「入船亭扇遊師匠」 が 「国立演芸場」 の高座に上がります。

   場内から 「ん、待ってました!」 の声が掛かります・・・・・あ、いつもの人だ!

   (この方は 「扇遊師匠」 の独演会や 「四人会・一天四海」、寄席にも 見えて

   師匠が高座に上がるとタイミング良く掛け声を発します。 「待ってました!」

   とか 「お待ちかね!」 とかを 使い分けているようです)

 

   師匠は、「サブタイトル」 の説明から 「マクラ」 を始めることが多いのですが、

   今日は 「神無月の独り看板」 についての解説は全く無く・・・・・。

 

   昨日は台風22号 今日は木枯らし1号と云うような、賑やかな日に お出でを

   戴きまして、誠にありがとうございました。 

   噺家は口先だけの商売でございますが・・・いや本当にありがとうございます。 

   私 熊本に仕事で行っておりまして、台風を連れて帰って来たみたいなもんで

   飛行機 揺れましたなぁ 怖かったです。 

   飛行機は怖いです、初めて 乗りましたのが 「柳家小三治師匠」 とご一緒に、

   あ これも九州でございました。 

   私が 師匠の前の席に座って居りますと、師匠が スチュワーデス・CAと云うん

   ですか その方に 「この人 初めて飛行機に乗るんです」 って伝えるんですな。 

   シートベルトの遣り方も解りませんので、紐のように縛ってしまったり・・・・・。

   (これは、嘘でしょうかね)

   「おい、富士山が見えるぞ!」 って云われまして、隣の人にお願いして窓から

   見上げたんですが見えません。

   師匠が 「何処を見てるんだい! 下、下だよ!」 って言うんですが、私 静岡

   生まれですから 「富士山」 見上げて育ちましたんで、まさか 下に在るなんて

   思いもよらないんですよ。 

   「セスナ」 にも乗った事がございまして、此れも九州です! 

   「前座・扇ぽう」 から 「二ツ目・扇好」 に成って暫らくした頃でしょうかねぇ、島

   巡りをすると云う事で三台に分乗してご案内戴いたんですが、同乗したのが

   「長谷川きよしさん」 と云う、目が 御不自由な歌い手さんでしてね。 

   出発前に、ご案内戴いた方 「今日の機長ね、元特攻隊の生き残りなんです。 

   良い人なんですが・・・機嫌が良いと色んな事遣って見せますんで、その辺を

   くれぐれも気を付けて下さいな」 と云いましてねぇ。 

   私は その辺を気を付けていたんですが、「長谷川さん」 が 大変に陽気な方

   なんです! 「さすが、特攻隊ですなぁ」 とか 褒めちぎるもんですから 「ああ、

   いえ、そんな・・・そうですかぁ~、じゃあ宙返りをお見せしましょう、次は 海上

   1m飛行を、橋の下を潜って見せましょう」 と 次々披露してくれるんですがね、

   怖いんです。 「間もなく 着陸しますから、最後に 一番怖い エンジンストップ

   操縦を 遣りましょう!」 ってえ事になりまして、それから私、『戦友・扇遊』 に

   成ったんですな、まあ これが言いたかったんです、はい。

   (「扇遊師匠」 は、比較的 「マクラ」 が短い方なんですが、今日は長いなぁ~

   「一席目」 は 何を演ろうとしているんだろ? この独演会、三席目の 演題が

   「たちきり」 と云う事だけが事前公表されています)

   「船の旅」 も宜しいですなぁ、「クルージング」 ってえ奴ですな、私 「飛鳥」 に

   乗った事がございまして・・・仕事で。 

   その時ご一緒したのが 「白石康次郎さん」 と云います 「単独無寄港無補給

   世界一周」 を達成した方なんですが、その 「白石さんと飛鳥の船長さん」 の

   お二人が 「船酔い」 をされると云う事でしてね・・・・・。

   「飛行機や船の旅」 も宜しいのですがね 「歩く、歩いて旅をする」 と云います

   のも宜しゅうございますな。

 

   「小父さん! 今日は お泊りですか? うちに泊まってくんないかな・・・・・」

   子供が、旅人を呼び止めて・・・なに、なんだ? 『左甚五郎、ねずみ』 だぁ!

 

   『ねずみ』

   「小父さん! うちに 泊まってくんないかな?」

   「そうだね、じゃあ 泊めて貰おうかね」

   「小父さんは、夜寝る時に 敷布団とか掛け布団とか 使います?」

   「布団かい? そりゃあ使うよ」

   「じゃあ、二十文おくれ!」

   「坊やの宿は、前金かい?」

   「そうじゃ無いんだ、布団屋さんに借金があるから、お金を 持って行かないと

   お布団が借りられないんだよ」

   「ああ、そうなのかい。 はい、二十文」

   「お布団を借りに行ってくるから、小父さんは 先に宿に行って呉れませんか? 

   この道を、真っ直ぐ行くとね 仙台で一番大きな 『虎屋』 って云う宿が在ります。

   その向かいに 『ねずみ屋』 が在るからね、小さい宿だから気を付けないと通り

   過ぎちゃうから」

 

   ほほう、これが 「仙台・伊達 62万石」 かぁ~。 「800万石」 と云われる江戸

   には敵わぬが、立派なもんじゃあないかね。

   此処が 「虎屋」 、奥州一番の宿と云われるが 良い造りじゃないかねぇ・・・・ん

   「ねずみ屋」 は 何処だい?

   あっ 此処だ此処だ、これは随分と小さな宿だねぇ、「ねずみ」 じゃ無くて 「南京

   ねずみ」 かい?

 

   「はい 御免なさいよ、今晩 泊めて貰いますよ」

   出て参りました 「ねずみ屋」 の主人は 「ああ お泊りでぇ、ありがとうございます。

   私が足を漱いでさしあげなきゃいけないんですが、ご覧の様に 腰が立ちません

   ので、足元を履き替えて裏の小川で漱いで下さいな。 小さな川ですが 広瀬川

   に流れて行く 綺麗な水ですから」

   「はいはい、あれ? 履き替えるって 片方しか在りませんが?」

   「ああ そうでしたか、では 片足で ピョンピョンと」

 

   「布団の手配」 を終えて、子供が帰って参りまして・・・・・。

   「小父さん! ご飯は食べる?」

   「ご飯かい? そりゃあ食べたいね」

   「お米 炊いてないから、お寿司は如何?」

   「お寿司かい、良いね。 お寿司にして貰おうか」

   「お寿司は、何人前にする? 五人前?」

   「えっ 何人前、五人?」

   「おいら お腹空いてるし、お父っつあんも お寿司好きなんだぁ~」 

   「分かったよ、じゃあ二分を渡すから 酒を二升と 残ったお金で お寿司を好きな

   だけ買っておいで」 

   

   大きな 「虎屋」 の向かいに 小さな 「ねずみ屋」、その親子の様子を見て何やら   

   訳が在りそうに思った旅人は、子供が出て行きますと・・・。 

   「御主人、なにかご事情が。 良かったら 私に話しを聞かせては呉れませんか   

   「ねずみ屋」 の主人が、旅人に話しを始めます。   

   「私、以前は 向かいの 『虎屋』 の主人でございまして、奉公人も三十人以上は

   居りました。 女房を亡くし、宿の様子を知った 『女中頭の お紺』 を後添えにと   

   迎えましたが、七夕の晩でございます。 お客様もご存知と思いますが 『仙台』

   には、大勢の方がお見えになりましてな 『虎屋』 も大層混み合う内に二階の客

   同士の喧嘩に巻き込まれて階段の上から下まで 落ちまして腰が立たなくなって 

   しまいました。 離れに移って 三度の食事を運ばしたりしておりましたが 次第に   

   三度が二度に やがて食事が届かぬようになりました。 ご近所で 親しくしており  

   ます 『生駒屋さん』 から 『卯兵衛さん、 お前 腰だけではなくて 心まで腑抜けに  

   なったのかい?』 と云われましてねぇ、十二になる 『卯之吉』 の身体を見ますと、 

   生傷だらけで・・・・・『お紺』 に折檻されてたようです。 番頭を呼びまして 物置を   

   片付けさせ 此処に住む事に致しましたが、またまた 『生駒屋さん』 が 『卯兵衛 

   さん、あんた何時 虎屋を番頭に譲ったんだい』 と申します。 『いいや 譲った事 

   は無いがね』 と申しましたが、印を押した 『譲り渡し状』 を見て解りましたです。  

   印は 『お紺』 に 預けてありましたんでね。 それで、『息子の卯之吉』 と一緒に  

   『鼠が住んだ物置小屋』 を宿にして 商売を始めたんでございますよ、はい。 あ

   そうそう、お客様 『宿帳』 をお願い致します。 腰は立ちませんが 筆は立ちます

   んで。 生国は 『飛騨高山』、これはまた随分とまあ遠くから。 今のお住まいは

   『江戸日本橋橘町 大工政五郎方』 で お名前が 『甚五郎』。 『高山・甚五郎?』

   ええっ、お客様は あの 『名人・ 左甚五郎先生』 で?」

 

   「そうでしたか・・・・ご主人、木端を戴けますかな? あ、薪で結構です。 それと  

   二階を貸しておくれではないか、こちらが呼ぶまで 入ってはいけませんよ」  

 

   『ねずみ』 を 精魂込め彫り上げました 「甚五郎」 、「卯之吉」 を呼んで見せると、

   その木彫りの 『ねずみ』 が盥の中で動き回り、まるで生きているようです。

   「ねずみ屋」 の店先に、盥に入れた 「飛騨高山・甚五郎作 福ねずみ」 が置かれ 

   評判を聞きつけた人々が遣ってきます。

   「『左甚五郎』 が木に彫った 『福ねずみ』、 「ねずみ」 が動くとよぅ! 見せて貰う 

   じゃないかね」  

   「木彫りの ねずみが動く? あに言っとんだぁ、動くわけが・・・ん?・・・あ、動く」 

   盥には 「この福ねずみを見た人は、土地の人旅の人を問わず、『ねずみ屋』 に 

   お泊り下さい」  

   「あれま、大変だ! オラ達 見たから、泊まらねばいかんのう」   

   「オラは、泊まれねぇよ。 家は 直ぐそこだで、嬶さまに怒られるよぅ」 

   「甚五郎 福ねずみ」 の評判で、「ねずみ屋」 の前には行列が出来まして、二階   

   の二間に86人が泊まり立って寝ることも出来ない。 後は天井からぶら下がる 

   だけと云う 繁盛ぶりでございます。

   一方 「虎屋」 は 「お紺・番頭の悪評」 が広まり、客が激減してしまいます。

   そこで 「虎屋の番頭」、「仙台一番の彫刻師」 とも謳われた 「飯田丹下」 を訪ね

   まして 「ねずみ屋、左甚五郎の福ねずみ」 の一件を話して 「虎屋ですから虎を

   彫っては戴けないでしょうか?」 と頼み込みます。   

   (「飯田丹下」 は、以前 「仙台藩・御前腕比べ」 で 「甚五郎」 と 「ねずみ」 を彫り

   競った時に負けた恨みが有りまして、両者 いずれも見事な出来栄えであったが

   「猫」 に 「ねずみ」 を見せた処、「甚五郎のねずみ」 を銜えたので 勝負あった! 

   実は、「甚五郎」 は 「鰹節」 に 「ねずみ」 を彫ったんだとか・・・・・)  

   委細承知で彫った 「虎」 を 「虎屋の二階手摺」 に据え 「ねずみ屋福ねずみ」 を

   睨みます・・・すると、途端に 「福ねずみ」 の動きが止まってしまいます。

   驚いたのは 「卯兵衛」 で、その反動でしょうか? 腰が立った!  

   本当は、前に直っていたが 「立たないと思って立たなかったから 立てなかった」  

   「卯兵衛」 は 「甚五郎」 に 手紙を書きまして、「私の腰が立ちました、ねずみの  

   腰が抜けました。

   手紙を見て、「甚五郎」 が 「大工・政五郎」 を伴って 仙台まで遣ってきます。

   「卯兵衛」 に様子を訊いて 「虎屋の虎、飯田丹下の彫った虎」 を見上げますが

   首を傾げ 「目に恨みを含んでいるが、そんなに立派な虎には 見えぬがなぁ~」   

   「政五郎」 にも尋ねましたが、やはり納得が行かぬ様子。  

   「これこれ 『ねずみ』 や。 精魂込めて彫った筈だが そんなにあの虎が怖いか」  

   「えっ、あれは 『虎』 なんですか? 『猫』 かと思った!」

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