とある方がそう言っていました。

 

これは薬で血圧を下げるのはできるけど

上げることはむずかしい

 

ということなんですが

 

血圧って低い方がいい

というわけでもないのです。

 

 

あるおじさんが血圧が下がって

起きられなくなり、救急車で運ばれていたり

 

 

さて、私はこのおじさんが血圧が低い

起きられなくなるのには

 

感情的な理由があると感じています。

 

 

あまりに悲しい感情を溜めこむと

ごはんも食べられなくなったり

 

まあそういう身体的な低下もあって

血圧が極端に低くなったりと

 

心と体は互いにつながり

それが症状としてでてくるのではないかと

感じています。

 

 

目には見えない感情の渦が

私たちの生活に影響を及ぼしているとしたら

 

自分の感情、周囲の人の感情

それを感じるように

 

みえない、言葉で直接表現されない

無意識に伝わっている気持ちに

 

耳をすませるように

感覚をすませてみるのも

いいのかなと思います。

 

なんであんなことしちゃったんだろう・・・

と罪悪感。

 

友達をボールで殴ってしまいました。

 

これは中学生の時の話です。

 

私はバスケ部でみんなと楽しく部活していた

つもりでした

 

でもある日同じポジションの友達に

なんもされてもいないのに

 

むかッとした気持ちがわいてきて

もっていたボールで殴ってしまいました。

 

それから何年も、その時のことを悪いと思いつづけることに。

 

 

友達はその後も年賀状で元気?と聞いて来たり

優しい人でした。

 

でも私は後ろめたくて返事もせず。

 

逃げるように卒業し、彼とは会うこともなくなりました。

 

 

 

さて、

私の今回の体験ですが

 

登場人物をキャラクターとして際立たせてみます。

 

殴った人(私)

 自覚していない怒りがある。普通に生活している「つもり」の人

 

殴られた人(友達)

 理不尽な怒りをぶつけられる人。人を気に掛ける優しさを持った人

 

(ほかの登場人物)

殴った人の親

 社会人として頑張っているが、不満がたくさんある。

 

 

簡単な構図としてはこの三者があります。

 

これはドラえもんで言うと

殴った人(私) = ジャイアン

殴られた人(友達)= のび太

殴った人の親 = ジャイアンの両親

 

となるでしょう。

 

 

ジャイアンの家庭は簡単に言うと

 

かあちゃんがジャイアンを叩く

(家の手伝いをしないなどの理由で)

 

ジャイアンは母ちゃんが怖いから

反抗しようにもできない

 

そのような家庭と見ています。

 

ジャイアンは嫌なことでも仕方なくやらされますから

心には怒りがあります。

(なんでおればっかりこんな目に合うんだ)

 

その怒りは一見、本人の我慢によって消えたかに見えますが

からだには残っているものです。

 

ついのび太を見ると

その怒りが攻撃性となって現れます。

 

現実では、虫や小動物、子どもに向かうこともあるでしょう。

 

そしてそのどこかから来た怒りは

巡り巡って、どうなるのでしょうか。

 

おそらく地球の中でマグマが溜まって噴火するように

どこかの人間が感情的な爆発を起こすのではないでしょうか。

 

 

私たちは弱い人間です。

親に逆らえず、その怒りをさらに弱いものへと

ぶつけたり、もしくは自分の中で消化しようと苦しみます。

 

親が悪いというわけではありません。

人として、そのような仕組みを知ったうえで

どう生きるか。

 

常日頃、感情の渦の中で踊る。

そんな上手な生き方をしたいと私は思います。