「京都嵐山 臨済宗天龍寺派大本山天龍寺塔頭寺院・大亀山宝厳院 獅子吼の庭」 を拝見

   に伺いました。

 

   「大亀山宝厳院 (ほうごんいん)」 は 寛正二年・1461年 「室町幕府管領 細川頼之公」 に

   よって 「天龍寺開山・無窓国師 第三世法孫 聖仲永光禅師」 を開山に迎え 「京都上京区」

   の地に創建、「応仁の乱」 により焼失したが再建され、その後 「天龍寺塔頭・弘源寺境内」

   に移転の後に移転して 現在地に再建されたのだそうです。

   そして 「獅子吼の庭」 は、「策彦周良禅師 (室町時代の禅僧、中国に二度渡った方とか)」

   が作庭した 「嵐山」 の景観による 「借景式山水回遊庭園」 で、「碧岩・獅子岩、様々な垣」

   を配しています。

   「獅子吼」 とは 「仏が説法する」 と云う事だそうで、庭園内を散策して 「鳥の声・風の音」 を

   聴くことによって 「人生の真理、正道」 を肌で感じる・・・これを 「無言の説法」 とし云い、心

   癒される庭とされます。

   また、この 「獅子吼の庭」 は 「龍門瀑」 が表現されて居るとの事です。

   「龍門瀑」 と云うのは 「中国夏朝皇帝 禹」 が治水事業によって 山西省の黄河上流に在る

   「龍門山」 を切り開いて出来た急流で 「中国故事 登龍門」 の 「鯉が三段の滝を登って龍に

   化す様」 を現わし、鯉が死を賭して龍になるべく努力する様子から、修行僧は 観音の智恵

   を悟るまで努力をしなければならないと云う事なのだそうです。

 

   苔むした茅葺屋根の 「山門」

 

 

   「山門」 の手前には 「青もみじトンネル」  (秋 「紅葉」 の頃には人で埋まるほど人気です)

 

 

   「山門」 を潜ると・・・・・右側に 「宝厳寺垣」

 

 

 

   「ああ、ここの 枝垂れも終わりかな?」

 

 

   「左側の園路」 を進みますと 「。

 

 

   「須弥山」 を現わす築山、その前に人生を思わせる 「苦海 (空地)」 が広がり、対岸には

   「雲上三尊石」 、苦海の中に 「此岸」 から 「彼岸」 に渡る 「舟石」・仏の元に渡る 「獣石」

   が配され、その左奥には 「龍門の瀧」 が在り 「滝壺」 には 「鯉魚石」 が置かれて修行の

   厳しさを表現しているのだとか。

 

 

 

 

 

   様々な花に導かれて園路を進みます。

 

 

 

   「茶室 無畏庵」 は閉まっているようです・・・・・。

 

 

 

 

   永代供養堂 「無礙光堂」 が見えてきました。

 

 

 

 

   その先には 「本堂・書院」

 

 

 

 

   「無礙光堂」 から 「本堂・書院」 に向かう庭の 「石塔」 を拝見します。

 

 

 

 

 

   園路を進むと・・・「巨岩・碧岩」、「豊丸垣」、「巨岩・獅子岩」

 

 

 

 

 

 

   「清流と、苔に覆われた井戸」

 

 

 

   「更に続く清流、嵐山借景」

 

 

 

 

   「茶室 青嶂軒、穂垣」

 

 

 

   「宝厳院垣」 に戻ります!

 

 

 

   この後、「山門」 の前に拡がる 「嵐山羅漢の杜」 を拝見してから 「月の桂にごり酒」 の開催

   される 「友雲庵」 に向かいます!