「秋田県横手市」 には、「明治時代から昭和初期」 にかけての建物が、今も息づき

   大切に手入れされて、住まいや店舗に使われています。

   その受け継がれた町の遺産 「銀の匙・さいた薬局・木村屋・ゲストハウス平源」 を

   訪ね、続いて 「旧日新館」 に参りたいと思います。

 

   『旧日新館』 (秋田県指定有形文化財)

   「旧制横手中学 (現 横手高校)」 に赴任した 外国人教師が 投宿先の 「小坂旅館」

   主人に 「畳の生活」 の不便さを訴えた事から、彼に 「洋館」 の絵図を描いて貰い、

   それを 地元大工棟梁 「藤村初五郎」が明治三十五年に 「外国人用の旅館」 として

   木造洋風住宅を完成させたそうです・・・・・家の土台は 「秋田・院内石」 を、木材は

   「秋田杉・素木造り」 のようです。

   アメリカ南部出身の外国人教師が描いた為 窓が大きく開放的で雪国には向かない

   家になってしまったようです (現在お住まいの方に話を伺ったのですが 『寒いのよ』

   って、おっしゃっていました)

   玄関バルコニーの柱頭飾り・上げ下げ窓の額縁 上部には櫛型庇ペディメント・窓台

   下には数段の繰り型飾り等のデザインに明治期洋風建築の特色が残されています。

 

 

 

   「館名」 の 「日新」 は、中国の四書・大学の 「苟日新日日新又日新」、五経・書経

   の 「徳日新、万邦維懐」 等からの引用とされ、「三ツ輪」 のマークは 「小坂旅館」

   の物と云う事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「内部をご覧になりたい方は インターホンで呼んで下さいね」 と書かれていたので

   遠慮なく お願いいたしました。

 

   「玄関ホール」

 

 

   天井の近くに 「換気スリット」 が在ります!

 

 

 

   玄関脇に・・・「応接室」 だったのでしょうか、現在は 「資料展示室」

 

 

 

   一階の奥に・・・木製西洋式便器 (使用不可)

 

 

   二階に上がらせて戴きます。

 

 

   「寝室」 から 「ベランダ」 を臨みます。

 

 

   「寝室」 (現在は 「応接室」 として使用しているとか)

 

 

 

   「書斎」 (現在は、タイプライター・コンロ台等の 「展示室」)

 

 

 

   「階段室」

 

 

   「観望台」

 

 

   「ベランダ前室」

   ベランダからは 桜が綺麗に見えたでしょうね (「一週間遅かったね」 との事)

 

 

 

   前庭の草花を拝見して・・・・・「春蘭、白根葵、***、かたくり」

 

 

 

 

 

 

   「あっ あの 雪山は・・・鳥海山ですか!」

 

 

 

   『横手城』 に伺います。

   「一国一城令 (江戸幕府が諸大名に対し 居城以外の全ての城を破却するようにと

   命じた)」 は免れたが、明治元年(慶応四年) に廃城とされたそうです。

   「平山城」 で 「朝倉城・阿櫻城・龍ヶ崎城・衝城・韮城 (土砂崩れ防止と斜面に敵兵

   が滑って攀じ登れないようにと 「韮」 を植えたそうです)」 の別名があり、「天守」 は

   無かった筈ですが、昭和40年 「二の丸跡」 に 「岡崎城」 をモデルとし 「模擬天守」

   を建設したと云います・・・遺構としては 「土塁」。

 

 

 

 

 

 

 

 

   「横手川と 鳥海山」 が!

 

 

   「日本キリスト教団 横手教会」

   「横手教会」 は、明治四十四年に 「旧日本基督教会」 の開拓伝道として創立され、

   横手市内 根岸町・四日町下丁と移転した後に現在地に移り、 現在駐車場の場所

   に 「会堂」 を建て、昭和53年 建設地を高台に移し 「新・礼拝堂」 を 「旧会堂」 や

   寄贈された 「土蔵」 の建材等を用いて建設したと云います。

 

 

 

   「羽黒町武家屋敷通り」

 

 

 

 

   この後は・・・「増田の内蔵」 を見に参ります!

   「横手」 から 「JR十文字駅・増田地区」 へ 「アップルロード」 を走ります!