「国立演芸場」 で開催された 「入船亭扇遊独演会・神無月の独り看板」 も

   「中入り」 を挟んで 三席目・公表されていた演目 『たちきり』 へ。

 

   「色気」、中でも 「男の色気」 と云えば 「古今亭志ん朝師匠」 でしょうかね。

   以前 私 ちょっとしくじりまして 「志ん朝さん」 に謝らなければいけなかった

   んですな、「新宿末広亭」 の楽屋に伺って謝ろうとしたんですが 「末広亭」

   の楽屋は狭いんです。

   「噺家」 は それぞれ座る場所を決めておりましてね、「師匠」 は 「鏡の前」

   でしてね、そこに座って居る処に顔を出したんでございますが。

   私を見たら、顔を横に向けましてパッと開いた扇子で顔を隠すんですねぇ、

   その姿・様子が良いんですな、色っぽいんです 惚れ惚れしますなぁ。

   「噺家」 も色気を学ばなければ、と云う事で 都内六か所在ると云いますが 

   「芸者」 から教わろうと 「お座敷預金」 を致しましてね、着物を着て 「噺家」

   と云う身分を隠して 「花街」 に行ったんでございますよ。

   「小三治師匠」 が、俺も連れて行けと言うんですがバレちまうよと云う事で、

   御遠慮願ったんですが、他の六人じゃ バレ無いと云うのが怖いですなぁ。

   「お遊び」 の時間は 「線香」 で計るんですな、「線香が 立ち切れたら終り」

   となる訳ですが、この 「線香」 が 莫大な金を生むと云うのを どう勘違いを

   致しましたのか、田舎から出てきたばかりの女中が 「線香」 を三把盗んで

   逃げたと云われますな。

   (これは 『千両みかん』 の番頭と 同じパターンでしょうかね)

 

   『たちきり』・・・「たちぎれ」 とか 「立ち切れ線香」 とも言いますが

   (遊び知らずで真面目に働いていた商家の若旦那が、友達に誘われて 柳橋

   の料亭に行き、置屋の娘で芸者の 「お久」 に出合い 一目惚れをします。

   「お久」 と想い思われる仲になった若旦那は 入れあげて足しげく通い、店の

   金にまで手を付けて、見かねた大旦那は 親戚を集めて相談を持ちかけます)

   奥の座敷に 親戚連中が集まっているのが気になる 「若旦那」 が、店の小僧

   「定吉」 に様子を聞こうとしますが・・・「若旦那ぁ~ 私ね 言えないんですょ~、

   若旦那に言っちゃいけないって二十銭貰っちゃって、二十銭の義理が・・・・・」

   「分かったよ! 一円遣るから、教えなよ」

   「えっ一円戴けるんですか! じゃあ 私 若旦那派になります。 一円下さい」

   「後で遣るから! 何を話してんだい?」

   「大旦那様が、うちには金食い息子が居るって言いまして親戚の方々に色々

   相談をしましてね。 甲府の伯父さんが、うちで預かって 炭焼きをさせるって

   炭焼きは重労働だから、若旦那は直ぐ病気になって死んじゃうだろうって ね。

   そうしたら 埼玉の叔母さんが、いや うちに連れてって牛の世話をさせましょ、

   暴れ牛だから鞭を当てれば若旦那の横っ腹を角で突いて殺すから、手間が

   要らないよって言いましたんですよぉ。 今度は横浜の叔父さんがね、海釣り

   に連れて行って 船をひっくり返しゃ、俺は泳げるけど あいつは泳げねえから

   溺れて死ぬ、それで良いだろうって言いましてね。 そこで番頭さんが、いや

   若旦那は金のありがたみを御存じ無いから、乞食にさせましょうよ。 乞食に

   なって金のありがたみを覚えさせるのが良いんじゃないかって。 親戚の伯父

   さん叔母さんが、それは良い意見だって云いましたんで。 若旦那は明日から

   乞食です」

 

   怒って部屋に怒鳴り込んだ若旦那は、番頭に向かって 文句を言い始めます。

   「親戚の伯父さん叔母さんは兎も角、お前は使用人じゃないか! なんだって

   跡取り息子の俺に、乞食になれだと! 遣れるもんなら 遣ってごらんよ!」

   「若旦那! 今、なんとおっしゃいました? 遣れるもんなら遣ってみろと、良い

   でしょう。 乞食は嫌だと言ったら 如何しようか考えていましたが、ご自分から

   なりたいとおっしゃるのなら良いでしょう 致しましょう。 ここに、汚い着物と縄

   の帯が在ります。 欠けた茶碗に箸もありますから、ささ 早く着替えて下さい」

   「嫌だよ、嫌だ! 親父の言いつけでも、乞食は嫌だよ」

   「そうでしょうね。 それだったら 『百日間 蔵住まい』 をして戴きましょうかね」

 

   「蔵」 に押し込められましたが 三度の食事も運ばれ 外に出られぬだけと云う

   普段と 変わらぬ暮らしをする事が出来まして、百日が過ぎ 「若旦那」 は 「蔵」

   から出て参りました。

   そういたしますと 「番頭」 が、若旦那」 に手紙の束を見せます。

   「実は、若旦那が蔵に入った その日に小粋な男が手紙を届けに参りましてね、

   居ないと言いましたが置いて行きましたので 裏を見ると 『柳橋』 とだけ書いて

   ありました。 封も切らず 帳場の引出しに入れましたら、夕刻 もう一通の手紙

   が届き、これも帳場の引出しに・・・また翌日も そのまた翌日にも 手紙が届き

   ましてございます。 時には一日に何度も届き 届ける方の行列が出来るほど、

   『花街』 に身を置く女でも 実のある娘だな と思いまして、百日続きましたらば

   『大旦那様』 に言い所帯を と考えましたが、丁度八十日目でございましょうか

   その手紙がピタッと止みまして、牛を馬に乗り換えるかい と思い直しを致して

   おりました・・・・・これが その最後の手紙でございます」

 

   「番頭さん、私は それを忘れる為に蔵に入ったんじゃないか・・・・・すまないが、

   それ、読んでおくれではないか」

   『再三 お手紙差し上げ候えども お越しこれなく。 この手紙にて お越し下され

   なければ、もはや若旦那さまには この世にてお目に掛かれなく存じ候。 取り

   急ぎ あらあらかしこ』 とあります。

   「・・・・・番頭さん、私は 蔵に入る前に 『浅草観音様』 に願をかけていましてね、

   百日が過ぎて蔵から出て来られた お礼に行きたいと思うんだが行かせて貰え

   ないかい」

   「そう云う事なら、是非 行ってらっしゃいましな」

   早速、風呂に入り 着物を着換え、大旦那に挨拶をして 「浅草」 へと 家を出ま

   したが、足は 「柳橋」 に向かっておりまして・・・・・。

 

   「おかあさん! お久、お久は・・・・・居るかい?」

   「あ・・・若旦那、随分とお見限りでございましたねぇ・・・・・。 お久、ずっと待って

   たんですよ。 ま、奥にお出でくださいな」

   「お久は? お久は、何処に居るんだい?」

   「白木の位牌」 を持ち出す女将、「あの娘は・・・このような姿に・・・・・」

   「えっ 『俗名 久野屋 久?』、ど どうして?」

   「お分かりになりませんか? あなたが、あの娘を殺したんじゃないですかね!

   若旦那、あの日歌舞伎に行く約束をしていたでしょ。 あの娘、そりゃあ楽しみ

   にしていましてね、早起きして化粧をしてるんで、まだ早過ぎるんじゃあないか

   と言っても、若旦那が 何時見えるか分からないから 化粧だけでもって 言うん

   です。 でも一時が過ぎて、序幕が始まってしまって・・・・、あの娘 心配してね

   若旦那に手紙を出すって云うんです。 邪魔をするようで止められなかったん

   ですよ。 使いの者が、若旦那は居なかったが 店の番頭さんに渡したってね、

   でも 夕方になっても若旦那の姿が見えず、それから何度も何度も手紙を出す

   んですが同じ返事ばかり、毎日何本もの手紙を書いていましたっけね。 それ

   からは 、若旦那に捨てられたってね・・・お湯にも入らず髪も結わず、床に就く

   ようになっちまって、若旦那に捨てられて 生きて居たくない なんて言いだして

   何と慰めて良いのか解らなくなってたんです。 亡くなった日だったでしょうか、

   あなたが誂えてくれた 『比翼の紋』 が入った三味線が届いたんですよ。 あの

   娘が 弾いてみたいって言うんですが、やつれて起き上がる事すら出来ないん

   です。 私が身体を支えて起してね、調子を合わせてあげたんですが、バチを

   当てて直ぐに 痛いから横にしてって・・・・・それが、最後でした」

   「そうか、そうだったのか 知らなかったあ。 そうと知ったら蔵を抜け出してでも

   来りゃ良かった! 実は、蔵に百日入れられて居たんだよ」

   「そうでしたか、それでは 何本手紙を出しても届く訳がありませんねぇ。 今日

   は あの娘の三七日になりますんで、お友達が線香上げに来て呉れたんです。

   仏の供養ですから、ここで一杯飲んでいって下さいな」

   「そうですか、それでは戴きましょう」

   「二人の紋が入った三味線は、この仏壇の前に立てかけておきますね」

   線香が新しく立てられ お酒の用意が整いまして、若旦那が涙に咽ながら飲み

   始めますと・・・三味線が鳴り始めます (お囃子の方が、高座の裏手で弾く)

   「若旦那の好きな 『黒髪』 を弾いています・・・・・」

   「お久! お前・・・、そんなに私の事を想って呉れていたんだね。 お久、私は

   生涯、女房と名の付くものは持たないから 許しておくれな」

   その言葉が聞こえたのか、三味線の音が突然聞こえなくなります。

   「おかあさん! 三味、三味線の音が・・・・・」

   「あ、若旦那。 仏壇の線香が、丁度 立ち切れました」

 

 

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