「長野・善光寺 表参道」 を 「長野駅」 から 「丁石・春日灯籠」 を確認しながら

   「長野駅」 から 「善光寺」 への 緩やかな上り坂を進みます。

 

   「栽松院」

   「表参道・中央通り・問御所町」 を斜めに走る 「しまんりょ小路」 (「旧裾花川」

   の流れに出来た中洲・島 に建てられた小さな 「観音堂」 が 「寮」 と呼ばれて

   いた事から 「島の寮・しまんりょ」 だと云います) に在る 「曹洞宗禅寺・黄梅山

   栽松院」 は 「名主・造り酒屋 菊屋(山嵜家)」 が戦国時代に建てた 「観音堂」  

   から始まったそうです。

 

 

  「観音堂」

 

 

 

   「子育地蔵尊」

 

 

   「嶋の天神・尾上出世不動尊」 は 「硝子戸」 に小窓が在るんです・・・覗き穴?

 

   「本堂」

   約200年前に焼失し 明治三十五年・1902年に再建されたそうです。

 

 

 

 

 

   これから 「表参道」 は 「歩道・車道共に 石畳」 になり、歴史の在りそうな建物

   が並びます。

 

 

 

 

   ここらが 「十丁」 と云う 「丁石」 が置かれています。

 

 

 

   「紫雲山頼朝院十念寺」

   建久年間(八百有余年前だそうで) の創建で 「源頼朝公」 を開基とする

   治承三年・1179年に炎上した 「善光寺 伽藍」 の 「再建落慶法要」 の「大施主」

   として 「善光寺」 に向かう 「頼朝公の随兵行列」 が、この地に至ると周囲俄かに

   「紫雲」 が湧立ち たなびき 「一光三尊の善光寺阿弥陀如来」 が現れ、「頼朝公」

   に 「十返のお念仏・お十念」 を授けたと云います。 この仏縁によって、「頼朝公」

   は ここを聖地と定め、一宇を建立し 「紫雲山頼朝院十念寺」 と名付けたそうです。

 

 

 

   「大佛堂」 (阿弥陀仏坐像・出世大仏)

   「観音堂」 (天保十一年・1840年に再建、後の 「善光寺大地震」 にも耐えた)

   「六地蔵」 (施主は 「観音堂」 と同じ 「問御所穀物問屋・久保田新兵衛苗肥」)

 

 

 

 

   「秋葉神社」 

   「秋葉権現」 は 「秋葉山の山岳信仰と修験道」 が融合した 「神仏習合神」

   で 「火防の霊験」 で知られ、この 「秋葉神社 (大権現)」 の開基は 「菊屋」

   「鶴目井戸」 の跡が在ります。

   「善光寺七井戸 (阿舎利井戸・花井戸・来間井戸・無方井戸・有方井戸・狐

   井戸・鶴目井戸)」 の一つで、「菊屋」 酒造りにも使われ、町民達も 喜んで

   使ったのだとか。

 

 

 

   「長野オリンピック聖火台 モニュメント」

   1998年に開催された 「長野オリンピック」 で、「開閉会式場・南長野運動公園」

   のスタンド上に設置された 「メイン聖火台」 のモニュメントだそうです。

 

 

 

   「善光寺」 に向かう 「石畳の上り坂」・・・「横断歩道」 も 「石畳!」

 

 

 

 

   「権堂アーケード通り」・・・面白そうなので、後で立ち寄ろうかな?

 

 

 

   「北野文芸座」

   日本伝統芸能の振興と地域文化の昂揚を願い、「東京歌舞伎座風」 の外観に

   日本瓦の大屋根と「唐破風・銅板葺き」 の屋根

 

 

   更に 「坂」 を上ると・・・・・「浄土真宗本願寺派・西本願寺長野別院」

 

 

 

 

 

 

   「天竜山善立寺」

 

 

 

 

 

 

 

 

   「坂」 が急になってきましたかな?

   また 「レトロな建物」 が並んでいます

   

 

 

 

   「笹本商店」 は 大正十五年・1926年の建築と云われます

 

 

   「中澤時計本店」 は 大正十三年・1924年に建設された 登録有形文化財・

   長野市景観重要建造物です

 

 

   「熊野神社」

 

 

 

 

 

   間もなく 「大門」 の交差点です・・・「石畳」 の色が変わります!

 

 

 

 

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