私の初めての症状は拒食です。

 



毎日のカロリー計算(一日 900kcal 程度)と毎朝同じ時間に同じ格好で量る体重、食事の記録に時間制限、糖質は 一切摂らずに、トクホのお茶をひたすら飲んでいました。

胃の中に物がある感覚が嫌で、逆にお腹がすいていてエネルギーが足りていない倦怠感(食べた分の消費ができているのがわかる状態)に安心していたので、食事の内容は低カロリーなサラダや柔らかい煮物、スープ、時には介護食を食べる時もありました。

 

 

 

カロリー計算をすると同時に一週間単位で献立を作って徹底的に自分の食事管理を行いました。そのため、予定外に食事に誘われたり、外出時間が長引いて家族で外食するなどするとイライラしてしまいました。

 

 

また、外出先で試食を差し出されてもかたくなに拒否し、同級生にお菓子を差し出されても受け取ったまま持ち帰って家族に渡したり、「お腹すいてないから」と断っていました。

それでも食べざるを得ない状況の時 は、食べたものを写真に撮り「これを食べてしまった、太る、もう駄目だ」と泣きそうになりながら母にすべて LINEで報告していました。

 

そんな時母はきまって、「大丈夫だよ」というメッセージと共に「食べられたな らよかったじゃん」「えらい!」というメッセージもくれました。

 

そのとき母は、なかなか食べ物を口にしなかった私がお菓子を食べたことに喜んでくれて、太るかもしれないと心配になっていた私に大丈夫だと教えてくれたのだと思いますが、

そのメッセージを受け取った私にとって、お菓子を食べることは

“自分ルールを破ったという大罪”であり“今までの苦労が水の泡になる”恐怖と後悔でいっぱいだったので、

決して「大丈夫」ではなかったし「良くない」ことでした。

 

一方、中には「頑張ったね」という言葉や、これ見て元気出して!と楽しかった思い出や大好きな写真を送ってくれたことがあって、とても嬉しかったのを覚えています。

 

 

きっと、辛い事実を認めてもらったり、食べてしまったことが悪じゃないと思えるような理由が欲しかったのだと思います。

 

 

 

 

痩せるには運動でカロリーを消費する必要があるので、食後にはスクワットをしたりジャンプをしたりして、 普段もなるべく立っている時間や歩いている時間を多くするように意識していました。

 

通院するようになってからすぐに休部や体育の禁止、学校の送り迎えも約束させられたので、運動量が減った不安から、さらに周囲にばれないように運動して少しでもカロリー消費をしようとしました。

 

 

 

この時期は自分が食べる食事に口出しされたり注目されたりするのも嫌で、外で食事をすることは無くなりました。

もともと家族バラバラの時間で違ったものを食べる家庭だったので、家族に見られるという事はあまりありませんでしたが、お弁当の時間などに同級生に見られたり自分の弁当について言われたりするのが嫌だったし、自分で食事を用意している最中に家族の誰かが通りかかるたびに不快感を感じていました。

 

 

一方、他人の食べる食事内容や量には人一倍敏感で、相手が自分より多く食べていないと不安になったし、揚げ物や甘いものを食べているのを見れば「なんであんなに食べているのに太らないんだろう」「私はあれをすれば太る体質なんだ」と考え込んでいました。

自分はもちろん、人が食べ物を残すのも許せなくて、人が食べ物を残す光景を見るたびに異常なほどの苛立ちを覚えていました。

 

 

 

また、ASMR という音を楽しむ動画で食べる音をひたすら聞いたり、大食い動画を見て食べられない欲求をご まかしたりしました。

 

 

それと同時に食べ物への執着心というのが徐々に強くなり、ファミレスやコンビニの HP をこまめにチェックしてメニューや新商品を眺めたり、許可食(食べても罪悪感を抱かないもの)を探したりしていました。

高カロリーだったり糖質の多いものは食べたいけれど太る恐怖の方が大きかった為か、一度入ったコンビニに 1 、2時間以上いることはしょっちゅうでしたし、調べて食べると決めた許可食が手に入るまでコンビニをハシゴしていました。

 

 

 

 

徐々に減っていく体重、そして通院の回数を重ねると共に主治医の先生との約束も増え、ついに一日に一回 10gから “お米”を食べてみようという約束をしました。

 

通院初めからひと月くらいはコンビニに売られているブランパンや自作のお粥を食べられていましたが、その約束を交わした頃にはもう糖質を多く含む食品すべてを拒否していたので、

まずは少量のお米を、比較的カロリーを確実に消費できるであろう朝や昼などに食べることから始めました。

 

自分でグラム数を量って、何とか朝か昼に小さいおにぎりをたべるようになっても

その他の食事量は少ないままで、しかも食べた日の翌日は意識的に低カロリーなものを食べることで調節していたため、体重は増えることなくじわじわと減っていきました。

 

 

12 月頃、BMI が13台に差し掛かっていた私は、冬休みに入ると同時に入院することになりました。

入院している間も三食主食としてお米が出ましたが、定食スタイルでお茶碗に盛られたお米を見ると、頑張っても一口・二口ほどしか食べられませんでした。

 

本当のことを言うと、それすらも怖いし食べたくなかったのですが、母が仕事の帰りにすぐに見舞いに来たり、休日は朝から来てくれたりして面会時間ぎりぎりまで一緒にいたので、食事が提供されるときもほぼ一緒にいました。そうすると母の目が気になって食べざるを得ない状況になり、心の中で泣きながらお米を口にしていました。

 

気分の浮き沈みがダイレクトに食事に影響するので、沈んでいるときは特に食べられないのですが、そんなときも「少しでいいから頑張って食べて欲しい」と言われることがプレッシャーになってイライラして、病室内で喧嘩になることもありました。

 

一方入院生活での発見もあって、

カレーライスなどのお米と主菜が合わさったものだと、自然とお米も一緒に食べられることに気づきました。

全部は食べることはできなかったけれど、いつもよりはだいぶ多くお米を食べました。

食後の罪悪感がすぐに来ていつもより多く運動をしたので、平日のお昼で誰も見ていない中での食事がノンプレッシャーだっただけかもしれませんが、心の隅では「私食べられたじゃん!」という喜びもありました。

 

退院する日のお昼ではラーメンが出て、メニューをあらかじめチェックしていた私は朝からそのことでいっぱいでしたが、他の患者さんが普通に食べている中で食事をすることで「私も食べて良いんだ」と思えて口に運ぶことができました。

一口口にしてみると、そのあとは案外スルッと食べられたし、味もちゃんと感じたのを覚えています。

 

今まであまり主食をしっかり胃の中に入れることをしてこなかったので、久しぶりに胃の中に固形物がたまる感覚にパニックになって、退院準備で来てくれた母に泣きつきましたが、

それでもあの日は久々に食べている間も緊張する感覚もなく、落ち着いて味わいながら食べられた日でした。

 

 

 

しかし喜んだのもつかの間、その日は過食(非嘔吐過食のきっかけ)を知る一日にもなりました。

 

退院した後に退院祝いとして、当時の私にとって許可食に入っていた(お米を食べなくても目立たない食事)しゃぶしゃぶ屋さんに行くことになりました。

しかしいざお店に入ると、「今日はラーメン食べたし、どうせ高カロリーで太るならもう食べてもいいや」と いう思考に変わり、線が切れたように食べ始めました。

 

お米もデザートも頼んで、お腹がパンパンに膨れて気持ち悪くなるくらいに食べて、必死で詰め込みました。 最初は味を感じていても、最後の方はよく味わうことなく目の前にある食べ物に食らいつきました。

食べのものを残すのが許せなかったので、母が「お腹いっぱいなら残してもいいよ」と言うのが許せなくて、 「だったら私が食べる」と体の苦しさに反して完食しました。

 

 

その日の夜は、お風呂に入る前に膨れたおなかの自分を見て、かなりのショックを受けました。

もちろん、すぐに脂肪に変わることはありえないので手足は痩せたままでお腹だけが出ている状態ですが、当時は判断力が低下しているのか、お腹が出ただけで「太った!」「今までの苦労が台無しだ!」と極端に悲観的になりました。

 

すぐにインターネットで『食べ過ぎた時の対処法』を検索して、100%フルーツジュースを飲んでみたり、水を大量に飲んでみたり、スムージーやスープ・サラダだけを食べたりして、何とか脂肪にならないように食事量を減らそうと努めました。

調べたものには『すぐに体脂肪になるわけじゃない』『大半は水分による浮腫みだ』とあったので、下剤を使用して体に取り込まれる前に排泄しようとしました。

 

結果、その日から一週間後(週に一回体重を量る日を決めていた)の体重測定の日には、増えるどころか少し減っていて、「こうすれば太らないのか」と間違った方向に進み始めました

 

 

 

一日多く食べたところですぐに太らないことを知った私は、日にちが連続しなければ同級生や家族と外食できるようになりました。

しかしその後は調節として食事量を減らし、週末に外食先で過食をする、という生活に変わりました。

この生活はしばらく続き、何なら今でも“あらかじめ食べると決めた特別な日”は過食をしてしまうときがあります。

 

また、出先で見つけたダイエットサプリもこっそり購入し、外食だけでなく普段母が作ってくれるような自分以外が用 意した料理を食べる時にも飲んで安心を得ていました。

効果があったかは定かではないですが(実際、飲み続けても体重は増えたので多分効果なし)気休め効果としては抜群です。

 

でもダイエットサプリに良い印象がないのは知っていたので、周囲の人にはばれないようにこっそり使っていました。

 

 

 

 

上にも書いたように、過食を繰り返すうちに何度も嘔吐しようとしました。

 

が、やれませんでした。 

 

 

嘔吐方法を必死で探した結果、やり方は出てきましたし実際に試しました。でも出てこなかった。

 

お腹も精神も辛かったことに泣いているのか、方法を試すことによって生じる物理的な苦しさや罪悪感で泣いているのかわからないけれど、とにかく泣きながらも太らないために吐こうと必死でした。

 

やり方が甘かったのか、良心がストップをかけたのか、勇気がなかったのか。

 「これすらもできないのか」と絶望しながら何度も諦めては、どうしようもなく泣いていました。

 

 

 

しかし今では、あそこで踏みとどまる結果になって良かったな、と思っています。 摂食障害に重症・軽症はないけれど、あそこで嘔吐していたら回復までの時間はもっと長かった気がします。

 

嘔吐することによって生じる体への負担も大きいようで、それはそれで自分を苦しめるそうです。


確かに嘔吐未遂まででも、物理的・精神的面からそれなりに辛いものがありました。

しかも過食は止まらないので食べた罪悪感はなくならないし、異常なことをしているという自覚から来る精神的辛さからは逃れられていないので、結局苦しい体験が増えただけという事になります。

 

 


学校生活の方でも変化がありました。

退院後に主治医の先生と朝・昼食で 50g のお米を食べる練習をすると約束した私は、お弁当に毎回お米を入れ てもらっていましたが、週末過食をするために平日はなるべく食事量を減らす必要があった私は、お米を食べ ない方法を考えました。

 

それで最終的に出た方法は、お米を捨てるという事です。

 

 

 

びっくりした方もいるかもしれせん。母もきっとショックだと思います...... 

でも事実、学校で同級生の子たちに見つからないようにお米をごみ箱に捨てていました。

 

そのくせ家では何もない顔で食べたと言い張りお弁当箱を流しに置く、ということをかなり長い間やっていました。

 

 

体育の時間でもドクターストップをかけられているのに、見学してカロリーを消費しないのが嫌でこっそり腹筋やスクワットをしていたし、周囲にばれないようにお手洗いの個室まで行って必死で運動をしていました。

 

 

 

 

また、コンビニについて詳しくなっていた私は、コンビニスイーツの新商品などにも詳しくなっていたのでスイーツを食べたい欲求にかられることがありました。

 

それが積み重なるたびに抑えられなくなって「これも過食してその後減らせば良いじゃない」という考えのも と、親が仕事で送り迎えが遅くなる日の放課後、コンビニに入りスイーツや菓子パンを買い込みました。

 

 

 

いざ食べようとしたとき、また別のアイデアが浮かびました。 

それは「飲み込む前に出しちゃえばいいんだ」ということです。

 

 

吐くことができないのは分かっていたのでやりませんでしたが「味わった後に出せばいい」という思考がおかしいことには気づかずに、買った足でそのまま駅のお手洗いに駆け込みました。

 

食べ物を口に含んで飲み込まずに戻す。これは『チューイング』と呼ばれる症状のようです。

 

摂食障害に苦しんでいる方の中にもそれで苦しんでいる方は多くいらっしゃって、その症状も体への負担がかかってしまうようです。私はその一回と、その後何度か家でお菓子を掘り起こしてやったくらいで、期間はそれほど長くなく、体に不調が出る前で辞めることができました。

 

たぶん、その外でやった一回目のチューニングをやった後、我に返ったときの衝撃が大きくてすぐに母や主治医の先生に泣いて報告したので、すぐに落ち着いて分析することができたのが効いたのだと思います。

当然、最初は母や主治医の先生でさえも言うのを渋りました。

 なぜなら、「引かれるかもしれない」「怒られるかもしれない」「こんな子だったんだ、と絶望されたくない」という事があったからです。


嘔吐を試みた事やお米を捨てた事がいまだに言えていないのもこれがあるからです。

 


私は自分のことについて隠し事をするのが苦手なので、頼れる人が目の前にいると耐えきれずに言葉に出してしまいます。一見良いことのように思えますが、私からしてみれば自分のことを赤裸々に話してしまうと、頼れる人・好きだと思っている人がもし受け止めきれなかったときに拒否されることになります。

 

それはとても怖かった。

母や主治医の先生はすんなり受け止めてくれましたが、そうでない場合の方が多いのが現実だと感じます。

 

 

 

隠し事があまりできない私でさえ、これを言ってしまえば終わりだ、と思うくらいの自覚はあります。


多分、今この症状に苦しんでいる方々も「自分にとって良くないものだ」という事は重々承知していると思います。

そして同時に「やめたい」という気持ちも必ず残っている。

それでも自分を保つため・苦しみから逃れようとしているため、このような症状として現れます。

 

 

当事者は決してやりたくてやっているわけではありません

 

むしろ当事者はいつも普通に一人前を楽しんで食べられるようになりたいのです。

 

上記に書いたものは外から見ると自分でやっているかのように見えますが、これはすべて『症状』であって、 病気にやらされている、という感覚だと思っていただきたいです。

風邪をひいて咳が出るのが抑えきれないのと一緒で、摂食障害患者は食事がコントロールできないのです。

 

 

やりたくてやっていたら後悔なんてしないし、苦しいなんて思わないはずです。

コントロール出来たら苦労しません。

 

だから当事者の方々は『症状』が出た時に自分を責める必要はないし、無理に明るくしようとしても無理なので、沈むだけ沈んじゃっても良いと思います。

 

でも大事なのは、「やめたい」自分を忘れない事と、

余裕が出た時に「なぜ症状が出たのか?」「しょうがないなら、そのあとどうしようか?」を分析して、

自分なりに付き合い方を試して見つけていく作業をする事だと考えています。 

 


だからもし症状が出た時は良い『実験の機会』だと思って良いのではないでしょうか。 

実際、私は今悩んでいることはすべて分析したことを記録に残して実験を繰り返しています。

 

 

 

 

 

一方、周囲にいる方々は、当事者がもし吐いたり捨てたり過食したりしていたとしても、それは『症状』であって、その人本来の姿ではない事、そして何度も同じことをやってしまっても治す気が無いわけではない事を知って欲しいです。

 


当事者は何時でも「やめたい・やめられない・怖い・やめたら生きていけない」という思いが複雑に絡み合いぶつかり合って、 葛藤しています。

 

周りに言うのもとても勇気のいることなので、できることなら、本人が「辛い」と言えた時 には「頑張ってるね」「向き合って偉いね」と本人を認めて欲しいというのはありますが、


もし受け入れられないのであればそれはそれで良いと思っています。 

ただ、上に書いたような『症状である』ことだけは知っておいて欲しいというのが正直な気持ちです。

 

 

そして、決して当時者の症状を責めないでいただきたいと切に願います。

それは貴方が風邪で咳をしているときに「なぜ咳をするんだ!治す気が無いのか!」と言われているのと同じことです。

 

 

 

これについてはすんなり受け入れられる方は本当に少ないと思います。

それが摂食障害の難しいところです。




しかし、本人も周囲の人も目を背けていれば現状は変わりません。


どうかこの記事を読んでくださった方の負の摂食障害観が少しでも和らげたのなら嬉しいです。