​こんにちは☆
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拙い私のブログを読んで頂けるなんて
嬉しい限りです!爆笑
ありがたやーラブ


一昨日、納車1ヶ月の車を
オレンジ色の柔らかいポール?に擦って
車にキズがつきました、、、私の心も。

でも、ちょうど今日1ヶ月点検で
ホンダのディーラーさんに見てもらって
キレイに治りました!私の心も復活!
うちの可愛いフリードちゃん!
気をつけて運転します車







母との話。





最初から読んでくださる方はこちらおねがい
下矢印下矢印下矢印




前回の記事はこちら照れ
下矢印下矢印下矢印








そういえば、ストレートに褒められたことって、本当に少ない。






たとえば、勉強ができたとしても、






「おっ。スゴイじゃない。

 でもお母さんも、昔はこれぐらい

 当たり前やったわ!まぁ、頑張り。」





と言った具合。






大学進学を決めた時も、





「あーあ、お母さんも田舎じゃなかったら

 大学行っとったのにな。

 お母さんは頭良かったんや。」




と言う。





字がキレイと褒められたと報告すると、




「あんたの字キレイか?

 いやいや私の方が上手い!」





と言って、その場で同じ文字を書き始める。






そんな母。
世間への見栄と、自分のプライドの狭間で揺れているんだろうな、と思うことは多々あった。





大学受験の時、私はセンター試験、数学に失敗した。
地元の国立大学を志望校としていたが、それも夢に終わった。
私はそこまでこだわりはなかったのだが、母のガッカリした顔は忘れられない。





結局、センター試験の中で唯一良かった英語の配点が高い、隣県の公立大学を受験し合格した。





大学進学が決まっても、母は複雑そうな顔をしていたな。





公立大学ということで、母の周りに対して一応の見栄は守れていたが、自分が行っていない大学にいく娘、母はなんとも悔しそうな顔を見せることもあった。







就職して、初任給をもらった時もそう。






看護師になった私の給料を見て





「何であんたがそんなにもらえるん。」






と言って不機嫌になった。






母の中でも葛藤があったんだろうな。




にしても、いろいろ覚えているもんだ。
母と娘って難しい。







母の事をいろいろ記事で書いているが、現在は関わらないと決めているものの、憎しみはない。
毒親という言葉を知った時はコレかも!
と思ったが、、、、


今でいう、実家も遠くワンオペという状況で子育てしていた母。
私も実家に頼らず子育てする中で、母なりに一生懸命育ててくれたんだなと気づいた。
でも、子ども時代、私が辛かったと感じたことも事実。



母からしたら、私が連絡を遮断したことを理解できないだろう。


しかし、話を聞く気もなかった母に、何事もなかったかのように接する事は私の心が悲鳴をあげる。



もう、長年染み付いた母の考え方はそう変わらないだろうし、謝ってもらおうなんて考えていない。




今の平穏な日常を守るために、母とは連絡を取らない。









次の、母と私の話は、「私の結婚」について、書こうと思いますえー
いろいろあって、揉めた過去真顔
読んで頂けると嬉しいです照れ