「うっそぉ!信じらんない!!」
それは野久保直樹さんのこんな悲鳴から始まった。
基地内では穏やか朗らかさんで通っている直樹が大声を上げる、なんて事態に、野次馬な(暇を持て余している)人たちがわらわらと集まって来る。
「どーした直樹、珍しく大きな声を出して」
「剛にぃ、聞いてくださいよっ!雄ちゃんてばひどいんです!!」
お、なんだ痴話喧嘩(引用間違い)か、と剛士は面白そうに身を乗り出した。
もちろんこんな揉め事が大好きなPaboさんたちも、剛士の後ろで何が起こったのか楽しそうに聞き耳を立てている。
「なになに、雄輔になにされたの?」
つるのさん、変なふうに目が輝いてますよ・・・(-"-;)
「せっかくケーキを作ろうって思っていたのに、一生懸命焼いたスポンジを食べちゃったんです!」
「だってさぁ、すっごく良いにおいがしてんだよぉ?ちょっとくらい良いかなって・・・」
「良くないです!ホールのデコレーションケーキを作るつもりだったのに!」
「デコレーションしなくても、あのまんまで充分旨かったって。あれでいーじゃん」
あ、まずい・・・。
雄輔のむちゃくちゃな言い訳に女子たちは目頭を押さえた。
直樹のことだから、きっと完成図まで完璧に計画してケーキ作りをしていたはずだ。
それを途中でつまみ食いされ、その未完成状態で充分だと言われてしまったら、火に油を注ぐようなもんである。
案の定・・・。
「もー、雄ちゃん、最低!!ボク、おさむちゃんとこに帰らせて頂きます!」
「な、なんで向井くん?」
「実家が遠すぎるからですよっ!」
怒り心頭のままで現場から立ち去ろうとした直樹を、崎本が縋って引き止めた。
「待って野久保さん、外泊はまずいです。基地の中に居てください!」
「サッキーまでなんの心配してるのーー!!」
「ち、違いますよ!!緊急連絡が行き届く所に居てくださいって言ってるんです」
外泊されると、夜間の呼び出しで動けない可能性が発生する。
基地の出入りに関しては緩くしても、寝泊りだけは基地内にしておいて欲しいのだ。
決して疚しい心配をしているわけではない。
「分かりました、基地の中で大人しくしてます!!」
バンっ!とドアを蹴破る勢いで直樹は飛び出して行ってしまった。
遠ざかる足音がいつもと違って荒々しい。
温厚な直樹がここまで怒りを露にするなんて・・・。
「え?何??なんでみんなオレを見んの?」
当然の結果として、現場に集まった仲間から白い目の集中攻撃を喰らう雄輔であった。
「ユースケが悪いんじゃん。せっかくナオタンが作ったスポンジ食べるから」
「スポンジ生地を上手に膨らますのって大変なんだよ?」
「一生懸命焼いたのに、のくぼっちかわいそう・・・」
Paboさんたちの連続突っ込みに、さらに雄輔はワタワタと慌てる。
こっちの言い分だって聞いてほしいものだ。
「だって!いっぱいあったし、すっごく美味しそうだったんだってば!
それにいつもだったら、ちょっとくらい摘み食いしたって怒んないもん!」
・・・・・・・・(¬_¬)ジー。
いつもって、お前はいつもそんな小学生みたいなことしてたんかい(by剛士)
普段からのっくんが甘やかすから、ユースケが付け上がるんだよね(byまい)
の、野久保さんと上地さんって、野久保さんと上地さんって。。。以下自主規制(by崎本)
のくぼっちってそんなにお菓子作ってたっけ?ユースケ専用??ずっる~い!(byスザンヌ)
「お前ら!言いたい事があんならはっきり言え!目で語るな!!」
「んじゃ、せーの」
「「「「ユースケが悪い!」」」」
一斉に指差し指定されては、流石の雄輔も反論の余地が無い。
ってか、本気であーたが悪い。
「そんなにしちゃいけない事だったのかよぉ~~」
ようやく自分の立場の悪さに気がついたのか、雄輔は肩を落として落ち込んだ。
すでに手遅れであるが。
「今回はまずかったね。ケーキ作りってあんたが思ってるより繊細なんだよ」
冷たく言い放った優樹菜は、じゃねと手を振った。
「ゆき、何処行くの?」
「ナオタンとこ。慰めてくる」
「あ、じゃ、オレも・・・」
「今ユースケが行ったって逆効果だよ。よけーなことしか言わないじゃん」
優樹菜の手厳しい言葉が雄輔の胸にさっくり刺さった。
そのままそこで凍っていてくれと、優樹菜は雄輔を放置して直樹の部屋を目指す。
あの状態で一緒に来られたって、事態を引っ掻き回すだけだ。
直樹が落ち着いてからゆっくり一人で謝りにでも行けば良い。
そのまえに直樹をフォローしてあげなくては。
「ナオタン、入っても良い?」
彼の部屋の前で少し大きめの声で話しかけると、静かにドアが開いて暗い顔した直樹が部屋に入れてくれた。
そーとーショックだったんだろうなぁ・・。
「ねー、ケーキ最後まで作ろうよ。あたしも手伝うからさ」
「でも雄ちゃんがスポンジ、食べちゃったし」
「端っこだけじゃん、上手く使えば大丈夫だよ。それに・・・」
背中を丸めて落ち込んでいる直樹の顔を下から覗き込む。
怒ってるっていうより、落ち込んでるって感じだった。
「あのケーキ、本当は雄輔のために作ってたんだろ?だったら完成させようよ」
優樹菜の言葉に驚いて、そのまま顔を真っ赤にさせてしまった。
その狼狽した直樹を見て、やっぱりな~と優樹菜は噴出して笑う。
「なんで優樹菜ちゃんにはお見通しかな~」
「そんな気がしたんだよね。だから逆に雄輔が途中で食べちゃって怒ったんでしょ?」
「うん、それもあるけど。。。
本当はまん丸のケーキにしたかったの。雄ちゃんが大好きなお日様の形で、上にはひまわりのデコレーションをしてって考えてたんだ」
「うっわ、モロ雄輔好みじゃん。なんで?あいつの誕生日、春だよ?」
「ボク、ここのところ怪我が多くていっつも戦いに出ると雄ちゃんに助けてもらってるから、だから、お礼と感謝のつもりで雄ちゃんにケーキを焼こうって思って。あ、もちろん食べるときは皆で分けるつもりだったよ」
「いーよ、今更フォローしなくても。でもそれなら尚更完成させないとじゃん。ね、キッチンに行ってアレを完成させよう?」
普段は跳ねっ返りの優樹菜に、こんなふうにおねだりされたら無下に出来ない。
それに直樹自身、やりかけた事を中途半端で投げ出すのもイヤだった。
「じゃ、ユキちゃんに手伝ってもらおうかな・・・」
「オッケー(^▽^)v。良い考えもあるんだ♪」
まだそれでも躊躇しがちな直樹の背中を、優樹菜は楽しそうに押しながらキッチンに向ったのだった。
そして、二人が協力して出来たのがいろんな種類の『グラスケーキ』である。
大小さまざまな器に、カッティングしたスポンジケーキを土台にして可愛らしくデコレーションしたケーキが盛られている。
これならスポンジ生地の形は気にならない。
「え~と、いろんな味があるので好きなのを選んで下さい。
オレンジ風味のスポンジがボクの作ったので、ゆきちゃんが新しく焼いてくれたのが紅茶風味です」
基本となっているケーキは2種類なのに、見た目は全て違うケーキに仕上がっているから驚きだ。
まずは女性陣がその出来栄えにキャーキャー言いながら群がった。
「ねー、どれを選んでもいいのぉ」
「もっちろん、早い者勝ちだから、好きなの選んでね。ただし、雄輔は一番最後!」
優樹菜からきつく言い渡されて、雄輔はぶすくれたように頬を膨らました。
「なんでオレが最後なのー?」
「ってかお前、食べさせてもらえなくても文句言えないんだぞ!」
ビシッと優樹菜の人差し指が雄輔の目の前で止まる。
たしかに「おやつ抜き!」と言われても仕方ない状況だ・・・。
仕方ないので雄輔は『く~ん』と尻尾を項垂れて(あるのか、尻尾!)、みんなが好きなケーキを選び終るのを大人しく待っている。
実は一目で気になったケーキがあったのだ。
ひときわ大きな器に盛られた、オレンジ色のソースたっぷりのケーキ。
ちょっと黄色が強いから、あれはマンゴーのソースかな?
上に綺麗なジェリービーンズとミントの葉っぱが乗っていて、めっちゃカラフルで。
しかもきらきらのひまわりまで付いている。
アレが、食べてみたいのになぁ・・・。
「雄輔、よだれ」
剛士に指摘され、雄輔は慌てて口元を拭った。
その剛士はスポンジとクリームの上にチョコブラウニーとクラッシュナッツがトッピングされたケーキを選んでいた。
これは、くどそうだぞ。
「つーのさんのも美味しそう・・・」
「あーこれ?直樹のイチオシ」
趣味モロだしですな!
(食べ切れますか?つるのさん)
「雄輔、お前愛されてんな」
「えー、どこがぁ?」
「だって一番でかいあのケーキ。あれ、お前用だろ?」
と、剛士が指差したのは、例の雄輔が狙っていたケーキだった。
「ええっ?オレ用って??だって先にみんなが選んでいーんじゃん」
「おばか。お前を目の前にしてひまわり付きのケーキなんて横取りできるかよ」
そうなのだ。
雄輔がひまわりを好きなのは周知の事実で。
その彼が目の前にいるのに、わざわざそれを選ぶなんて無粋なことをする人間は、この基地に居るはずが無かった。
謙虚で控えめな崎本が、最後に2つ残ったケーキのうち、小さいほうのケーキを選ぶ。
紅茶のスポンジの上にマロンのクリームとソースがかかったモンブラン仕立てのケーキだ。
最後の一個に残ったケーキ。
元気なビタミンカラーのケーキ。
雄輔のための、ひまわりが咲いたケーキ。
「これ、オレでいいの、かな?」
「うん、最後の一個だもん、雄ちゃんが食べて」
「・・・ありがと。すっげぇ、美味しそう♪」
「のね、その飴細工のひまわりね、ボクが作ったの。あんまり綺麗にできなかったけど」
「マジで!ノックすげえよ。食べるの、もったいねー」
そのひまわりをそっと手でつまみあげて、光に翳してみた。
キラキラ輝いて、まるで宝石みたいでいつまでも見ていたくなる。
これは、オレのために作ってもらえたんだ(^^)
そう思うと、尚更嬉しくて目が離せなくなる。
「雄ちゃん、さっきはつまらないことで怒っちゃってごめんね」
悪いのは自分なのに、先に直樹に謝られた雄輔は慌てて首を振った。
「ごめんを言うのはこっち!
せっかくノックが頑張って作ってたのに、つまみ食いしてごめんなさい」
「ん、ソレはもう良いの。あとね、いつも守ってくれて、ありがとう」
ちょっと照れたように直樹が笑う。
なんだかそんな事が滅茶苦茶嬉しい。
美味しいケーキを作ってもらったことも嬉しいけど、直樹のありがとうと笑顔が一番嬉しい。
「ノックのケーキ食べたらもっと力出るから。だからだいじょーぶだよ♪」
甘いなって思う。
ケーキも、直樹の笑顔も、今の考え方も。
だけど甘味の足りない人生なんて美味しくない。
だったら虫歯になるくらい、甘さを味わっておいたほうが後でカロリーになる。
この底知れぬ甘さを、戦いのためのエネルギーに変えて、
いつでも、
君を
守ってあげるよ('-^*)/
と、少女マンガのような甘い空気を撒き散らす二人を、若干覚めた目で見守る仲間が大勢。
「またも俺たちはアウトオブ眼中か?」
「やっぱり最後のケーキを選ぶとき、あっちを選んでおけば良かったかな・・」
Σ(´ω`ノ)ノエエッ!
ついにサッキーの口からも毒が漏れたのだった。
そんなわけで、
美味しいケーキでおなかが満たされたのだから、
明日も頑張って戦うのだ!(特に雄輔!!)
行け、我らの『ヘキサレンジャー』!
進め、ボクラの『無敵艦隊羞恥心』!
☆おまけ☆
「あーーー!!
優樹菜がオレのひまわり、横取りしたーー!!」
「だっていつまでも食べないんだもん」
「ちーがーうー!それは最後のお楽しみなのっ!!」
「いーじゃん、あたしだってひまわりが好きなんだからさ」
べーっと優樹菜が舌を出す。
思い知ったか、ナオタンを悲しませた罰だ。
あんただけのナオタンだって思ったら、大間違いなんだからね!
「のっく~~~!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。ビエ~!」
「ああ、また作ってあげますから、泣かないでくださいね」
「だっで~、あれ、オレの~~」
まったくもう、つまみ食いしたり、お菓子を横取りしたり、すねて泣いたり。
ボクはここの保父さんじゃないのに・・・。
そういえば、正義の味方を決める最終選考で子守をさせられた。
もしかしてこの事態を予測して、あんなことをやらせたのだろうか。
その真実は、剛士のみぞ知る☆