うずま川遊覧船

 

 NHKラジオに朝4時からの「明日へのことば」という番組があります。 

 それを若い人の目に留まるかと思い、書き起こしされているブログ

『明日へのことば』、そのブログをもとに編集しました。

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2020年8月9日日曜日

 

中村明雄(NPOマネージャー)  

    ・船頭唄に苦楽を込めて

 

 江戸時代、栃木県の栃木市は、街の中心部を流れる巴波川(うずまがわ)の舟運で栄えました。いまここでは、船頭さんが操る遊覧船が人気で、年間およそ4万人が訪れます。しかし、去年10月の台風19号がもたらした水害のため運行ができなくなり復旧した矢先、今度は新型コロナウイルスの影響で再び休業となりました。度重なる災難と向き合いながら、川と共に生きる船頭としての思いを電話で伺いました。

 

紹介のあと、お話が始まります。

 

 通常ゴールデンウイークが一番忙しくて、一日1000人ぐらいの人が来ました。船は一般に言う和船で全長が8mです。

3月から運休して6月1日から再開しましたが、元にもどるというわけにはいかずに低迷しています。

 

 15,6年前、船游会の人たちが集まって川遊びが始まりまして、青木理事長をはじめに5.6人で始まりました。船は借りてきました。木市の観光課の方が興味を持ってちょっと運行してみたらということになり、夏祭り、秋祭り、なんかイベントがあったときに船を出して遊んでいました。ちょっと乗せてほしいということでだんだん増えていきました。青木理事長は同窓会のメンバーで同窓会に参加した時に遊びに来ないかと言われて、遊んでいたところ誘われて入ったのが船頭になるきっかけです。2か月間、民謡の先生に民謡を指導してもらい、船の漕ぎ方、お客さんへのおもてなし、歴史などをいろいろ学びました。お客さんが船から上がる時にはお客さんが拍手をしてくれて、評価してくれます。

 

*船上での観光のおもてなしの状況を披露。

「栃木河岸船頭唄」を歌う。

 

 楽しい毎日を過ごしています。台風19号の時には大きな被害を受けました。船は陸揚げしましたが、縛り付けてあったものさえ流されてしまいました。床上浸水のところもありました。皆で協力して船が出ることを望んでいました。栃木工業高校の生徒が竹明かりを作ってくれましたが、それも流されて泥だらけになりましたが、洗いなおしたり修復したりして復活させてくれて、そのこともまた背中を押してくれました。川底が全然変わってしまって、川の真ん中に中洲ができてしまいましたが、重機を借りてきて船が通れるように土砂の撤去をして、2か月後には船が行き来できるようになりました。オリンピックのランナーが船に乗れるようにしようということで、3月29日に乗る予定でした。3月28日に電話があり延期になりますということでした。

新型ウイルスの感染拡大ということで営業できなくなりました。

 

 6月1日からソーシャルディスタンスということで、いろいろ気を遣いながら再開しました。3か月船を操っていなかったので最初竿の使い方など心配しましたが、すぐに慣れました。再開してゆくにあたってはいろいろ会議をしました。地元の観光を盛り上げるためにはまず船だということで、それが背中を押してくれました。

 

 お客さんも現在少ないですが、お客さんが一日も早く戻ってくれることを期待しています。お客さんが喜んでくれるのが私の喜びでもあります。巴波川は母なる川で、川から恩恵を貰ってきているので恩恵を返すということでやっていきたいです。