第一話『雄ちゃん、戻る』
頭が痛い。
物事を覚えるのは嫌いじゃないけど、興味ないことを叩き込まれるのは好きでない。
一生懸命に説明してくれる崎本には悪いけど、全部オレのためなんだけど、
一度にこんなにいろいろ教えられたら、頭がオーバーヒートして壊れちゃうよ!!
「ちょっと上地さん、僕の話を聞いてます?」
「聞いてる、聞いてるけどもう限界だよー!
勝手に他のところを弄くらないから、もう勘弁してよ」
「その言葉が信じられないから、ワンツーマンで説明してるんですよ」
こんなことになるなら、貰ったときに興味本位だけで障るんじゃなかった。
雄輔は己の軽はずみな行動を深く深く後悔したのであった。
(明日になれば忘れてるけど)
正義の味方に選ばれて、昔テレビのヒーローが持っていたような変身道具を貰えて、
嬉しさと興奮のあまり適当にボタンを押した結果、子供の姿になってはや5日目。
どうにかロック解除してもらった変身ブレスを返してもらえたのだが、
二度とこんなコトにならないように、正しい使い方を事細かにレクチャーされている。
しかし、これ以上何かを教えられたって、もう脳みそに覚えるだけの余裕がない。
そんな半泣きの雄輔を、直樹は気の毒そうに見守っていた。
ちなみに、直樹は自分できちんと取扱説明書を熟読しているので、放置されている。
「崎本くん、一旦説明はそこまでにして、雄ちゃんを大人の姿に戻してあげてたら?
せっかくブレスが直ってきたのに、子供の姿のままじゃ可哀想だよ」
直樹の助け舟に、雄輔は目を輝かせてうんうんと頷いた。
未だに子供の容姿のままの雄輔がそんなふうにすると、無邪気な子供そのものだ。
なるほど、こうやって直樹は懐柔されたのかと、ハタで見ていた剛士は妙な納得をした。
「野久保さんは上地さんに甘すぎです」
呆れたようにため息をつく崎本だったが、これ以上雄輔に説明しても理解してもらえなさそうなのは目に見えていたので、直樹の進言に従って雄輔を大人の姿に戻してあげることにした。
特別仕様の変身解除の手順を、もう一度丁寧に指示する。
今回のような騒動が再発すると困るので、暗証番号はこっちが勝手に決めていた。
「で、最後にこの赤いボタンを押せばオールクリアされて元の姿に戻れます」
「これ?」
「あ、待って雄ちゃん!そのままで大人に戻ったら、服が大変なことになっちゃう!
こっちの大人用の服に着替えてから戻って」
はい、と直樹は大人の服を出してくれた。
いつものダボダボのTシャツとお気に入りのつなぎ。
普段から余裕のある服をきているのだが、子供のままで着るとさらに服が余る。
「なんか、毛布に包まってるみたいだね」
着替えを手伝ってくれた直樹に笑われたが、それも仕方ない。
こんな不便な生活もこれでようやく終るのだ。
「じゃ、押すよ?」
指示された赤いボタンを押すと、ガクンと身体の力が一気に抜けた。
え?っと崩れ落ちそうになる膝を堪えていると、今まで体感したことのない浮遊感に捕らわれる。
「雄ちゃん!」
「のく・・」
駆け寄ってくれた直樹に手を伸ばして掴まろうとすると、今まで届かなかった彼の肩に腕が回った。
落ち着かない感触のまま身体を預ければ、逆に直樹の身体に覆いかぶさってしまう。
事態に頭が追いつかなくて、混乱したまま直樹の顔を覗き込むと、彼はクスリと笑って、
「おかえり、雄ちゃん」
と悪戯に唱えた。
どうゆうことだろう?と我が身を改めて振り返って、
ようやく自分が大人の身体に戻ったのだと気が付いた。
「おお!ちゃんと戻ってる!」
「当たり前だ、それで戻らなかったら大問題だよ」
それまでずっと傍観を決め込んでいた剛士に頭を軽く小突かれた。
たしかに、これで戻れなかったらお話にならない。
(というか、お話が進まない)
「さてと、雄輔も標準サイズに戻ったことだし、衣装合わせにでも行くか」
「衣装合わせって、なんのですか?」
「変身後の戦闘服だよ。ちゃんと採寸とかしないとまずいからな」
そのとき、直樹の脳裏に先日Paboの様子が思い出された。
アニメのコスプレさながらの彼女の姿が・・・。
「あ、あの、変身後ってどんな服になるんですか・・・」
「それは見てからのおったのしみ~」
剛士の陽気な笑顔に、まさかタキシード仮面みたいな服じゃないだろうな、と
一抹の不安を覚える直樹であった。
その後、衣装合わせやら移動用のメカの説明やら、
社会科見学と入社説明会のような内容で一日が終わった。
とりあえず、変身後の服装は思ったよりも恥ずかしくなかった。
・・・、どっかのアニメで見たような気がしなくもないが。
「本格的はトレーニングとか実戦演習は明日から始めるから。
今日はゆっくり休んでおいてくれよ」
リーダーである剛士の言葉に素直に頷き、三人で固まって会議室を出ようとしたときだった。
「ちょい待ちぃ、つるのには話があるから残ってくれんか?」
今まであまり口を挟んだことのない紳助に呼び止められた剛士は、
ちょっと厄介そうに髪をかき上げてから、はいはいと軽く返事をした。
「じゃ、二人は部屋に戻って休んでちょーだい」
明日もよろしく、と挨拶代わりに手を振られたが、
ぞんざいな対応は、早く出て行けと言われているようにも受け取れた。
目の前で無情にも扉を閉められて、思わず立ちつくす直樹と雄輔。
話があるのは剛士だけだから、部屋から出されるのは仕方ないけれど、
これから生死をかけて一緒に戦う仲間に、この扱いはなんだか寂しい。
「のく、こっち」
何かを閃いたのか、雄輔が堪えきれない笑みを浮かべて直樹を手招きしている。
付き合いの浅い直樹も、そろそろ雄輔の特性が分かってきていた。
「また何か悪巧みしてるんでしょ」
「そんな言い方するなよ。ほら早く」
待ち切れない雄輔に引っ張られて、二人は今出た会議室の隣の部屋に忍び込んだ。
彼が何をしようとしてるか問わずとも察した直樹は黙って壁に耳を近づけ、
隣の部屋の様子に意識を集中させた。
同じように雄輔も壁にへばりついて聞き耳を立てている。
一体、紳助さんと剛士で何を話しているのだろう・・・?
続く(本日午後9時更新予定)