久しぶりのお食事会✨
忘年会の季節ですね。
さて、12月も残り半月
あっという間に過ぎていきます。
ここ数ヶ月
父の身体を通して
施術と医療のバランスを
垣間見てきました。
アヌエヌエのサロンに来てくださる
ほとんどのお客様は
予防的に
もしくは日頃の疲れのリセットに
来てくださいますが
中にはご病気の治療に平行して
心地良く過ごすために
施術を選んで来てくださる方も
お客様の場合は
サロンでの様子とヒアリングでの
状況でしか様子は分かりませんが
家族の場合は
側で見ることができるので
実際、どのように身体と向き合ったらよいか
それを色々と考えさせられます。
私の父は
一般的に言う間質性肺炎
病名は特発性肺線維症で
難病指定の病気と診断され
ここ2年ほど側でみています。
施術でサポート出来ることと
医療でサポートしてもらう事の
バランスをどう見たら良いかを
観察しておりました。
まだまだ症状が軽い内は
施術で楽になっていく事の割合が
高かったけれど
病状が進行していくうちに
施術ではどうにもならない感じと
医療での治療の割合が高くなりました。
進行する原因は
薬による身体の低下により
(薬の副作用は身体をいっきに落としていきますね)
感染しやすくなり
コロナなどのウイルス性の感染症で
体調を崩すというような事が
ガクンと落としていく感じです。
ここまで来ると
普通に施術すると身体的に
緩まることでバランスが崩れて
不調が出るような事もあったので
父の身体の「ちょうど良い」が
どこなのかを慎重にみて
身体に触れなければなりません
これまで施術を通して
身体が回復力を取り戻し
元気になって活動的になっていく人を
たくさん見てきたのですが
どうにもならない事もあるという事を
感じるようにもなりました。
そんないろんなケースの中で
身体というものを見ていくと
色々「そうなのかな」というものが
見えてきます。
それは体調を通して自分の身体と
向き合う力というのが
その人の身体の回復と関係している
という事です。
人は病気と診断されても
病気とすぐに向き合えるか?
というとなかなか難しくて
身体のための食生活や環境や習慣を
これまでとは変えていかなくては
ならなくても
どこか「大丈夫!」という
自分の身体への期待で
なかなか自分の身体を労った生活に
うつっていくことが
難しいのだと感じます。
病気によって
どの程度労わってあげないといけないのか?
程度の違いもあると思うけど
施術からの視点
運動やスキンケアなどの視点からも
身体って
手をかけて労わってあげれば
スピードは違えど
必ず答えてくれるんだと
感じる事が多いです。
表面的な労わるではなくて
毎日の生活を一変して
労わっていけば
年齢関係なく
身体が答えていくものだと
感じるわけです。
でも労わりつつも
「この程度でいいだろう」
という過信で
風邪を拾ったりして
間接的に持病が悪化する
と言うようなことを見ていると
自分がちゃんと自分の病気と
向き合っていると言うことの
大切さを感じるわけです。
施術を通して
頭痛に悩まされている方
身体のどこかしらに痛みなどある方
施術をしたら楽にはなるけど
治るわけではない
そう身体とどう付き合っていくべきか?
と言う話を
先日も先生と話したんですが
根本が整わないと
結局は対処的なアプローチ
でも根本っていうけど
根本なんであるんですか?
と言う方もいらっしゃって
そう言う場合
施術を受けたら楽になる
痛み止めを飲んだら楽になる
それが効かなくなってくると
他に楽になるものがないかを
探すような行動パターン
それって本当に身体と向き合ってる?
って
施術を受けたら治るとか
痛みが和らぐで対処して
どうしてなんだろう?と
本当に向き合ってないよねって
自分の考え癖から来てるから
思考の癖を変えようなんて
めんどくさくてやらないよねって
身体が不調になる原因のほとんどは
日常生活の些細な部分だったりして
過去の事故の外傷のトラウマだった!
精神的ショックのトラウマだった!
と言うケースというのは
ほんの一部でたいていは
同じ姿勢や動作が続くことによる
姿勢の崩れや故障
運動不足による筋力低下と加齢による
姿勢の崩れ
食生活や生活習慣からくる
自律神経の乱れ
考え方や思考の癖
そう言う日常の当たり前の中に
あったりすることが多いけど
そこを変えて身体を良くしようって
そこまで向き合う事って
なかなか出来ないよねって
そう言うところを直すことなく
症状だけなくすのは難しい
これまでと同じ生活を続ける内は
やっぱり変わって行かず
対処的なアプローチで
終わっていくから
痛み止めで治らないから
これを試してみる
結局何かしらに頼るループが
出来上がる
確かに‥と思いつつ
そこを面倒くさくて
やってらんないっていう人もいるし
そういうところを
一生懸命やっていく人もいる
囚われすぎてば
病人になってしまうし
でも知らんぷりもこれまた問題
コロナ禍を過ぎて思うのは
ワクチンの影響が‥という本や情報も
たくさん出てきて
そう言った情報も含めてみると
結局は自分の身体は自分で
守っていく力をつけなければならない
という事
それには情報へのアンテナと
その情報を自分にとってどうかと
判断できるだけの知識を持つ事
自分のために最善な選択が
出来るためには
自分の身体のこと
食のこと
運動のこと
無知ではいられないという事
めんどくさい
そんなことやってらんないと
言ってられなくなった時代に
突入してきたと感じます
そして一周回って
私たちが心地よく過ごすには
身体が動くこと
快適なこと
そしてそれには
生活習慣や適度な運動
食生活や思考の癖
ここを整えていく事が
大事だなと思うのです。
2025年は9の年
余計なものを手放して
本来の自分に帰るエネルギーでもあります
自分の生活の基盤の土台部分を
整え直して
シンプルな自分になっていく
必要のない悪習慣を手放して
行きたい1年です。
身体との付き合い方を知るための
知識をつけていきたいし
運動も取り入れたい
そして良く食べて良く眠れて
ちゃんと排泄できる身体に
していきたい。
今日は父の手術の日で
術後の父を見ながら
いろんな事が頭の中を駆け巡りました
病気を代わる事もできないし
施術でできる事もしれている
結局は自分を自分の身体をどう扱うか
どこまで行っても
サポートしか出来ない
しかもいつもサポートが出来るわけでもない
良く人を変えることはできない
変える事ができるのは自分だけ
っていうけれど
施術をしていてもそれを感じるし
数秘を伝えていてもしかり
今回は身体を通して
それを感じました。
自分の身体と付き合っていく術を
自分で身につけていくしかない
何を食べるのが良いのか?
どの程度運動して良いのか?
私ももっとサポートするための
視野を広げるためにも
7使おう(学ぼう)
と思った1日でした。
さよっち
