研究プロフィール

革新的がん特異的抗体の開発とその臨床応用

〜副作用のない抗体医薬品を目指して〜

 

東北大学未来科学技術共同研究センター

教授 加藤 幸成

 

1、はじめに

 タンパク質などの分子を高感度かつ特異的に検出するために、生命科学分野の研究者は抗体という分子を使います。抗体は免疫グロブリンとも呼ばれ、感染防御のために私たちの体内でたくさん作られています。最近では、毎日のように新聞やニュース番組において、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する抗体検査という言葉を耳にすると思います。新型コロナウイルスに対する抗体検査が陽性であれば、過去にそのウイルスに感染したことがわかります。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を治療するための抗体医薬品についての報道も行われています。最初に注目されたのが、新型コロナウイルス感染症の重症患者に対するトシリズマブ(商品名:アクテムラ)という抗体医薬品です。重症患者の体内では、免疫細胞がウイルスと戦うために作るサイトカインが制御不能となって放出され続ける、サイトカインストームという現象が起こり、自分の細胞まで傷づけてしまいますが、これを治療する効果があります。未知のウイルスは今後も出てくる可能性がありますが、その度に、抗体検査、抗体医薬が活躍することでしょう。少し前になりますが、2018年ノーベル賞の受賞内容に、実は抗体に関するものが2つもありました。そのひとつが日本人の先生が受賞された研究内容であり、その研究成果によって、がんに対する画期的な免疫療法につながりました。その免疫療法に使われているのが、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)という抗体医薬です。私たちの研究室においては、がんに対する抗体医薬品を開発していますが、単にがん細胞を殺せばよいということではなく、患者さんに優しい、副作用のない抗体医薬品の開発を目指しています。

 

2、抗体について

 そもそも抗体というのは、私たちの体の中にたくさんあるタンパク質のひとつです。血液だけでなく、唾液や母乳などにも入っています。例えば、細菌やウイルスが体内に入ってくると、細菌やウイルスに対する様々な免疫反応が起こり、抗体ができます(図1)。また、子供のうちに様々な予防接種を受けますが、その結果たくさんの抗体が体の中にでき、感染に強くなります。インフルエンザのように、毎年、予防接種を受けないといけないものもあります。最近のトピックスでは、新型コロナウイルスに対するワクチンが世界中で開発の段階ですが、どの程度、抗体が持続するかもよくわかっていません。また、風疹のように、大人になってから抗体ができていないことがわかる場合もあります。このように、抗体は普段の生活のなかでも、いろいろと関係しているのです。

 抗体は分子量が約15万の大きなタンパク質ですが、感度や特異度の両方において、抗体を上回るものはないと言われています1。研究の現場では、抗体に種々の酵素や蛍光色素を付加することで、細胞を解析するフローサイトメトリー法(flow cytometry図2)、タンパク質を解析するウェスタンブロット法(Western blot)、組織を解析する免疫組織化学法(immunohistochemistry)などの様々な実験系に使われています。医療分野においては、抗体検査という検査薬として、あるいは抗体医薬という医薬品として、免疫疾患やがんなどのあらゆる病気の診断や治療に活用されています。古くから腫瘍マーカーと呼ばれているものは、糖鎖に対する抗体が使用されています。このように、抗体という分子は、私たちの生活にも密接に関わっている分子です。

 

3、がん特異的抗体の開発の歴史と課題

 最近の抗体医薬開発においては、遺伝子工学技術を使い、本来の抗体とは違う形状に改変したり(scFvnanobody)、強力な抗がん剤を抗体に付けたりします(抗体薬物複合体:ADC1。また、免疫細胞に抗体分子を発現させて免疫細胞を武装化する技術(キメラ抗原受容体T細胞:CAR-T)や、がん細胞と免疫細胞を架橋する技術(二重特異的抗体)も盛んに開発されています。これらの抗体医薬の形は新しいモダリティという言い方をされており、オリジナル抗体よりも何倍も強力になっています。これまでの抗体医薬は、本来私たちの体の中にあるものを利用しているということで、副作用の少ない医薬品として考えられていました。しかし、上記のような強力な抗体医薬品となると、そうはいきません。がん細胞に特異的な抗体でなければ、正常細胞への毒性が懸念され、患者さんに投与できるような抗体医薬品にすることができません。抗体医薬などのバイオ医薬の開発については、製薬会社が投資する開発費は膨大であり、臨床試験で患者さんへの有害事象が起こる可能性が少しでもあれば、製薬会社が開発に乗り出すことはありません。しかし、がん細胞のみに高発現している分子は限られているため、理想的な新規標的分子は枯渇したと言われています。私たちのようなアカデミアにおいては、抗体医薬品のシーズを作ることはできますが、医薬品としての開発を行うことができません。よって、製薬会社へ医薬品シーズを導出できなければ、基礎研究で終わってしまいます。アカデミアから製薬会社へのトランスレーショナルリサーチについては、ハードルが毎年上がっていくのが現状です。がん細胞にはこれまで以上に強い障害活性がありながら、正常細胞にはより毒性が少ないという、一見矛盾した方向性が求められていますが、そのような理想的な抗体医薬品およびそのモダリティを提案しなければならない時代が来ています。

 過去の抗体医薬開発の戦略を振り返ると、DNAマイクロアレイやプロテオミクス解析により、がん/正常比が高い抗原を狙うことが多く、がん細胞に高発現の膜タンパク質であったとしても、正常組織にも高発現している場合は標的候補分子から外されてきました。次に注目され始めたのが、糖鎖を対象としたグライコミクスや糖ペプチドを対象としたグライコプロテオミクスです。現在も臨床で使われているCA19-9などの腫瘍マーカーは、糖鎖に対する抗体が使われており、様々ながんの診断に役立っています。同様に抗体医薬の標的としても糖鎖や糖ペプチドが候補にあがってきていますが、糖鎖に対する抗体は、一般的にがん細胞に対する特異性が乏しいことがわかっています。そこで、ある膜タンパク質について、がん細胞と正常細胞の糖鎖構造付加の差を、質量分析計やレクチンマイクロアレイなどによって検出しようとする研究が様々な国家プロジェクトで実施されてきました。しかし、膜タンパク質への糖鎖付加は不均一性があることが原因となり、がん特異的糖鎖構造が膜タンパク質に付加されているという明確な結論はほとんど出ていません。O型糖鎖の場合は、セリンあるいはスレオニンというアミノ酸に糖鎖が付加されることがわかっていますが、ムチン型タンパク質の複数のセリンやスレオニンのどこにどの程度、がん特異的な糖鎖が付加されているかを決定することは、今でも非常に難しい作業となっています。仮にがん特異的糖鎖構造やその付加位置が決定されたとしても、免疫原として糖ペプチドの合成を高純度に大量に行うことは、通常のアカデミアの研究室では不可能であり、通常のペプチド合成のように受託企業で合成をしてもらうことも予算的に困難です。以上の理由から、がん細胞と正常細胞の違いを発見し、その違いを狙って抗体を作製するストラテジーは理解しやすいのですが、実際にはその方向性では理想的な抗体医薬品は開発できていません。

 

4、ポドプラニンの発見と高機能抗体の開発

 過去の多くの研究において、がん細胞による血小板凝集と血行性転移に相関があることが報告されていました(2)。がん細胞による血小板凝集を阻害することによって、がんの転移を抑制しようという治療戦略も世界中で考案されてきましたが、実際の治療には使われていません。私の恩師の鶴尾隆先生が今から30年以上前に発見したgp44という血小板凝集因子は、マウス大腸がん細胞に高発現しており、がんの転移と相関がある分子として注目されました(3)gp44はムチン型タンパク質であり、多くのO型糖鎖が付加され血小板凝集に重要な役割を果たしています。鶴尾研究室では、gp44に対する特異的抗体(8F11)が作製され、過剰発現したgp44によって引き起こされるがん転移が8F11によって有意に抑制されました。2003年になり、私たちはgp44の遺伝子がポドプラニン(podoplanin/PDPN)であることを発見しました(4)。ポドプラニンは特異性の高いリンパ管マーカーとして病理診断に活用されています。ポドプラニンが発見されるまでは、病理診断において血管とリンパ管を簡単に区別する方法がなく、ポドプラニンに対する特異的抗体は病理診断の精度を格段に上げたと言われています。

 ポドプラニンの分子構造を詳しく解析していくと、ポドプラニンのN末端にEDxxVTPG3回繰り返し配列(PLAG domainと命名)を発見しました(5)。さらに、ポドプラニンにはPLAG domainの類似配列が複数存在することもわかり、それをPLAG-like domain (PLD)と名付けました。PLAG domainPLD中のスレオニンがポドプラニンによる血小板凝集の活性中心であり、様々な動物種に保存されていることがわかってきました。ポドプラニンはその分子量の約半分がO型糖鎖であり、血小板凝集活性には糖鎖が重要であることが示唆されていました(3)。私たちは、糖鎖合成不全の変異CHO細胞株を用いることにより、PLAG domainのスレオニンに付加されているO型糖鎖のシアル酸が血小板凝集の活性中心であることを解明しました(6)。質量分析計を用いてポドプラニンの糖鎖構造を解析した結果、ポドプラニンには4つの単糖からなる糖鎖(disialyl-core1)が付加されていました。このように、一つの分子の一箇所の糖鎖を決めるために、かなりの時間と労力を費やしましたが、このdisialyl-core1は比較的どこにでも存在する糖鎖であり、がん細胞による血小板凝集能に特徴的ではなかったため、この糖鎖を狙った医薬品開発は困難であることがわかりました。

 一方、これまでの多くの研究において、ポドプラニンはリンパ管内皮細胞、I型肺胞上皮細胞、腎ポドサイト、皮膚基底層など、複数の正常細胞に高発現していることがわかっています(7)。また、PDPNによる血小板凝集はリンパ管の発生などの正常の機能にも重要であることが報告され、PLAG domainPLDを狙うことも、がんに特異性がある抗体を開発する方法としては不適切であることがわかってきました。既述の通り、正常細胞に反応し、少しでも副作用が懸念されるモノクローナル抗体は、製薬企業は開発しようとしません。これはすべての標的分子についても該当することであり、医薬品開発を目標とした場合には、分子の機能解析や構造解析をもとにしたモノクローナル抗体の開発には限界がありました。逆転の発想が必要だということです。

 

5、がん特異的抗体作製法(CasMab法)の開発

 がん細胞と正常細胞に発現しているポドプラニンのアミノ酸配列は全く同じであるため、がん特異的抗体を樹立するためには、糖鎖付加などの翻訳後修飾を狙う必要があります。既述の通り、質量分析計などの最新機器を駆使しても、ポドプラニンの糖鎖についてがんと正常の差を発見することができなかったため、逆の戦略を立てることにしました。すなわち、がん型ポドプラニンが存在するという仮説を立て、まず抗体を先に作ってから、がん特異的糖鎖付加を証明しようと考えました。もちろん、仮説が間違っていれば、がん特異的抗体はできません。

 過去の私たちの基礎研究において、LN229という脳腫瘍細胞株が、正常組織には存在しない糖鎖が付加されることがわかっていました。そこで、LN229にポドプラニンを発現すると、正常細胞のポドプラニンには付加されない糖鎖が付加されました(8)。これをがん型ポドプラニンだと考えました。次に、ポドプラニンの高発現株であるLN229/hPDPNをマウスに複数回免疫し、フローサイトメトリー法や免疫組織化学法により、がん特異的抗体をスクリーニングしました。このように、免疫原の作製に、がん細胞株を使用する方法を、cancer-specific mAb (CasMab)法と命名しました(図3)。この方法論により、世界で初めて、ポドプラニンに対するがん特異的抗体の樹立に成功しました。予想通り、ポドプラニンに対するがん特異的抗体は、糖鎖を認識部位に含むことがわかりました。その後、ヒトキメラ型抗体やヒト化抗体による抗腫瘍効果が高いことを証明し、カニクイザルを用いた毒性試験を行った結果、全く毒性がないことも判明し、ついに製薬企業への導出に成功しました。今回は、精製したタンパク質ではなく、がん細胞株を免疫原として用いたことも、がん特異的抗体樹立に成功した理由だと考えています。

 

6、細胞基盤免疫選択法(CBIS法)の開発

 通常の抗体作製には、精製したタンパク質が必要ですが、必ずしも容易にタンパク質が精製できるわけではありません。私たちは、免疫原として強制発現株を使用し、ハイスループットスクリーニングにも細胞株のみを使用するという細胞基盤免疫選択法(Cell-Based Immunization and Screening CBIS法)の開発を行いました(図4)。以下に説明する通り、私たちしかできない特別な方法ではなく、比較的どの研究室でも実施可能な方法です。強制発現株に使用する細胞株は、CHO-K1HEK-293Tなどのタンパク質発現用の細胞や、各種がん細胞を用います。ハイスループットスクリーニングには、510枚の96 well plateを半日で処理する必要があるため、高速フローサートメーターが必要となります。私たちのラボ内には、4台の高速フローサイトメーター(Sony製)を完備しており(図2)、この作業を可能としました。この点については、共通機器室のフローサイトメーターを使用するという方法では、あまり現実的ではないかもしれません。このCBIS法により、どのような複雑な構造を持つタンパク質に対しても、迅速に高効率に抗体を樹立することが可能となりました。具体例として、4回膜貫通型タンパク質のCD205回膜貫通型タンパク質のCD1337回膜貫通型タンパク質のCCR9などに対し、実験に有用な抗体を短期間に樹立することができました(9,10)。このCBIS法とCasMab法を組み合わせることにより、効率よくがん特異的抗体が樹立できることもわかってきており(CC法と名付けました)、さらに複数の新規標的に対するがん特異的抗体を樹立していく予定です。

 

7、おわりに

 ポドプラニンに対するがん特異的抗体の作製をきっかけとして、私たちは複数のプロジェクトにおいてがん特異的抗体の作製に取り組んでいます。既述の通り、低分子化抗体や二重特異性抗体などの新しいタイプの抗体が国内外の研究機関や製薬企業で開発され、さらにADCCAR-Tのような新規モダリティとの組み合わせも多数存在しています。しかし、がん細胞を狙う際に忘れてはいけないのが、がんに対する特異性です。これまで紹介してきたように、がん特異的抗体の作製には新規の技術は必要なく、古典的な技術を工夫していくことが重要だと考えています。こうして作製したがん特異的抗体は、様々な新規モダリティと結びつくことにより、がん患者さんの生活の質(QOL)を重視した真の革新的抗体医薬へつながると私たちは考えています。

 

【参考文献】

1. 津本浩平: 実験医学. 2018;36:1818-1874.

2. Watanabe M, et al.: Cancer Res. 1988;48:6411-6416

3. Toyoshima M, et al.: Cancer Res. 1995;55:767-773.

4. Kato Y, et al.: J. Biol. Chem. 2003;278:51599-51605.

5. Kaneko MK, et al.: Gene. 2006;378:52-57.

6. Kaneko MK, et al.: FEBS Lett. 2007;581:331-336.

7. Breiteneder-Geleff S, et al.: Am. J. Pathol. 1999;154:385-394.

8. Kato Y, et al.: Sci. Rep. 2014;4:5924.

9. Furusawa Y., et al., Oncol. Lett. 2020; 20: 1961-1967.

10. Itai S, et al.: Monoclon. Antib. Immunodiagn. Immunother. 2017;36:231-235.

 

 

【著者略歴】

加藤 幸成(かとう ゆきなり)

1995年 東京大学薬学部 卒業

1997年 東京大学大学院薬学系研究科修士課程 卒業

2004年 博士(薬学)取得(東京大学)

2005年 山形大学医学部 卒業

2006年 日本学術振興会特別研究員(PD

2008年 Duke大学メディカルセンター Senior Research Associate

2010年 山形大学医学部 准教授

2012年 東北大学大学院医学系研究科 教授

2015年 博士(医学)取得(山形大学)

2017年 東北大学未来科学技術共同研究センター 教授

2017年 東北大学大学院医学系研究科抗体創薬共同研究講座 教授(兼任)

 

 

 
 

図1 抗体は様々な病気の診断や治療に使われている。

 

 


図2 抗体スクリーニングに使用するフローサイトメーター。

研究室には4台の高速フローサイトメーターが常時稼働している。

 

 
   


図3 CasMab法と従来の抗体作製法との比較。従来の抗体作製法においては、正常細胞株で免疫原を調整することが多いが、CasMab法においては、がん細胞で発現した抗原を免疫原に使用するのが特徴である。

 

図4 細胞基盤免疫選択法(CBIS法)の流れ。免疫からスクリーニングに至るまで、細胞だけを使用するため、煩雑なタンパク質の精製作業などが必要ないのが特徴である。