「人生とはなにか」
人間にとって最大の命題である。
鎌倉時代の随筆「方丈記」の中で鴨長明は、次のように書いている。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
鴨長明は、このように、「方丈記」の中で、自分の心を苦しめている無常を表現し、「人生とは何か」「この人生を生きる意味とは何か」を自分自身に問いかけつづけた。
鴨長明が生きた時代に比べると、死というものが切実でなくなった、現在、私たちには、「いかに生きるべきか」を考える機会が少なくなってきたように思う。
とは言え、還暦を過ぎ、高齢者の分類に入ってきた私にとって、今まで私はどのようにこの世に生き、その証をどのように残してきたか、そして、今後どのように生きて、その証をどのように残していけばよいか、じっくりと、自分の人生を見つめ直すことも、大切な時期に来ているのではないかと思うようになってきている。
私は、時代の流れや大きな自然の力に翻弄される、ちっぽけな生き物に過ぎない。そんなこと分かっている。
だけど、なのに、私は生まれてきた。そして、現に今、生きている。生きてきた証を残したいと思っている。
そこで、これからここにその証を記していこうと思う。
六十有余年を生きて、自らの足跡を振り返ると、人生には、不思議と何か決まった「周期」のようなものがあるように思えてくる。
「人間万事塞翁が馬」と言われるように、人の幸・不幸には、自分ではどうしようもない力が働いているように。そして、決まった「周期」が来ると、大きな人生の歯車がガタンと動くように。
そこで、この私が「周期」と呼ぶものを私なりに整理し、本書の章立てに使うという試みをしてみたい。
見出しとなっているものが、私の人生の周期を一言で表現していることを御承知のうえお読みいただければ、本書をより理解いただけるものと思う。
