GW恒例の 「ホテルニューオータニ東京 特撰落語会・紀尾井寄席」 に、「相撲道の師匠・Aさん

   ご夫妻」 と一緒に伺いました。

   「先ずは 食事をお召し上がり下さい」 と 「鶴の間」 にご案内戴きますと 「特選 寄席弁当」 が

   用意されていまして・・・・・。

 

   「ちらし寿司」

 

 

 

   「松花堂弁当・・・小皿が四つ」

 

 

 

 

 

   「デザート・・・苺とミニ柏餅(麩餅ですか)」

 

 

   食事が済むと 「芙蓉の間」 に移動しまして、「紀尾井寄席」 となります。

 

   開口一番 「林家けい木 (木久扇門下の二ッつ目」

   「学校寄席」 に参りまして、中学校・高校の生徒さんは 「落語」 を良く聴いて戴けますがね、

   小学校となりますと 高学年はともかく 低学年はおとなしく聞いてはくれませんで・・・・・。

   先日も、噺の途中で二年生が立ち上がりましてね 「先生! つまんない!」

   胸にグサリと来ましたが、先生の答がまた・・・ 「つまんない なんて言うんじゃありません! 

   みんなが我慢して聞いているんだから!」

   一年生から六年生まで、「五歳の違い」 と云う物は大きいんだなぁと思う訳でございますが、

   大人になりますと40歳と45歳では、そう違いが在るとは思えませんな、更に80歳と85歳

   位になれば 男女の違いも分からなくなります。

   まあ学校寄席では、校長先生の挨拶にも問題が有りまして・・・「みなさん! 今日は落語家

   さんが来て 落語を遣ってくれますんで、真面目に聞いてくださいよ 笑ったりせずに!」

   こりゃイケませんですな。

   「先生」 と云えば 落語の噺にも出て参りまして、長屋・町内の 「物知り」 と云う事でしょうが

   「先に生まれたとか、先ず 生きている」 とも言われましてね・・・・『落語 薬缶 (やかん)』 へ

 

   「先生! 先生は 何でも知ってるってねぇ、ちょっと教えて欲しいんですがね」

   「うぬ、その通りじゃ。 森羅万象・神社仏閣・言語道断 なんでも知っておるな」

   「それじゃあ 『鯨』 って魚 居るでしょ! あれは、何で 『くじら』 なんですか?」

   「『鯨』 か、『くじら』 は 魚類ではないがのう」

   「えっ、海に居るのに 『魚類』 じゃないんですかい! それじゃ 何類で?」

   「まあ、強いて言えば 『缶詰類』 かのう」

   「『缶詰類!』 ええっ? で、なんで 『くじら』 って云うんですか」

   「それはじゃな、毎朝 決まった時間に海で泳いでいるのを見つけた漁師がだな、ふと時計を

   見ると 『九時』 での。 それで毎朝、 そろそろ出てくるころじゃ、ほら出たぞ 『九時ら』 とな」

   「『こち』 は、何で・・・えっ、こっちに泳いでくるから! じゃあ、『平目』 は・・・平らな処に目が

   付いているから? 『鰈・かれい』 も 同じように平らな処に目が・・・えっ 『鰈』 は 加齢なの!

   『鰻・うなぎ』 は、なんで 『うなぎ』 なんですか?」

   「『うなぎ』 か? あれは 昔はなぁ 『うなぎ』 とは言わなかったな。 『ぬる』 と言っておってな、

   それを 『鵜・う』 が捕まえて飲み込もうとしたんじゃが、ぬるぬるで 飲み込めんで難儀をして

   おったんじゃな、『鵜が難儀をした、鵜難儀で・・・・・うなぎ』 じゃな」

   「魚は、止めておこう・・・あ、そこの 『土瓶』 は? ああ、土で出来ているから。 『鉄瓶』 は、

   鉄で出来ているから! じゃ 『薬・やかん』 は如何なんです? 矢では出来てませんよ!」

   「『薬缶』 は 『矢』 で・・・出来ておらんな、『薬缶、薬缶、薬缶』 んん、そうじゃ。 あれは昔は

   『水沸かし』 と言っておったな。 『湯沸し?』、『水沸かし』 じゃよ。 『湯』 から沸かして如何

   成るんじゃ! 『川中島の戦い』 を知っておるかな・・・ここから扇子で膝を叩きながら講談を

   始めまして・・・夜討ちに遭った若武者が、『兜』 が見当たらず代わりに被ったのが この 『水

   沸かし』 じゃ。 その 『水沸かし』 に 敵が放った 『矢』 が当たって 『カ~ン』、『薬缶じゃな』」

 

   「林家たい平」 が高座に上がります!

   「先日 『三遊亭小遊三さん』 と、あ 『笑点で水色の着物の人!』 と 一緒に金沢に行って参り

   ました。 まあ一緒と云っても 『小遊三落語会』 で伺って、二人でホテルに泊まったんですが、

   ホテルのサービスが違うんですよねぇ~。 私はシングルルームに荷物 自分で持って行くん

   ですが、『小遊三さん』 には荷物 一切持たせないんです。 部屋もスイートって云うんですか

   特別室で、窓も安全性を考えてでしょうか縦格子が付いています。 ドアも私の部屋はカード

   キーで 中からチェーンを掛ける奴ですが、『小遊三さん』 のは外から二つの鍵が掛けられる

   タイプですから違いますよね、中からは開かない安心タイプ。 朝食も私は食堂でバイキング

   なんですか、『小遊三さん』 は 特別室のドアに 小さな扉が付いてましてね、一人用特別食が

   小扉から栄養管理されたルームサービスで届られると云う具合にホテルの対応が違うんで」 

   (もうお判りでしょうが・・・「金沢・ホテル」 とは 「金沢刑務所」 でしょうね。 「笑点」 における

    『小遊三師匠』 の設定が、「昭和の凶悪犯罪者・川俣軍司」 に似ているからか 「泥棒癖」 と

   なっている 『くすぐり』 を遣ったんで・・・「笑点ファン」 と思われる 観客・高齢者層が お笑い)

   秀逸だったのが 「あの、花火」 (「笑点」 でも披露したのを見た事もあった と思いますが)

   「火」 を点けた 「花火」 が打ち上がり 大きく開きます (「毛氈」 の敷かれた舞台を、掌で強く

   何度も叩くと、『花火』 に聞こえます) こりゃあ 「大玉」 だ! (見事な 『花火擬音芸』 です)

   「花火の提供は 大月に負けない! 秩父観光協会でございました!」 (故郷、秩父愛です)

 

   「三遊亭円楽」 が高座に上がって

   此処は凄い 『ハウスダスト』 が! ゴホンゴホン 私 『杉・檜・ブタクサ』 の 花粉症は無いん

   ですが、『ハウスダスト』 が駄目でして。 あ、そう 報告がございます・・・『歌丸、生きてます』

   一年に九回入院しましてね、その前が五回、そのまた前が四回だったでしょうか? 今年は

   あと一回で終わりでしょうかね? 『インフルエンザ』、しかも 『鳥インフルエンザ』 を罹ってね、

   『鶴と禿鷹』 ですから。 入院したって聞きましてね、自宅に電話しましたら 婆ぁ いや冨士子

   が出まして様子を聞いたら 『生憎、回復しまして』 なんて言いやがって。 見舞いに行ったら

   病院食を 三食きちんと食べたら太ったって言うんですよ。 ほう 何キロ増えたんだい? って

   聴いたら100gだって! 『即身仏』 みたいなもんですから。 退院したら 高座に上がるって。 

   上がるったって酸素のチューブを鼻に付けて車椅子ですから、舞台の袖まで来ましたら緞帳

   が下がりまして前座も手伝って高座まで運んで、酸素ボンベを後ろに見えないように置いて、

   高座に座ったら緞帳が上がるって云う寸法でね。 酸素付けてますから 噺は出来ますんで、

   終わると また緞帳が下がって 車椅子に乗せて袖まで運ぶんです・・・・高座に上がる下がる

   じゃなくて、『搬入・搬出』 って呼んでますが。 んん、『介護ベット』 に乗せまして、背もたれを

   起したり寝かしたりってぇのもありますなぁ。

   まぁ、歳をとりますと 何処が痛い・此処が痛いなんぞ言いますがね・・・「お婆ちゃん、何処が

   痛みます? 痛い所を指で教えてください」 「あ、先生。 痛いのは 此処と此処、あ こっちも

   痛いんです!」 「ずいぶん痛い所が在りますな、じゃあレントゲンを撮ってみましょう。 ああ

   判りました! 指が骨折してます」

 

   「林家木久扇」

   「歌丸さん」、何回入院したんでしょうかね? その度に 「笑点・座布団運びの 山田さん」 が

   声を掛けて 「見舞金」 を集めるんです。 それを病院に届けますでしょ、「ありがとうね 皆に

   宜しく言っておくれね」 って嬉しそうに言うんですよ。 でね 「見舞金」 を貰うと、退院しちゃう

   のね、あれって 「詐欺」 じゃないかって思うんです。

   僕ね、23歳で落語界に入ったんですよ。 それから60年位、この噺家を遣ってるんですが。  

   家は 日本橋の雑貨問屋だったんですけど 空襲で焼けちゃったんですね。 ラジオが空襲を

   教えるんですけど、昔のラジオは感度が悪くて 「警戒警報か空襲警報か」 良く 聞こえない

   んです。 家の前が消防署で 「空襲だ!」 ってね 「サイレン」 を鳴らすんです。 あ、ちょっと

   遣ってみます・・・ウウウ~・・・ええっ 上手い? 上手いってサイレンで拍手貰っちゃって良い

   のかな?

   僕の師匠はね 「林家彦六」 、弟子入りしたころ 63歳だったでしょうか。 血圧が高かかった

   んで常に体が揺れてまして 「陽炎が座ってる」 みたいで ( この 「木久扇師匠」、ラーメンで

   も有名なんですが 「都立中野工業高校・食品化学工業課程」 を出てまして 「森永乳業」 に

   就職した後、「プロの漫画家」 として 「清水崑 (黄桜酒造かっぱ天国が有名です)」 に師事、

   「うちの弟子で、喋るのが面白い奴が居るんだ」 と云う事で 「三代目桂三木助」 に紹介され

   入門したんです・・・・・「三木助門下」 は 「木久」 の字がつけると 「木久男」 の名前で修業を

   始め、師匠の死去に伴い 「八代目林家正蔵 (後の 「林家彦六」)」 の弟子になり 「木久蔵」

   に改名しています) 師匠は 「稲荷町の長屋」 に住んでいまして、テレビを見ながら、「誰か、

   教えて遣らぁ 良いじゃねえか」 って怒ってるんですよ。 バスケットボールを見てるんですが

   「師匠、どうかしましたか?」 と聞きますと 「テレビ見てみろよぉ  さっきから若ぇ奴らが球を

   拾っちゃ網ん中に入れてるが、底が無ぇのを知らねぇんだ!」 師匠が 83歳の頃でしたか、

   台東区の区長さんに頼まれて 養老院に慰問に行った事が在るんですが、帰って来ましたら

   不機嫌なんですね、心配して尋ねますと 「養老院に慰問に行ったら、目の前の客は アタシ

   より若ぇ奴ばっかりじゃねぇか!」 って。 83歳を 養老院の慰問に呼ぶ奴も呼ぶ奴だけど、

   行く方も行く方じゃないですかねえ。

   (「落語・彦六伝」 には 爆笑ネタが一杯詰め込まれていまして・・・「鏡開きの日に、神棚から

   鏡餅を下ろしたら カビだらけ! 師匠に 如何してカビが生えるんですかね? って聞いたら 

   『馬鹿野郎ぅ、早く喰わねえからじゃねぇか!』 って怒られました。 「大雪の翌日に、ぬかる

   んでるからぁ止しなさいと云うのを聞かずに出かけまして、下駄の歯が 滑って転んでしまい、

   心配したんですが 大丈夫と立ち上りましたが また直ぐに転んでしまい、今度は立ち上がる

   気配がなくてですね、血相変えて 「師匠、大丈夫ですか?」 と尋ねると・・・・「大丈夫、ああ

   さっき 起きなきゃ良かった」 とか 「孫弟子の 春風亭小朝が、誕生日祝いに チョコレートを

   贈ったんですが、当時は珍しい 『アーモンドチョコレート』 でして、そのチョコを知らない師匠

   が 不思議そうにしながら食べようと 口に運ぶんですが、身体が揺れているから 入らない・

   入らない。 なんとか口入れて転がしていましたが、チョコは融けて アーモンドが残りまして

   ・・・「やい、小朝 このチョコレートにゃ、種があるじゃあねぇか!」 等々、他にも 声色・揺れ

   の模写が見事なネタが豊富であります)

   最晩年86歳の頃、選挙にも よく駆り出されまして (ここで 暫らく 「田中角栄・大平正芳・

   佐々木更幸三」 の声帯模写を披露します (上手いんです! 特に 「田中角栄」 の 声・間

   が素晴らしい!)

   「選挙応援弁士」 を遣るんですが、一日中 「選挙カー」 で選挙区を移動しますと、特に全国

   なんかは大変で 86歳ですからクタクタになりまして、「長屋のみなさん! (師匠は、長屋に

   住まいしていますから、呼びかけは何時でも これです) みなさまの清き一票を、この 誰だ

   っけ? (疲労と高齢で候補者の名前が???、 また疲れて気持ちが悪くなったようでして) 

   この人に清き・・・・うぇ 気持ち悪い。 清き一票、気持ちが悪い うぇ ああ 南無妙法蓮華経、

   気持ちが悪い候補者に 清き一票を、うぇ」・・・・・この候補者は落選したそうです。

   (未確認情報ですが、開票結果で 「林家彦六・・・37票」 であったとか ホンマかいな!)

 

   これにて 「紀尾井寄席」  大爆笑の中で終了となり、「相撲道の師匠」 と 「珈琲」 を飲みに

   行きまして 「アイスモンブラン」 ってぇ奴を戴きました。

 

  

   。、