「湯島天満宮(湯島天神)」 は 雄略天皇二年・458年に勅命により創建され 「天之手力雄命」

   を奉斎し、正平十年・1355年に 「菅原道真公」 を奉祀したと云います。

 

   「男坂」 の手前に 「湯島聖天 天台宗・心城院」 (江戸三十三観音札所・第七番)

   元は 「宝珠院弁財天」 と称して 「湯島天満宮」 境内に在り、元禄七年・1694年 「湯島天神・

   別当職 天台宗喜見院三世宥海上人」 が 「道真公」 と因縁浅からざる 「大聖歓喜天 (天満大

   自在天)」 を奉安して開いたそうです。

   その 「喜見院」 は 「江戸の三富」 として 「谷中・感応寺、目黒・滝泉寺(目黒不動尊)」 と共に

   幕府公認の 「富くじ」 が行われていたそうです (この 「三富・富くじ」 は 「寛永寺・輪王寺」 の

   寺院経営が上手く行かず困窮していた両山救済を目的とした 「両山御救富」 として 「寛永寺・

   末寺」 の三寺が興行場所として選ばれたとか。。

   (明治維新の神仏分離・排仏棄釋を機に 「寺名」 を 「心城院」 と改めたと云います)

 

 

   境内には 「江戸名水の一つ・柳の井戸 (「美髪」 の効能とか)」 が在る事から 「柳井堂」 とも

   称され、また 「弁財天放生池」 が在り、元禄の昔から 「病気平癒」 の祈願に縁起の良い亀を

   放した事から 「亀の子寺」 とも呼ばれたと云います。

 

 

   「水琴窟」 も在るのですが・・・・「昨年来の雨量不足で 現在井戸水が全く出ません。 大変に

   困惑しておりますが 気長に待つしかありません。 何卒ご了承ください   當山」 と書かれて

   います。

 

 

   「天神石坂 (湯島天神・男坂)」・・・三十八段の石段坂

 

 

   「男坂」 を上りきると・・・「講談高座発祥の地碑」 と 「新派碑」

 

 

 

   「絵馬堂」

 

 

 

 

 

   「手水舎」・・・左右に二体の 「撫で牛」

 

 

 

 

 

   「拝殿」 の手前には 「梅の台座に乗った 阿吽の狛犬」

 

 

 

 

 

   それでは 「拝殿」 に参りましょう!

   「建築基準法」 では 「防火地域」 に於ける 「木造建築」 は 「社寺建築」 であっても許可を得る

   事は困難であるが、「湯島天神」 では 万全の防災設備を整え 「建設大臣認定第一号」 として

   「樹齢二百五十年と言われる 木曽檜」 による 「拝殿・幣殿・本殿の権現造り」 として平成七年

   に造営されています。 (以前の社殿は、明治十八年に改築されたものだそうです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   この後は 「本殿・梅園・唐門・表鳥居 (銅鳥居)」 を拝見いたしましょう!