『金の雨、銀の雨 2』 | 逢海司の「明日に向かって撃て!」

逢海司の「明日に向かって撃て!」

ご注意下さい!!私のブログは『愛』と『毒舌』と『突っ込み』と『妄想』で出来上がってます!!記事を読む前に覚悟を決めてくださいね(^^;。よろしくお願いします☆

このお話はフィクションです。

似ている人がいても、それは貴方の気の迷いです。

ここから先は司さんの妄想を覗き見していると理解して進んでください。

間違っても現実世界と混同しないように、ね。('-^*)/



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最近よく隣に並ぶことになった彼は、少し緊張気味で。

被写体として沢山のカメラを向けられているのだから、緊張して当たり前のだが、

もうちょっとリラックスしないと持たないぞ、と剛士は心配になった。


こっち向いてあっち向いて、笑って決めてと、矢継ぎ早の要望に、

なんとか答えて笑顔を振り撒く崎本だったけど、表情がやや強張っている。


根は真面目な子だからね。


苦笑はどうにか隠した。

そんなのあからさまに示したら、必死になってる崎本が可哀想だ。

自分よりも背の低い彼の、艶やかな黒髪が目の前で揺れている。

あまり色を抜いたり、無理なパーマとかをかけてないのだろう。

綺麗な髪質は、羨ましいくらいに黒光りしていた。


ふいに、その黒髪に手を絡ませてわしゃわしゃと撫でてみる。

ちょっとばかし乱暴に不躾に、彼の黒髪を乱してみる。



「え?なんですか?」



突然の剛士からの戯れに、崎本は目を白黒させて驚いていた。

大きな瞳をきょとん、とさせて、なにが起こったのかどうすべきか

答えも分からずに呆然と剛士を見詰めている。



「んん~、サッキーの表情が硬くなっていたから、驚かそうって思ったの」


「びっくりしたー。集中してたから、尚更驚きましたよ」


「ごめんごめん」



笑いながら謝って、剛士は崎本の肩をぽんと叩いてリラックスしなよ、と付け加えた。

崎本はすまなそうに、はい、と頷いて、戸惑いながらの笑みを浮かべた。

そうか、やっぱり驚いたか。驚かせるだけが目的じゃなかったんだけど。




ぼうっと何かに気を取られている、もしくな何も考えてないそいつの頭を、

意味も無く力いっぱい撫で回す。

せっかくセットしたヘアースタイルを滅茶苦茶にされたのに、

なにするんですかーって、あいつは気の抜けた笑顔を浮かべた。


ちょっかい出しても悪戯しかけても、まずは笑顔を返してくれる。

その笑顔が見たいから、また構わずにはいられなくなる。

世に流行の『癒し』ってのがなんなのか未だよく分からないが、

彼の笑顔のお陰で、ささくれた気持ちが穏やかになっていたのも確かだ。





帰りの車から、街道沿いにライトアップされた一軒の店が目に入った。

迷わずに車を止めて、その店に入る。

いくつか注文すると、おまけしますね、と店員が笑ってサービスしてくれた。


良い笑顔だった。

仕事のため、だけじゃなくて、何かを楽しんでいないと浮かばない笑顔だ。

その笑顔でさえ、彼ほど心を和ませてくれるわけじゃない。

だけど。



「お待たせしました。お気をつけて」


「ありがとう」



その人の笑顔も、やっぱり嬉しかった。






無意識に近い状態で、剛士は病院の駐車場に車を止めていた。

見舞いに来る予定はなかった。そんな連絡もしていない。

しかしこんな花束を用意していた時点で、来る気は満タンだったのだろう。


諦めて大きな花束を抱えて剛士は院内に突入して行った。

見舞いに花束はつき物、とは言え、一般的なサイズを超越したそれはやたら目立つ。

持ち込んだ人物が人物なのだから、注目度は半端ない。


花屋のねーさん、おまけは要らなかったみたいです・・・。


病室に入ると、やっぱり直樹は笑顔で出迎えてくれた。

いつだって彼の第一リアクションは笑顔だ。

だから名前を呼ぶ、手を伸ばす、その姿を求めて当たりを見渡す。

条件反射のように振り撒く笑顔を、ずっと眺めていたくなる。



「剛にぃって、不思議と派手な花束とか似合うよね」


「オレのキャラも濃いからなぁ。持ち歩くのは恥ずいんだけどなー」




空いている花瓶に、無理矢理容量オーバーな花々を押し込む。

ふわっと広がる自然の香りに、直樹もうっとりと目を細めた。



「なんかさ、直樹ってすごいな」



剛士の言葉に心当たりがなくて、直樹は不思議そうに首を傾げた。

そんなときでさえ、彼は期待に満ちたような笑顔を浮かべている。

内側にあるものが滲んで溢れてくるような、自然な笑顔。



「直樹が笑ってんの見てると、気持ちの角が取れるっつーのかな、

 溜まっていたイガイガが解消されるんだよね。

 すーっと肩の力が抜けてく感じ。わっかるかな~」




衝動的に彼に逢いに来たのは、相当ストレスが溜まっていたってコトだろう。

心に余裕がなくなって、立っている場所が面倒になりかけていた。

だから直樹の顔を見て、鬱積した嫌なものを払拭したくなったのだ。


彼の笑顔の恩恵があったから、きっと怒涛の一年を踏ん張って乗り越えられたのだ。

間違って雄輔と二人きりだったら、きっと途中で道を見失ってドツボに嵌っていた。

もしくは、ここまで全力で駆け抜けるような精神力は保てなかっただろう。



「やっぱ、なおちゃんはすごい。こんな人、そうそうお目にかかれないよ」


「僕は剛にぃの気力もすごいと思うけどな。

とてもアラサーで四児のパパさんとは思えない力強さだもん」



クスクス笑いながら、直樹は剛士の手を取った。

しなやかで、暖かくて、いつでも何かを掴もうと差し出している掌。

歩けなくなったり転びそうになるたびに、捕まって支えてくれた頼りの手。


その手を両手で包み込んで、そっと自分の額に押し当てた。

まるで何かを崇めて祈りを捧げるような、そんな姿だった。



「もう一回、最後にもう一度だけ甘えて良い?

僕に戦う勇気を、もう一度だけ分けてください」


「直樹・・・・」



空いている手で、いつもみたいに髪を撫ぜてかき上げる。

長引く闘病生活で痛んだ髪に指先がひっかかり、思うように撫でてあげられない。

もどかしくなった剛士は、直樹の頭を片手で抱え込んで、ぐっと自分の肩口に押し当てた。


震えている。

密着すればそれば直に伝わってきて、剛士の心を揺さぶった。



「ごめん、なさい。でも、もう無理・・・」


「我慢すんな、全部吐き出しちまえ」



それで状況が変わるわけでもないけれど、剛士が今出来るのはそれだけだったから。

彼の痛みを受け止めて己にも同じように刻むことしか、出来なかったから。

だから、直樹が抱えた痛みを分けて欲しかった。



「怖い、怖いよ。

麻酔で眠らされて、もしかしたら僕はそのまま二度と起きないかも知れないんだ。

すっごく危険な手術だって、でも、今受けなかったら、もうチャンスがないから、

ほんのちょっとだけ長く生きて、死んじゃうだけだからって。

時計のね、針の音が怖いの。

一秒一秒刻むたびに、僕の生きている時間が減ってくみたいで、

怖くて寂しくて、気が狂いそうになる。

本当は目を閉じるのだって怖いんだ。

目を閉じたら、もう次の朝日を見れなくなるんじゃないかって、そんな気がして・・・」


「バカ、そんなに簡単に死なねーよ。俺たちは無敵だって言ってんだろ」


「だけど、だけど、分かってるけど・・・」



しゃくりあげたまま、直樹の声が詰まって消えた。

自分の肩口に額を押し当てている直樹に見えないよう、剛士は強く唇を噛み締める。

そのまま薄い色の唇を噛み切ってしまうくらいの、やり場の無い感情が集まっていた。


どこまでも無茶に無鉄砲に突進して行ってしまう自分や雄輔に遅れないようにと、

直樹は必死になって二人の後を追いかけて来ていた。

振り返ってみればいつだって、付いてきてるよって笑っていた。


だけどそれは、

知らないうちに直樹に負担になるほどの無理を強いていたのかもしれなかった。

闇雲に進む二人に心配かけないように、三人で一緒に居るために、

直樹はいろんなことを我慢して、気が付かない不安を沢山抱えて、

それでも笑って付いてきてくれていたのかもしれない。


そのときの無理が、今になって彼を苦しめているのだとしたら?


湧き上がる感情を押し殺すように、剛士はぎゅっと瞼を閉じた。

助けてやる守ってあげる、そんなご大層な言葉を繰り返してきたくせに、

いざとなったら何もしてやれない。それどころか追い詰めてばかりだ。



「たけにぃ、ごめんね。

 オレ、全然強くなれなかった。

 雄ちゃんやたけにぃと一緒に居れた時は無敵になれたつもりだったのに、

 本当に強かったのは、オレじゃなくって・・・」


「それ以上言うと、いくらお前でもホンキで殴るぞ。

 強いってなんだよ?お前が言う強さって、なんなんだよ?

 オレだって雄輔だって、独りじゃ何にも出来ない面倒な奴らだった。

 お前がいて、そこで笑ってくれてたから、もっと頑張れるって、

 自分のコトも周りのコトも、大事なモノを見失わないで走れたんだ。

 オレがオレのままで居れたのは、お前が居たからなんだぞ」



いつの間にか、振り返るのが癖になっていた。

振り返ればそこで、直樹があの笑顔で必ずいてくれるような気がして、

小さな明かりを探すように、振り返っては彼を探してしまっていた。


こっちに気が付かなくても、人の肩越しの横顔だけでも、

彼の裏表ない笑顔が見えるだけで、不思議と穏やかな物が口元に浮かんだ。

ただ直樹が居て笑っているという事実だけで、いつでも癒されていた。


居ない、と分かっていても、いつも振り返ってしまう。

居るはずのない彼の幻を探してしまう。

剛士にとって直樹の存在は、当たり前のものになっていたから。

今更その場所を他所に移すのは、不可能だった。



「直樹、オレの持ってる強運、分けてやるから」



涙顔のままの彼の頬を優しく包み込んで、

真正面から見据えるように視線を合わせた。

苦しそうにまだ嗚咽を繰り返してる直樹だったが、

それでも一生懸命に剛士のアイスグレーの瞳を見詰め返す。


どんな風に見えたか、剛士には想像ができない。

ただ自然に微笑んであげれた自信だけはあったのだ。


コツンと額と額を合わせる。

小さな子供の熱を計るときのように。

自分の中にある『力』と呼べるものが総動員で

直樹を助けてくれるようにと願いを込めた。


自分には欠片のミラクルも強運も偶然も残らなくて良い。

直樹を守ってくれるなら、もうどんな奇跡の報酬もいらない。


短気で頑固な自分を、何があっても笑顔で受け止めてくれた彼に。

捧げられるなら、自分の命だって捧げてしまいたかった。



「もう手術の日まで来れないと思う」


「忙しくなるものね、当日はコンサだし」


「だけどさ、オレの気持ちはココに置いてくから。

 絶対にお前は一人じゃないから、だから負けるな。自分を信じろ」



うん、と直樹は頷いた。

そして微笑んだ。





いつもは癒されていた彼の笑顔。

荒れた気分の時も、彼の笑顔があれば一緒に笑えた。

なのに、今日に限って、大好きな直樹の笑顔に、


泣かされてしまった。