目の前一杯に現れた画像に崎本が息をのむ。
そこには生き別れた妹が、挑むように冷たい眼差しを向けていたのだ。
『お台場戦隊のみなさん、こんにちわ。
これ、なんだか分かる?』
彼女は小さな小瓶を見せびらかした。
何かになにかの液体が揺れている。
『これはあなた達のお仲間が倒された毒の解毒剤よ。
殺傷能力の低い毒だけど、今頃苦しんでいるんじゃないの?
この解毒剤が欲しかったら、先程の石切場に明朝7時に来なさい。
チャンスはこれっきりよ』
そう言って彼女が小首を傾げると、飾りの付いた帽子がふわっと揺れた。
可愛らしい仕草のはずなのに、冷徹な印象だけが強く残る。
どうして、こんな・・・!
「明奈!」
実名で呼ばれたことに驚いて、明奈が目を見張った。
「明奈、僕だよ。大海だ。分かる?お兄ちゃんだよ!!」
そこに崎本の姿を見つけて、明奈の表情がみるみると凍り付く。
『お兄ちゃん・・・』
「そうだよ、僕だ。急に居なくなって心配したんだぞ。
そんなところに居ないで、早く帰っておいで!」
自分のことを覚えていてくれたのが嬉しかったのか、崎本の顔にやっと安堵の色が浮かんだ。
懐かしい画面の向こうの妹に手を伸ばして、どれだけ心配していたか訴えている。
崎本の呼びかけに明奈も困惑しているようだった、しかし。
『知らない!私のことを置いて行っちゃったお兄ちゃんなんて、私のお兄ちゃんじゃない!!』
そう叫ぶと、画面に映る範囲から逃げ去ってしまった。
何人かの仲間がその後を追うが、こちらからはその様子も分からない。
「明奈・・・」
呆然と、妹の名だけが崎本の口から零れた。
通信画面に取り残されたFUJIWARAとハタヨクが、罰が悪そうに顔を見合わせている。
(あまりにシリアスな展開について行けなかったらしい☆)
『と、とりあえずやな、解毒剤が欲しかったら明日7時に来いちゅーことや!
変な小細工したら解毒剤は渡さへんぞ!!』
なんとかサマになる言葉を残して、通信画面がブツンと切られた。
後に残る真っ黒なモニターを凝視したまま、崎本は動けない。
大きく見開いた可愛らしい瞳から、じんわりと涙が零れていた。
「大丈夫か?」
「はい、すみません、動揺しちゃって・・・。
駄目ですよね、世界の平和を預かる者がこんなことじゃ」
無理に笑おうとする強ばった頬が痛々しい。
まだ彼自身が甘えていたい年頃でもあるのに・・・。
「とにかくお前は休んでいろ。こんなこと、ショックを受けて当たり前なんだから。
里香ちゃん、サッキーに何か暖かい物を淹れてあげて」
「はい、ちょっと待っててくださいね」
里香は朗らかな笑顔で返事をすると、部屋の隅に常備されている喫茶スペースに駆けて行った。
要領の良くない彼女が、ゆっくり丁寧に暖かい紅茶を淹れてくれてる。
そのスローな動きが、かえって場の空気を和らげてくれた。
「心配しなくて良いからな。お前の妹は、絶対に俺たちが連れて帰って来るから」
慰めるように彼の黒髪に指を通すと、こつん、剛士の胸に額を預けてきた。
こんな素直に甘えるのは珍しいなと思ったが、それだけ心が弱まっているのだろう。
剛士は両腕を彼の背中に回して、守るように崎本の折れそうな身体を胸の中に収めてあげた。
トントンと背中をあやすようにリズムをつけた叩いてやる。
それくらいしか、してあげれることが見当たらない。
どんなに強くなったつもりでも、大切な人の前では無力な自分を思い知らされる。
誰かを守りたいと願う強さと己の強さは、どうしていつも反比例するのだろう。
一言の言葉も残さずに、雄輔がそっと部屋から出て行った。
気が付いた剛士も、また黙って彼を見送った。
人は、弱い。
だからこそ、強くなろうと励むのだ。
大切な誰かの笑顔を守るために。
そこは、医務室から繋がった基地の病室、みたいな場所だった。
部屋にはベッドが二つ並んでいて、その一つに直樹が寝かされている。
目元に巻かれた包帯の白さが、痛いくらいに輝いて見えた。
寝ている彼を起こさぬよう注意しながら近寄って、姿勢良く眠る彼の寝顔を覗き込む。
こんなときでも穏やかに眠る彼を見詰めていると、後悔の念に襲われて居た堪れなくなる。
包帯の上にかかる前髪を、指先で払いのけようとした。
そのとき。
てっきり寝ていると思っていた直樹に、差し出した手を捕まえられた。
咄嗟に何を話しかけたら良いのかと躊躇してると、直樹の口元にいつもの笑みが浮かぶ。
「人の寝入りを見に来るなんて趣味が悪いよ、剛にぃ」
捕まえた手をしっかりと握ったまま、直樹は身体を起こして剛士のほうを向いた。
その真っ直ぐさに、見えてない彼の視界にしっかりと捕らえられたような錯覚に陥る。
「雄輔と間違えられると思った・・・」
「なにそれ!いくら見えて無くても、剛にぃと雄ちゃんくらい区別がつくよ」
クスクスと可笑しそうに笑う。
まるでその身に何事も起こってないかのように、明るく健やかに。
「あいつ、きっと今頃シュミレーション室で自習訓練してると思う。
直樹のことを守れなかったのがそうとう悔しかったみたいだからさ」
「雄ちゃん、あんなだけど自分の言葉には真面目だからね。
ボクだって雄ちゃんと同じ戦う戦士なんだから、責任なんて感じなくて良いのに」
繋いだ手に、ギュッと力が篭められる。
きっとこの人は。
リーダーとして、現場を取り仕切る者として、仲間に弱味なんて見せないはずだ。
苦しくても辛くても、自分の心に圧し掛かる重たいものを周りに知らせないはずだ。
傷付いて挫けそうな仲間を励まし、支えて、大丈夫だって声をかけて。
自分の傷を何気ないように隠してしまう人なのだ。
「たけにぃ、泣いてるでしょ・・?」
「え?」
「誤魔化したってダメだよ、それくらい分かるもん。
ボクだって伊達に剛にぃの弟を名乗ってないよ?」
直樹が探るように剛士の頬に指を、手の平を掠める。
そこに涙の痕跡なんて全くなかった。
でも、実際に涙が出るよりも、この人が心で泣いている事を直樹はちゃんと知っていたから。
「自分のことを、責めないでください」
棒立ちになった剛士の身体を引き寄せて、力一杯で抱き締めてあげた。
いつだって長男気取り。
誰かに甘えられるのが嬉しくて、みんなの痛んだ心を受け止めてあげてばかりで。
でも、あなたも一人の人間だから、辛いときはどうかその痛さをボクらにも分けてください。
「なおき、ごめん、ごめんな。
俺がお前に行けなんて言ったから、相手の手の内も分からないのに、お前に任せたりしたから。
こんなことになるなら、俺が行けば良かったんだ。俺がやられてば良かった・・」
「あのね、剛にぃがやられたら今度はボクと雄ちゃんが泣くよ?剛にぃを守れなかったって。
さっきも言ったでしょ?ボクだって戦う戦士だ、傷付くことくらい覚悟してる。
たとえ命を落とす危険と隣り合わせでも、剛にぃたちと一緒に戦いたいんだ。
だから自分を責めないで、これ以上傷付かないで。ボクは自分が選んだ道に居るだけなんだから」
胸の中で何度も繰り返して剛士が頷く。
本当は直樹の言葉の意味を半分くらいしか理解してないことは分かっていた。
慰められてるって状況だけを察して、大丈夫だって頷いてるだけなのだ。
ああ、本当に困った人だ。
人一倍泣き虫で心配性で、そのくせひどく強がりで。
たまにこうやって泣き言を漏らしたいくせに、大人な顔して我慢してる。
だから今だけは子供みたいに甘えて。
存分に弱いあなたを見せ付けて。
ボクはそんなあなたも大好きだから。
あなたの気持ちが落ち着くまで、ずっとこうして抱き締めてあげるから。
プライドの高いあなたには不本意かも知れないけれど、
情けない姿をさらけ出してもらったほうが、信頼されてるって思うんだよ?(*^-^*)
続く。