますね、ハロウィンモード全開って人が多くて、外を見ているだけでも面白かったです。私達のサークルでは今日は準備のみ、明日に向けての最終的な合わせ稽古をして終わりました。



さて、ではお知らせです!

土曜日・日曜日にかけて当サークルはガラコンサートを行います♪
開演時間は以下の通り

土曜日
13:00、15:30
日曜日
11:30、14:00、16:00

全て30分前に開場しております。

演目はオペレッタ『メリーウィドウ』や『こうもり』、オペラは『魔笛』から、アメリカの歌曲から「夢路より」など幅広く演奏いたします。
(会により変動はありますが)今回のアンサンブルはピアノ、フルート、ヴィオラ、ヴァイオリン。キャストはソプラノ二人とバリトン一人の三人です。
少しでも興味がある方、ぜひいらしてください。

またこちらからの提供はないですが飲食も自由なので、外を歩きまわるのが疲れたな....という方もぜひ気軽に立ち寄って休憩場としてご利用ください*^^*



みなさまのご来場心よりお待ちしております♪




2014-10-25 01:36:02

日本が舞台のオペレッタ!!!

テーマ:コラム
そんなのあるの!?!?!?

あるんです!!!!!


あ、どうも。指揮者の芳本です。


まずはこちらをご覧ください。

1885年にイギリスのロンドンで初演されたアーサー・サリヴァン作曲の正真正銘のオペレッタです!日本の秩父のことなのか、「ティティプー」というところが舞台で、上演に際しては和装(もどき)で、和風のセットが使われます。ですが、内容としては日本の社会を映しているわけでもなく、登場人物の名前も「ミカド」以外はおよそ日本の人名ではなく、東南アジア系のものです。日本博覧会がロンドンで開催されて以降、イギリスでは日本ブーム。その流行に乗った作品だったとの見方があります。
このオペレッタのストーリーや成り立ちはWikipediaをご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%AB%E3%83%89_(%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%BF


さて、ご紹介している二つ目の動画、「act2」の22:20頃で演奏される曲、ちょっと聞いてみてください。

「宮様!宮様!おなまの前に!ピラピラするのは何じゃーな?とことんやれ、とんやれな!!」

と聞こえてきませんか?

そうなんです。これ、楽譜に本当にこう書いてあるんです。

え?信じられない?

では国際楽譜ライブラリープロジェクト(IMSLP)にアップされている楽譜を見てみてください。
楽譜ファイル→vocal scores→#248916(上から四つ目のモノクロ楽譜)→132ページ

http://imslp.org/wiki/The_Mikado_(Sullivan,_Arthur)


直接DLする方はこちらのリンクで

http://conquest.imslp.info/files/imglnks/usimg/d/d2/IMSLP248916-SIBLEY1802.23994.8add-39087011144799score.pdf





Miya sama, Miya sama, On n'm ma no maye' ni Pira Pira suru no wa Nan gia na , Toko tonyare' tonyare' na!


どうです?これを平仮名にすると、さっきのようになります。

通常、我々がオペラやオペレッタを演奏するとき、訳詩されたものであっても原語詩は必ず目を通します。例えば、日本語で「私はあなたを愛しています」は英語なら「I love you」だし、ドイツ語なら「Ich liebe dich」ですね。訳詩されたものである場合、原詩が「Ich liebe dich」となっていて日本語が「愛してる」だった場合を考えてみましょう。

原詩で最も重要なのは「Liebe」ですね。ドイツ語の動詞で「愛す」です。日本語詞の「愛してる」では、おそらく「愛」の部分「あい」に重さが置かれると思います。本来、音楽の流れに乗るように詩があてられ、あるいは詩の流れに乗るように旋律が置かれます。音楽と詩の流れは同じであるはずなんです。ところが訳詩するとどうしてもすべて一致させることは難しい。なるべく乖離させないようにするため、訳詩上演、訳詩歌唱の際にはかならず原詩を意識するというわけです。
原語上演であっても、和訳(対訳)を用いてストーリーの流れを追いますし、歌詞の中で重要な単語(さっきの例でいえばliebe)がどれか、なども把握しますね。

という前提のもと。


「宮様!宮様!おなまの前に!ピラピラするのは何じゃーな?とことんやれ、とんやれな!!」


意味不明です。
どうやってアナリーゼ(楽曲分析)すればいいのでしょう・・・


が。



ありましたよ。元ネタが。


時は1868年。
大政奉還の後、幕府が廃止されて明治時代に入るという時。

詞は、品川弥太郎。作曲は大村益次郎。
日本で初めての軍歌、行進曲とも言われている「宮さん宮さん」という曲があるのですが、この歌詞は

宮さん宮さん お馬の前に ひらひらするのは 何じゃいな トコトンヤレ トンヤレナ

というもの。曲は別名「トコトンヤレ節」とか「トンヤレ節」とも。

戊辰戦争において官軍の気勢が歌われる詩だそうで、大政奉還時の天皇側の行進曲だったと云われています。
そして曲名にもなっている「宮さん」とは、実は戊申戦争時の東征大総督であった有栖川宮熾仁親王のことだそうです。

さらに面白いのは、「宮さん宮さん」の3番の歌詞。

一天万乗の 一天万乗の
帝王(みかど)に手向かい する奴を
トコトンヤレ トンヤレナ

そうです!ミカドが出てくるんです!!!


オペレッタ「ミカド」
私としては、日本舞踊や歌舞伎、能狂言などを融合させて上演してみたいという気もします。

オペレッタも、レハールやシュトラウスの作品だけでなく、たくさんの演目があります。作品めぐりをしていると、隠れた名作や、珍作(?)に巡り合えるかもしれませんね。

今日はこの辺で、失礼いたします。
2014-09-22 00:57:18

オススメの一冊~制作視点~

テーマ:独り言

どうも。指揮者の芳本です。

いつも記事を出稿するのが深夜なのは、別のカンパニーで役者業をしており、その稽古がいつも夜間なもので・・・。帰宅後に書くといつもこんな。。。


今日はコラムというよりも、本当に独り言。おすすめの本を一冊ご紹介いたします。


木丸みさき著「わたしの舞台は舞台裏~大衆演劇裏方日記~」(950円)

http://www.comic-essay.com/episode/read/641

リンクからも、最初の数ページをご覧いただけます。


AOC顧問をしていただいている先生の研究室にあった本で、お借りしてまいりました。


大衆演劇のスタッフには、舞台監督と大道具さんと小道具さんとその他いろいろを混ぜたような「棟梁」という人がいます。座長さんや役者さんが「こんな感じの道具作って」と云われればそれの通りに作ったり、「夜の部で幕はこのタイミングでよろしく」と云われればその通りに幕を引いたり(幕は棟梁が動かす)。作者はこの棟梁をしている方で、コミカルな展開の中に舞台制作の様々なシーンが描かれていて、とても勉強になります。


あと大衆演劇の役者の舞台裏、その「態度」とはどういうものなのか、これを見るべきですね。大衆演劇の劇団は100以上のレパートリーを持ち、毎日違う演目を上演していきます。新しい演目が来たら、その日の夜の部が終わってから深夜の舞台で一日で仕込む。台本は存在せず、座長が役者に口頭でセリフや動きを伝える。これを誰一人として「そんなの無理」なんて云わないんです。これが当たり前として、大衆演劇の役者はベテランだろうが新人だろうが皆がやっているのです。このことをどう捉えるか、ということですね。


今まさに、芝居の舞台で役者として演技をしておりますけれども、セリフや動きが覚えられないというのは、ただの甘えなんだろうなぁと身をもって感じています。だって、大衆演劇の役者を思えば、少なくとも人間のキャパシティというものはそこまで狭いものではないということが、彼らが身をもって証明してくれてるんですからね。


オペラなどの世界には、そこに声楽の技術というものがどうしても介在するものですし、こればかりは長年の訓練と経験も必要であるのは事実です。どの位置がもっとも響くのかとか、そういったものは1日や2日でどうにかなるものではないですものね。




前々回、「オペレッタ、オペラ振興への道~興行編~」をお送りしましたが、こういう大衆演劇のシステムがオペラ界にあれば、これも振興策の大変有効な施策の一つとなるでしょうね。浅草オペラ的な興行形態。あ、浅草オペラについて、今度コラム記事にしましょうかね。


ではこの辺で。いい本だから、探してみてくださいね!


では、おやすみなさいませ。

2014-09-20 22:37:01

頑張れ!大学合唱団!

テーマ:コラム

指揮者の芳本です。


最近稽古場日誌がなかなか書けず、こんなのばかりで申し訳ない。でも前回の記事で「いいね!」を押して下さった方がたくさんいらっしゃって、こんな拙文でもご覧いただけているようでよかったです。ありがとうございます。


最近、「気のせいかな」と思っていたことが、どうやら気のせいではなく、本当に問題として浮上しつつあるんだな、と思ったことがあるので、今日はそれを記事にしたいと思います。


今日のテーマは大学合唱団のこと。

日本でもトップクラスの合唱団といえば、慶應義塾大学のワグネル・ソサエティーが真っ先に思い出されます。わが青山学院大学にもグリーンハーモニー合唱団という合唱団があります。デュークエイセスのトップテナーとして活躍された故・谷口安正さんは本学グリーンハーモニー合唱団のOBでもいらっしゃいます。ちなみに慶應ワグネルのOBといえば、やはりダーク・ダックスですね。


そんな大学合唱団。最近、存亡の危機に瀕しているところが増えつつあるそうです。

青学はまだ一定数の団員がいるのですが。。。


かつては100名以上の大所帯だった大学合唱団が、今では10名~20名。名門と謳われてきた合唱団が活動休止状態。OBOGと手を組まないかぎり演奏会すら開けないというところも多々あるようです。具体的に危機に直面する大学の名称は挙げませんが、実情を調べると「え!?あそこも!?」と驚くようなところがたくさん出てきます。


原因は一つ二つではないでしょう。例えばJR私鉄各線の相互乗り入れが増加して大学間のアクセスが容易になったため、インカレを認めているところならば通っている大学の合唱団ではなく大手に入るとか。歌ならカラオケで十分だとか。所属意識の低下とか。あるいは「苦労して汗水流し、ときに涙し、何かを完成させる」という体験よりも「目の前の楽しさ、娯楽を追う」という風潮へシフトしつつある、というのも大きい気がします。大学の公認愛好会も、毎年一定数増え続け、およそ大学のサークル活動として存在するのが不思議でならないサークルが乱立しています(こういうところも予算貰うんですけどね!)。批判するのは良くないでしょうけど、ポ○モンのゲームをするサークルとか、スポーツサークルという名の飲み会サークルとかもあります。


でも大学合唱団というのは、実は日本の芸能史、音楽史において大きな功績を残してきたのも事実です。前述のとおり、大学合唱団からダークダックス、ボニージャックスなどのコーラスグループが生まれ、あるいは大学の合唱団を経て音楽の道を志し、その後声楽家として大成した方もたくさんいらっしゃいます。委嘱作品もたくさん世に出されてきましたね。ある種、一つの文化の担い手だったとも云える大学合唱団。その功績を鑑みれば、これからの時代にあってもその役割は衰えることなく、オペラなど舞台芸術のそのように、ますます発展、振興していって欲しいものだと思います。


大学時代、遊んで楽しい思い出を作るのもそれはそれで良いのかもしれません。そうやって社交性が身につくこともあるでしょう。でも、大人数で一つのものを身体ひとつで作るというのは、ある意味合唱でしか味わえない一体感があります。苦労のないお楽しみサークルなんかでは作れないものです。「全員で力を合わせて一つのものをつくること」の本質的な部分を最大限に引き出してくれるのが合唱だと思います。


オペラやオペレッタの指揮者ではありますが、別にそれだけではなく管弦楽であろうが吹奏楽であろうが合唱であろうが、やはり音楽文化、芸術文化はプロアマ問わず、活気あるものになって欲しいと切に願います。


あーまた長くなってしまいましたね・・・黒背景に白文字で目がチカチカしますよね・・・

申し訳ありませんm(__)m

ではこの辺で。

2014-09-19 00:08:38

オペレッタ、オペラの普及への道~興行編~

テーマ:独り言

続き物を宣言した以上、やっぱり書かないとね。指揮者の芳本です。

あらかじめ申し上げておきますが、これは私個人の見解ですし、賛否両論が極端に分かれるであろうお話です。またリサーチ不足な部分も多々あることは承知の上でございます。この点、ご理解頂きました上で、ご高覧に供します。


先日は学校教育の現場で、つまり音楽教育の面からオペラへのアプローチを考えてみました。そして文末に『「興味を持っただけ」で振興することはできません』と申し添えてありました。


今日は、その先を考えてみたいと思います。


日本国内では、オペラの公演は常にどこかしらで行われていると思います。

市民オペラ、単発の企画オペラ、アマチュアオペラ、二期会や藤原歌劇団の公演、その他もろもろ。

ところが、日本のオペラには「ロングラン」というものがない。


簡単な話、ある若者があるオペラを見に行ったとします。とても素晴らしい公演で、友人にも勧めたいと思った彼はさっそく連絡をします。


「今日のオペラ、とっても良かったんだ!○○のシーンではかくかくしかじかの演出があって~~~云々」

「そいつぁすげぇや!おいらも見てみたいものだ!で、明日もやってるのか?」


はい。日本のオペラはせいぜい続いて3日とか4日とか。

もしこの若者が見たのが最終日だったら。もう二度とみることはできないでしょう。この演目を見たいなら、別のカンパニー、主催者がどこかでやってるかもしれないからそれを探すしかない。でも若者が感動したと言っていた公演はもう見ることはできないのです。


これは日本にオペラの専用劇場がないことと、それに付随すべき専属劇団(専属歌手)、専属楽団、専属バレエ団、専属合唱団というパッケージが存在できないということが大きいかもしれません。オーストリアにしてもドイツにしても、例えば首都ウィーンにはウィーン国立歌劇場、フォルクスオーパー、ベルリンならベルリン国立歌劇場、別の都市でもドレスデン国立歌劇場など大型の歌劇場があります。ここは専属の音楽家がその公演を支えており、一つの演目を何度も上演します。さらに地方都市にも小規模ながらも専属の音楽家を抱える歌劇場があり、コンスタントに公演が行われています。


そして観劇料。欧州でも大型の国立歌劇場はそこそこのお値段ではありますが、価格帯の安い座席は日本よりさらに廉価であったり、地方劇場ではもっと安い値段で観劇できることが多いようです。


ただ私は、決して大型の劇場で上演することにこだわる必要はないと思っています。

座席数200席くらいの規模のホールでいくらでもいい作品はできます。フルオーケストラがオケピに入らずとも、ピアノとバイオリンだけで十分です。どうしてもというのなら客席最前部に小さなアンサンブルを乗せる。これだけでも十分素晴らしい公演が打てるのです。大人数の合唱団、原作と同じだけの大人数の登場人物を必ずしもすべて網羅する必要があるかというと、僕は少なくともそれすら必要性がないのではないかと思います。現に欧州の歌劇場ですら、例えばフォルクスオーパー総裁のロベルト・マイヤー氏は数人のアンサンブルを置いて、自らが一人芝居でオペラ「タンホイザー」を上演したこともあるんです。


世界観を壊さない程度にある程度こじんまりとした構成にして、出演者の数を必要最小限にしたところで、台本作家と演出家が優れた感覚を持っていれば、十分でしょう。もっとも、これは音楽で科白もつながるようなオペラではなかなか難しいかもしれませんが、オペレッタやある程度芝居の要素が含まれるオペラ(「魔笛」など)であれば可能です。すき好みは分かれるかもしれませんが、オペラであっても演劇的な文脈を破壊しなければ、違う役の歌手が歌っても大きな破たんは無いでしょう。


小規模であっても世界観を十分に伝えられる作品、舞台。大型公演では数千万単位の予算が投じられるのに対して、場合によっては数十万~百数十万で上演可能です。文化庁や財団の補助金、援助金がなければ大赤字、そもそも自治体の主催公演だから赤字とか関係ない、なんていう経営的思考回路が完全欠如したような公演は、興行という側面を完全否定していることになります。しっかりとした「事業」として公演をとらえ、補助金や援助金なしでも黒字を計上することは当たり前なはずです。カンパニーそのものに、自力で黒を出せるような力がない限り、いつまでたっても状況は変わりませんし、国内の舞台芸術界はいつまでたっても今のままです。援助、補助金に頼らないでしっかりと自力で事業としての公演を打つ。こういう舞台を多く企画して、普段大型公演がなかなかやって来ない地方都市でも地元の音楽家を起用したり、都市部から招聘したり、あらゆる方法で上演機会を設けることだってできます。上演する中身はどうすればいいのか。それは前回の記事をご参照ください。


そしてこの手法は、オペラやオペレッタというジャンルにとらわれず、例えば日本の古典芸能の世界であっても同じような筋道で企画をすることで、若い世代に向けての発信力を高めることにつながるのではないかと思っています。歌舞伎、能、狂言、日本舞踊・・・さまざまな日本の古典芸能にはそれぞれの魅力があり、我々日本人の真髄を今に伝える大切な文化です。こうした文化を守るということは、実はただ上演することだけでは全くの逆効果で、そこに上演スタイルの工夫やそもそもの中身の工夫を加えるという覚悟と気概が必要でしょう。ただそれは文化の「破壊」ということでは決してなく、一つは「今の時代にあってのもっとも最適な上演スタイルの追及」であり「未来へ向けた発展」と捉えるべきです。別に何も、例えば日本の古典芸能をそれぞれの様式美や慣わしを完全否定して作り変えるのではなく、フレキシブルな上演を企画することと言えます。先ほど小規模でオペラを上演、という話をしましたが、何も大型公演を一切打つな、ということではありません。小規模でチケット代もリーズナブルな公演を増やし、リピーター層の獲得をある程度の水準までもっていき、その客層が大型公演に流れるというサイクルを作っていきましょう、ということなわけです。


もちろん、「そんな綺麗事、絵空事じゃ!」という意見は尤もです。ですが、このムーブメントを仕掛けずして否定するには、ちょっともったいない。

複製芸術の蔓延る昨今、オペラですら公演の映像をyoutubeで高画質高音質で見られるようになりました。それでも、やはり生の舞台で見聞きする舞台芸術は、そのライブ感からくる悦びは計り知れるものではありません。こうした素晴らしい体験をよりもっと身近なもににしていく工夫をする義務が、この世界に居る者にはあるのではないでしょうか。それにはプロモアマも関係ありません。


二回続き物でしたが、このトピックはこれにて!

また関連したネタを思いついたらその都度記事にしていきまーす!


1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス