なんであんなことしちゃったんだろう・・・
と罪悪感。
友達をボールで殴ってしまいました。
これは中学生の時の話です。
私はバスケ部でみんなと楽しく部活していた
つもりでした
でもある日同じポジションの友達に
なんもされてもいないのに
むかッとした気持ちがわいてきて
もっていたボールで殴ってしまいました。
それから何年も、その時のことを悪いと思いつづけることに。
友達はその後も年賀状で元気?と聞いて来たり
優しい人でした。
でも私は後ろめたくて返事もせず。
逃げるように卒業し、彼とは会うこともなくなりました。
さて、
私の今回の体験ですが
登場人物をキャラクターとして際立たせてみます。
殴った人(私)
自覚していない怒りがある。普通に生活している「つもり」の人
殴られた人(友達)
理不尽な怒りをぶつけられる人。人を気に掛ける優しさを持った人
(ほかの登場人物)
殴った人の親
社会人として頑張っているが、不満がたくさんある。
簡単な構図としてはこの三者があります。
これはドラえもんで言うと
殴った人(私) = ジャイアン
殴られた人(友達)= のび太
殴った人の親 = ジャイアンの両親
となるでしょう。
ジャイアンの家庭は簡単に言うと
かあちゃんがジャイアンを叩く
(家の手伝いをしないなどの理由で)
ジャイアンは母ちゃんが怖いから
反抗しようにもできない
そのような家庭と見ています。
ジャイアンは嫌なことでも仕方なくやらされますから
心には怒りがあります。
(なんでおればっかりこんな目に合うんだ)
その怒りは一見、本人の我慢によって消えたかに見えますが
からだには残っているものです。
ついのび太を見ると
その怒りが攻撃性となって現れます。
現実では、虫や小動物、子どもに向かうこともあるでしょう。
そしてそのどこかから来た怒りは
巡り巡って、どうなるのでしょうか。
おそらく地球の中でマグマが溜まって噴火するように
どこかの人間が感情的な爆発を起こすのではないでしょうか。
私たちは弱い人間です。
親に逆らえず、その怒りをさらに弱いものへと
ぶつけたり、もしくは自分の中で消化しようと苦しみます。
親が悪いというわけではありません。
人として、そのような仕組みを知ったうえで
どう生きるか。
常日頃、感情の渦の中で踊る。
そんな上手な生き方をしたいと私は思います。