「GW十連休」 に 「銀座八丁目~一丁目」 の路地や 「デパート屋上」 に潜む 「稲荷神社

   ・不動尊・地蔵尊」 を探訪してみました。

 

   「銀座八丁目」

   『八官神社』

   元々は 「穀豊稲荷神社」 として 「八官町12番地」 に鎮座してが、「関東大震災」 後の

   区画整理で町名が失われる事から、「八官町の町民」 が 『八官神社』 と改称する事で

   「町名」 を残す事にしたのが由来だそうで、以降 焼失・移転を経て 現在地ビル玄関前

   に納められたとか。

   (金運・商売繁盛に御利益・・・「宝くじ」 を買う前に行くと良いとかで、私も宝くじ購入!)

 

 

 

   「銀座七丁目」

   『豊岩稲荷神社』

   路地裏に潜む 「縁結びに御利益・人気のパワースポット」 だそうです。

 

 

 

 

 

 

   「銀座六丁目」

   『靏護稲荷神社』

   「GINZA SIX」 の屋上に在ります!

   「靏護大明神」 は、約百五十年前の 文化十二年に 「山城伏見」 の本宮より勧請して、

   「江戸 根岸の里」 に奉安され、爾来 店主・店族は素より 江戸市民の信仰を蒐める。

   明治十四年の或る夜、神守が神殿付近にて 「白狐」を認め、その遺留した 「掛軸」 を

   検めると 「三州豊川稲荷大明神」 の尊像であったとか。 

   店主が 神霊と共に奉祀したところ、「大明神」 は霊験顕わに 特に 「火防の神」 として

   付近の住民の難を救ったと云います。

   大正十二年 「関東大震災」、大正十四年 「日暮里の大火」 に於いても 神域社殿及び

   「松坂屋舎宅」 の全てが無事であり、後に 「日枝神社宮司」 に請うて 神霊を分霊して

   「銀座・松坂屋本館屋上」 に 奉安・・・・・そして 「GINZA SIX 屋上」へ

 

 

 

 

 

   「銀座五丁目」

   『あづま稲荷神社』

   「あづま通り」 から 「石畳の小道・三原小路」 に曲がると見えてきます。

   戦後、この辺りが相次いで火災に見舞われた事を不思議に思って調査をすると、この

   一角には 「お稲荷さん」 が祀られていたが失われてしまったと判明したので、「京都・

   伏見稲荷神社」 から分祀した 「あづま稲荷神社」 を建て 火災を鎮めたと云います。

   火防・盗難守護に御利益があるそうです。

 

 

 

 

   「銀座四丁目」

   『歌舞伎稲荷神社』

   劇場や興行の無事、近隣安寧の守護として祀られているとか。

 

 

 

 

   『銀座出世地蔵』

   「銀座三越」 の屋上に在ります。

   明治の初めの頃、「三十間堀 古土蔵取繕の節、地元鳶職頭・田中善太郎」 が地中より

   堀出し 銀座四丁目3番地 (現在の 「7番地」 だそうです) 空地に安置したところ、「開運

   ・出世・延命・商売繁盛」 に御利益灼たかであるとして、「お堂」 も 小屋から木造となり、

   御縁日には 「露店」 が出て大層な賑わいであったそうで 「銀座八丁露店」 の始まりとか、

   明治・大正・昭和初期にかけて 「夜店」 と共に 銀座を代表する風俗とされたそうです。

   以後、震災・戦災等紆余曲折を経て 「銀座三越新築」 にあたって 「築地本願寺」 により

   「開眼法要」 を行い、屋上 新たな堂宇に安置して 「銀座八丁の守り本尊」 とした。

 

 

 

 

 

 

 

   「三囲神社」

   「弘法大師」 の建立と伝えられ、「宇迦之御魂命」 を祀る。

   文和年間に社殿再建の折、白狐が御神体を三度廻ったと云う故事によって 「みめぐり」

   と呼ばれ、「三越前身・三井家」 の守護神として 「三越本支店・屋上」 に祀られている。

   「御神体」 は 「向島言問橋近くの御本社」 に安置されているそうです。   

 

 

   『宝童稲荷神社』

   「宝童稲荷参道・・・猿結 (えんむすび) 参道」

   「江戸 徳川将軍・子息」 の早世を防ぐ為に祀られた神社で、かつては 「江戸城内」 に

   在ったと云います。

 

 

 

 

 

 

 

   「銀座三丁目」

   『龍光不動尊』

   「MATSUYA GINZA」 の屋上に在ります。

   安置される 「龍光不動明王 ご尊像」 は、鎌倉時代の名匠の作で 「高野山龍光院」 に

   於いて 霊験現わしてから 『七百幾星霜』 を経て (「幾星霜 (いくせいそう)」 とは、悠然

   たる自然・変わる事のない時の流れと云う 長い年月の事だそうです) 昭和4年 「松屋」

   に 「念持仏」 として迎えられ、屋上の 「宝殿」 に祀り 「龍光不動尊」 として 「松屋鎮護」

   とされ 参拝される方々には 「禍を転じて福となし、願望叶えられ、家内安全・商売繁盛」

   と云われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   『朝日稲荷神社』

   今回伺ったのは 「地上部」 に在る 「拝殿」 だそうです・・・「本殿」 は屋上に?

   「朝日稲荷神社」 は、古来より当地に鎮座し守護神として篤く奉斎されていたが 「安政大地震」

   によって社殿倒壊し 「三十間堀」 に幽没して 社地は荒廃してしまったが、大正六年 「銀座大海

   嘯 (高潮水害?)」 によって 霊体が再び顕れ、「建設業・舘岡其」 が当地に奉安するが、「関東

   大震災」 により転地を余儀なくされ、神社は 「銀座三丁目会」 が 「町内守護神」 として奉斎し、

   東京市有地に 土地使用黙許として社殿を建立した。

   「縁日」 では 「四丁目・出世地蔵尊」 と伍して多くの人々を集めていたが、戦災によって社殿は

   悉く烏有に帰したと云います。

   戦後に社殿を再建し、更に 昭和58年のビル改築に伴い 「ビルの一・二階を吹抜け拝殿」 とし

   「本殿」 は ビル屋上に安置したとか・・・「屋上・本殿」 と 「拝殿」 は、「土を充填した パイプ」 で

   繋がっています!

 

 

 

 

   「銀座一丁目」

   『幸稲荷神社』

   江戸期から 「銀座1丁目」 の護り神とされ、「京都・伏見稲荷神社」 から 勧請されたと

   云います。

   その昔、「大刀の市」 が立った事から 「大刀売稲荷」 とも呼ばれていたとか・・・・・。

   (「縁結び」 に御利益があるそうです)

 

 

 

 

   今回は 「銀座二丁目・銀座稲荷神社、銀座七丁目・成功稲荷神社」 が廻れなかった!

   これは また次回に致しますかな!