キャンディキャンディ長編二次小説(バラの薫る季節に) -18ページ目

キャンディキャンディ長編二次小説(バラの薫る季節に)

アンソニーメインの二次創作・ファンフィクション「バラの薫る季節に」を掲載しております。

一方キャンディは記事を読んでからアンソニーのことが心配で心配で、いても立ってもいられなくなった。
テリィには悪いと思ったが、平静を保っている余裕などこれっぽっちもない。
何をしていてもアンソニーの顔がちらつき、仕事にも何にも全く身が入らなくなってしまった。
そんな彼女を目の当たりにして、テリィは今度こそ確信したのだ。

「彼」の存在が、今でもキャンディの心をいっぱいに占めていることを。

「気になるか?あいつのこと」

たまの休日、オープンカフェで仲良くランチをとりながらテリィは穏やかに問いかけた。

「ううん、全然」

どんなふうに受け取られてもいい、とにかくごまかさなければと思ったキャンディは、見え透いた嘘をついた。

「無理するな。君の心はお見通しさ。気にならないはずない。俺でさえ落ち着かないんだから」
「まさか・・・あなたが?」
「当たり前だろ。恋敵の一大事に平然としてられるほど俺は無神経じゃないんでね」

テリィはウィンクして、キャンディをのぞき込んだ。

「俺のことなら気にするな。君が落ち着くまで黙って見ててやるよ。だからとことん心配してやれ、あいつのこと」

優しい心遣いに、もう少しで涙がこぼれそうだった。
いつの間にテリィはこんなにも広い心を持つようになったのだろう。
前はアンソニーという名を聞いただけでイラついていたのに。
ちょっと意外に思いながらもキャンディは心から礼を言った。

「ホントにありがとう。今の言葉を聞いたらアンソニーもきっと喜ぶわ」
「だといいんだが。早く騒ぎが落ち着くといいな」

そう言いながら立ち上がると、会計をするためにテリィはキャッシャーへ向かった。





ハーバード大付属病院も記事が出て以来、上へ下への大騒動だ。
キルヒアイゼンを始めとする教授陣や病棟のスタッフ、果ては患者たちまでアンソニーの身分を知って驚嘆した。
レオノーラとメイベル親子、それにティモシーの驚きも一様ではなかった。
まさかシカゴの大富豪、アードレー家の御曹司だったとは!
全身からみなぎる品の良さと優雅な物腰は生まれついてのものだったのか。
出自が明かされた今、誰もがそれを納得した。

朝のスタッフ会議でフェリシアと顔を合わせたとき、彼女は心から心配し、「私に出来ることならなんでも協力するわ」と言ってくれた。
少し前ならどんな態度を取られただろう。
今はすっかり鎧を脱ぎ、出会った頃と同じフェリシアに戻ってくれたことが何よりアンソニーは嬉しかった。


一方アンソニーとブライアンは好奇の目を避けるため、寮の部屋に身を潜めていた。

(彼らは卒業後も大学の寮に残ることを許されている)
ブライアンは用心棒にでもなった気分で、一瞬たりとも親友のそばを離れようとしない。

「ちきしょう!どこのどいつか知らないけど、ついにシッポを出したな。去年の夏、変な手紙でおびき出されて大男に襲われて以来、平穏無事にやってきたのに」

ブライアンが吐き捨てるように言うと、アンソニーも怒りをあらわにした。

「まあこれではっきりしたよ。ウォルターこそいないけど、確実に誰かが僕をはめようとしてるってことがね。でも大丈夫。今朝アルバートさんから電話があって、探偵に調べさせるから心配ないって言ってくれた」

聞いた途端、ブライアンはホッとした顔つきになった。

「さすがはアードレー家総長!実に手回しがいいね。これでちょっとは安心できるだろう。手をこまねいて怯(おび)えてるよりずっといい」
「それと、スタンレーって奴に気をつけろって言われた」
「スタンレー?」
「うん。ウォルターが死に際につぶやいた名前なんだ。アルバートさんに言われるまですっかり忘れてたけど」
「うーん、スタンレーか・・・。俺たちの知り合いにはいないよなぁ?」
「ああ。医局にも病棟のスタッフにも大学の同窓にも、そんな名前の男はいない。少なくとも、すぐ思いつく範囲では皆無だ」
「俺もさ」

二人は困り果てた目つきで顔を見合わせた。





そしてその日の午後、謎を解くための最重要人物が二人の部屋を訪れた。

ローザだ。
大手術を終え、リハビリのために病院に残っている彼女はアンソニーたちの寮を聞き出し、外出許可を取ってわざわざ来てくれたのだ。

ノックの音がするのでブライアンは入口まで立っていき、恐る恐るドアを開けた。
すると息を切らしたローザが興奮気味に立ち尽くしている。

「こりゃ驚いた。誰かと思ったらローザさんじゃないですか!よくここがわかりましたね」

焦っているのかそれには応えず、待ち構えていたように切り出す。

「あの・・・今朝の新聞を読んでびっくりして」
「ああ、アンソニーのことでしょう?『実はアードレー家の御曹司だった』っていう」

だがローザは何も言わず、急に目を伏せる。

ブライアンが視線を下に向けると、彼女は震えていた。

「どうされました?顔色がすぐれないようですが・・・」

様子がおかしいのに気づき、ブライアンは尚も心配そうにのぞきこむ。
その瞬間だ。

突然顔を上げたローザは、すがるような声でしぼり出した。

「アンソニー先生は?先生はご無事なんですよね?」

切羽つまったトーンを聞くなり、ただごとではないと察したブライアンは、返事をするのも忘れて棒立ちになる。

「先生、中にいらっしゃるんですか?」

客人の声が誰だかわかったので、「ローザさんが来てくれたんだろ?」と、奥からアンソニーが顔を出す。
その途端、あいさつすら忘れ、ローザは悲鳴のような声を上げた。

「良かった!ご無事で。今朝の新聞を見てから気が気じゃなくて。先生にもしものことがあったら、私は・・・私は・・・」

あわてふためいたローザの様子にアンソニーも驚き、「一体どうしたんですか?あの記事が何かマズイとでも・・・いや、そりゃマズイに決まってますが、身に危険が迫るほどのことなんでしょうか」と少々戸惑いながら尋ねる。

「『記事の情報を匿名でシャルヴィ家に流した人物がいる』と書かれてましたでしょ?もしかしてその人が先生を罠にはめようとしてるんじゃないか・・・そんな気がしてならないんです」

半分泣き顔になっているローザが気の毒だったが、意図するところがわからず、アンソニーは混乱した。

「すみません、おっしゃる意味がわからないです。そもそもあの記事を見て、なぜあなたはそんなにあわててるんでしょう?良かったら話してくれませんか」
「それがいい。今日のローザさん、なんだか人が変わったみたいですよ。先ずは部屋へお入りください。話はそれから落ち着いて、ゆっくり始めればいいんですから」

ブライアンも温かい手を差し伸べた。

「さあ、こちらへ。男所帯で散らかってますけど」

アンソニーはちょっと照れくさそうにローザを招き入れた。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

通された部屋には両端に二人それぞれのベッドと机が、そして中央にテーブルセットが置かれていた。
勉強するときと寝るときだけ、それぞれの「陣地」へ行き、くつろぎの時間は真中のスペースで過ごすのだろう。
アンソニーが言ったとおりの男所帯だから、取り立てて飾りなどないシンプルな部屋だが、窓からは陽が良く差し込んで明るいし、意外に整理が行き届いていた。

薦められるまま椅子に腰を下ろし、深呼吸を一つしたあと、ローザは話し始めた。

「アンソニー先生がアードレー家のお方であるとわかった以上、お話ししなくてはいけないと思いましたの。実は若い頃私が仕えていたお屋敷というのは・・・まさにレイクウッドのアードレー家だったんです」

瞬間、体中に電流が流れた気がした。
アンソニーとブライアンは雷に打たれたように、しばらくは何も言えずに硬直した。
セリフが口をついて出てくるまで、一時間も二時間も経ったかのような錯覚すら覚えた。

「では、あなたが恋したという執事は・・・もしやウォルター・ウィルキンソンでは?」

震える声でアンソニーは切り出す。

「おっしゃるとおりです」
「まさか!そんなことって・・・」とブライアンも叫ぶ。

「じゃあ、あなたの双子の息子さんたちはウォルターの忘れ形見ってことですか?」

こくりとうなずくと、ローザは静かに目を閉じた。

「知らなかった・・・。あのウォルターに、独身で通ってたウォルターに息子が二人もいたなんて!」

驚愕の事実と向き合い、アンソニーは戦慄を覚えた。

サファイアの瞳は大きく見開かれ、次の言葉をつなげないでいる。

「本当にごめんなさい。私、何も知らなかったものですから。決して先生をだまそうとしたわけじゃないんです。それだけはわかってください」
「勿論です。ローザさんにはなんの責任もない。身分を隠してた僕が悪いんです。現に事実が明るみに出てすぐ、あなたはこうして知らせに来てくれたじゃありませんか。感謝します、心から」

今にも泣き出しそうなローザをいたわるように、アンソニーは彼女の手を優しく包んだ。

「あのお美しい若奥様、ローズマリー様の赤ちゃんがアンソニー先生だったんですね。以前お話ししたと思いますが、それはもう天使のようなお子様でした。そのとき私のお腹にはもう、新しい命が宿ってまして、あんな可愛い赤ちゃんを産みたいと思ったものですわ」


「覚えてますよ、その話」とアンソニーは微笑んだ。


「あなたは僕の母にそっくりだから息子さんたちが僕の顔立ちに似てるって言うのも、うなずけます」

そこまで言ってハッとした。
もしかしてウォルターは、ローザがローズマリーに瓜二つだから愛したのではないか。
かなわなかった恋の成就を、母そっくりなこの女性に求めたのではないか。
そんな気がしてならない。
勿論想像に過ぎないし、たとえそれが真実だとして、口に出したら彼女を傷つけてしまう。
だからその先は心の中にそっとしまった。

「親バカかもしれませんが、先生のおっしゃるとおり、息子たちは二人ともなかなかの美男子だと思いますわ。何しろ先生に似てるんですもの。フランシスも、そしてスタンレーも」

「え!?」

瞬間、アンソニーもブライアンも声をそろえて絶叫した。
それはまさにウォルターが死の間際につぶやいた名前だったから。
「スタンレー」には気をつけろと、アルバートから再三言われてもいた。
にもかかわらず、その名の人物は、アードレー家にも大学関係者にも医局の人脈にも全く心当たりがなく、さんざん悩まされてきたのだ。
まさかここで「スタンレー」につながるとは思ってもみなかった。

「双子の息子さんの一人がスタンレー君なんですね?」

今まで聞き役に徹していたブライアンも、興奮のあまり会話に割って入った。

「ええ、行方不明になっている長男のほうです」
「行方不明と言いますと?」
「アンソニー先生にはついこの前お話ししましたが、次男のフランシスは産まれてすぐにイギリスの公爵家と養子縁組して、何不自由なく暮らしているはずです。それに引き換え、私の手元に残ったスタンレーは貧しさに苦しみ、継父の仕打ちに耐え、それは辛い暮らしをしてきたんです。これからずっと、大人になるまで我慢するのに嫌気がさしたんでしょう。15歳になったとき、突然家を飛び出してしまいまして。それっきりです」
「で、今も行方知れずなんですね?」
「ええ、今頃どこでどうしているのやら・・・。手がかりがないまま時だけが過ぎてしまいました。もう23歳になってるはずです」
「さぞかしお辛いでしょうね。最愛の息子さんの消息がつかめないなんて」
「どんなにか会いたいでしょう?」

二人の若者は代わる代わるローザを気づかった。

「私が気にしてるのは、今回の暴露記事、もしかしてスタンレーの仕業じゃないかってことです。逆恨みもいいところなんですが、あの子はアードレー家につながるすべてを憎んでいましたから。恨むのは父親のウォルターだけにしてくれればいいのに」
「それは仕方のないことですよ。ウォルターはアードレー家の顔みたいなもんですから。彼に端を発してアードレー家全体を忌み嫌うようになったとしても不思議な話じゃない。むしろ心から同情します、スタンレー君に」

アンソニーの優しい心が身にしみ、ローザは泣き顔になった。

「とにかく気をつけてください。これ以上先生にご迷惑がかからないように、心から祈っております」
「大丈夫。心配ないですよ」
「いざとなれば僕だっています。アンソニーの一人や二人、必ず守り抜いてみせますから」

ブライアンは胸を張って頼もしいセリフを吐いた。





衝撃の告白は、その日のうちにニューヨークへ伝わった。
アンソニーが電話したのだ。
アルバートとアーチーの驚きは一通りではない。

「まさかウォルターが使用人に子供を産ませていたなんて・・・!しかもその女性――アンソニーが診ているローザっていう人――ローズマリー姉さんにそっくりだっていうからびっくりじゃないか」
「ホントに出来すぎた話ですよ。こんな近くに『スタンレー』がいたとはね。しかも独身のウォルターに息子がいたなんて考えもしなかった。迂闊(うかつ)でした」
「こうなると去年の夏、アンソニーが暴漢に襲われた事件もスタンレーの仕業だろうよ」
「恐らくは。そうすると問題は・・・」
「肝心のスタンレーは、今頃どこで何をしてるかってことさ」
「奴の正体をつかむまでオチオチ寝てられませんね」
「全くだ」

二人は顔を見合わせ、深いため息をついた。





日が落ち、アルバートが一足先にアパートへ引き上げたあと、(彼らはニューヨークに出張したときのため、オフィスのそばにアパートを借りている)、アーチーは戸じまりをすませ、マンハッタンの闇に吸い込まれていった。

アパートへの帰り道、にぎやかな通りを抜けていくのだが、一際目を引くモダンなビルの前を通りかかったとき、偶然にも中からテリィが出てくるのが目に入った。
そのすぐあとにプラチナブロンドの女性が続く。
誰なのだろうと目を凝らすと、ほどなくそれはシェリル・ドレイファスだとわかった。
テリィとの仲を報道したゴシップ記事が、すぐさまアーチーの脳裏をかすめる。
確かに噂どおりの美人だ。
テリィと並んだらさぞや絵になるだろう。
正直なところ、「見栄え」という点ではキャンディよりもお似合いのカップルに思えた。

「よお!どこかで見た顔だと思ったらアーチーじゃないか」

先に声をかけたのはテリィ。
ついこの前、キャンディとアルバートを交えて食事をしたばかりだったし、そのとき意外にも意気投合したので親しみを持ったのだろう、今までなら考えられないような愛想の良さで近づいてきた。
アーチーも満面の笑みで答える。

「早速また会えて嬉しいよ。今帰りかい?」
「ああ。さっきまでここで稽古してた。舞台の初日まで一週間を切ったんで、カンパニー総出で追い込みさ」
「そりゃ大変だな、こんな遅くまで」
「それはそっちも同じだろう。あまり根つめて働きすぎると奥さんが心配するぜ」

フッと笑ったテリィの顔は相変わらずキザだが、なぜか悪い気はしなかった。
聖ポール学院からのいがみあいはすっかり消え、今や「男同士の奇妙な連帯感」さえ生まれてきつつあるようだ。

「所帯持ちはいいことばかりじゃない。まあ、倒れない程度に頑張るさ」
「それがいい」

そう言ったあと、少し間をあけ、「そうだ、丁度いい機会だから紹介しよう」とテリィが切り出す。

「知ってると思うけど、こちらはシェリル・ドレイファス。俺の共演者、兼、良き相棒だ」

アーチーは丁重に頭を下げると微笑を浮かべた。

「初めまして。アーチーボルト・コーンウェルと申します。テリィとはイギリスの学院で知り合って、それ以来の友人・・・というか、ケンカ相手ってところです」
「おいおい、今はもうちょっとマシな関係だろ?」

テリィが苦笑すると、アーチーはたまらず吹き出した。

「違いない。まあ、ちょっとマシになったのはつい最近の話だけどね」

二人のやり取りを笑って見ていたシェリルは、「楽しそうでうらやましいわ。それにしてもテリィにこんな親しく話すお友達がいたなんてちょっと意外。さっきのお話だと、もう奥様がいらっしゃるようですけど?」
「ええ、まあ」

照れ笑いするアーチーをからかってテリィが追い討ちをかける。

「おまけに子供までいるんだぜ。まだこんな若いのにさ」
「まあ!それを聞いてがっかりする女性はごまんといるでしょうね。数えたら大変なことになるわ」
「これはまたお上手ですね~、シェリルさんは」
「いいえ、私、嘘は嫌いですの。だから本当のことしか言いません。あなた、本当にモテそうですもの。奥様はウカウカしてられないわね」
「参ったな~、あまりおだてると『その気』になっちゃいますよ」
「こいつ、どこまで調子に乗るんだ?」

勘違い気味のアーチーがおかしくて、テリィはどっと笑った。
つられてシェリルがくすっと笑い、しまいにはアーチーも大声で笑い出した。

「なあ、良かったらそのへんで一杯どうだい?勿論シェリルさんも一緒に」

断られるのを承知で誘うと、意外にもテリィは二つ返事でOKした。

「いいね~!暑い夜にはアルコールが一番さ。ショットバーで乾杯といくか」

だがシェリルは丁重に辞退した。

「今夜は男同士で仲良くどうぞ。積もる話もあるでしょうから私は遠慮しとくわ。またの機会に是非。お誘いありがとうございます、アーチーボルトさん」
「アーチーで結構」

ウィンクして右手を差し出し、希代の美人女優に握手を求める。

「じゃあ遠慮なくアーチーと呼ばせていただきますね。その代わり、私のこともシェリルと呼んでください」

細くしなやかな手がすっと伸びて、二人はかたい握手を交わした。

「またお会いできるのを楽しみにしてますわ」
「いや~お世辞でも嬉しいなぁ。あなたみたいな美人にそう言ってもらえると」
「だからさっきも言いましたでしょ?嘘は嫌いだって。きっときっと、会う機会を作りましょ。そうだわ、今度はキャンディも呼んで。ね?」

にっこり微笑んだ横顔が本当に美しかった。
人をだましたり、見下したり、惑わすようなところ──美人にありがちな──そういういやらしさが一切なく、潔ささえ感じた。
久しぶりに爽やかな気分になれてアーチーは満ち足りていた。
帰っていくシェリルの後ろ姿を追いながら、独り言ともつかないつぶやきがもれる。

「いい女だな、いろんな意味で」
「だろ?」

テリィはそれしか言わなかった。
だが、その目は限りなく優しい光に満ちあふれ、心の底から幸せそうに見えた。

(やっぱり君は本気なのか?彼女のこと。だとしたらキャンディは、アンソニーは、それに・・・僕はどうなる?)

既婚者の自分には関係ないはずなのに、まだ青春の残像を引きずっているのを思い知らされ、アーチーの心はゆらゆら揺れた。





テリィの行きつけのショットバーに入り、二人はグラスを傾けた。
カウンターには弱い照明があるだけで、店内もそれほど混んでいない。
だから目立たず、ひっそりと会話できた。
何しろテリィはストラスフォードの大スターなのだ。誰に見られているか知れない。
だからさりげなくひっそり存在できることが何より有難かった。

初めは聖ポール学院の思い出話に花が咲く。
キャンディをめぐり、些細なことで何度も衝突したのを懐かしく語り合う。
あの頃はまだ二人とも青臭い少年で、気に入らなければすぐ腹を立ててつっかかったものだ。
まさかこんな日が来るなんて、テリィもアーチーも信じられなかった。
そして話題はつい最近の「暴露記事」の一件に。

「それはそうとアンソニーは大変なことになったな。ばれちゃいけない秘密がさらされて、さぞや困ってるんじゃないか?」

どうやらテリィが本気で心配しているのを見て取ったアーチーは不思議そうな顔をする。

「君があいつを気づかうなんて妙な感じだな」
「どうして」
「だって恋敵だぜ。いい気味だとか思わないわけ?」
「いや、そんなふうに思う歳でもなかろうよ。聖ポール学院時代ならいざ知らず」
「それだけか?」

テリィは「どういう意味だ」と、いぶかしげな視線を向けた。

「随分包容力が出てきたと思ってさ。余裕っていうか」
「そうかな」

アーチーは持っていたグラスをテーブルに置くと、腰を浮かして体の向きを変え、テリィを真正面から見すえた。

「この前キャンディとアルバートさんを交えて飲んだとき、君が切なげな目で宣誓したからずっと気になってたんだ」
「宣誓?」
「命に代えてもキャンディを幸せにするって」
「ああ・・・」

テリィは自分が言った言葉を思い出した。

「あのときの目、切羽つまってた。苦しそうだった。すごい重圧を背負ってるようで痛々しかったよ。なんか自分を見てるようで辛かった」
「自分を?」
「うん。僕は愛情よりも先ず義務や責任を感じてる気がするんだ、アニーに対して」

瞬間、テリィはハッとしてアーチーを見つめた。

「子供ができたらその思いは変わるかと思った。けど、やっぱり変わらなかった」
「彼女は気づいてるのか?」
「さあどうかな」
「そもそもなぜ結婚したんだ?心底惚れてないなら」
「どうしてかな、きっとキャンディに頼まれたせいだ」
「何を」
「アニーをお願いねって」

事情がわからず、テリィは小首をかしげる。

「まだ聖ポール学院にいたぼんぼんの頃の話さ。大胆にも僕はキャンディにコクろうとしたことがあるんだ」
「へ~!こいつは驚き。そんなことがあったのかい?」
「結果は言うまでもないよな?見事に玉砕っていうか、正確に言うと『好きだ』の一言さえ言わせてもらえなかった。だって言う前にいきなり・・・」
「『アニーをお願いね』ってか?」
「まあそんなところさ」
「そりゃキツすぎるだろ~」

悪いとは思いながら、テリィは思わず吹き出してしまった。

「おい、笑うなよ!僕は本気だったんだ」
「いや失敬。あまりに君が気の毒すぎて」
「なら余計に笑うな。こう見えてけっこう根に持つタイプなんだぜ」

アーチーがムッとしているらしいのに気づき、テリィは少々あわてた。

「キャンディにアタックしたのにアニーを担ぎ出されて肩透かしか?意外にキャンディも、こずるいことするんだな」
「全くだ。うまくかわしてくれたもんだよ。あの頃は純情だったから引き下がるしかなかったけど、今ならそうはいかない」
「どうごまかされようと、ギリギリまで追いつめて押し倒すか?」
「かもな」

今度は二人同時にどっと吹き出した。

「で、アニーに責任とらなきゃならないようなことをやっちまったんだろ?ヤケ起こして」
「いや、何もしてない」
「え?」

テリィは、まさか、という顔をした。

「何もしなかったよ、アニーには」
「もしかしてキスも?」
「全然、何も」

テリィは目を白黒させて、アーチーをのぞき込んだ。

「じゃあどうして責任とって結婚する必要があったんだ?惚れてもいない、手も出してないなら、そこまですることなかったじゃないか」
「だから言ったろ?キャンディに頼まれたからさ」
「ホントにそれだけ?」

アーチーは苦笑してうなずいた。

「アニーと結婚したらキャンディを守れるような気がしたんだ。アニーを幸せにすることで、キャンディを幸せにしてるような気がするって言うのかな・・・うまく言えないけど。そう思いこんで納得するしかなかったのかも」
「おいおい、ちょっと待てよ。それじゃあ俺とスザナの関係と同じじゃないか」

アーチーは身を乗り出し、「君もそんなふうに考えたことあるのか?」と声のトーンを上げる。

「しょっちゅうだったさ、あの頃は」
「スザナのせいでキャンディをあきらめた頃?」
「ああ。自分を納得させようと必死だった。スザナを幸せに出来なくて、どうしてキャンディの幸せを願うことができるんだってね」
「そうそう!それだよ、まさに。僕のアニーに対する気持ち」
「でもそれじゃあ、君もアニーも救われないんじゃないか?」

テリィはちょっと心配そうに、今度は同情の色を浮かべてアーチーを見た。

「僕はともかく、アニーは大丈夫さ。今はアレクシスがいる。それに僕だって平気さ。家族として大切な愛情を持ってるよ。子供には勿論、アニーにもね」

ウィンクする青い目はどこか淋しげだ。

「そんな悟りを開いたような言い方するなよ。まだ20代じゃないか。そんなのは、いい加減倦怠期も過ぎた40代や50代のセリフだろう」
「かもしれない。でもそう思っちゃったんだから仕方ないさ。だからこそこんな思いを経験するのは僕一人で十分。今ならまだ間に合う。いや、今をおいて他にない!本気で惚れた女の手を取るのは」

アーチーが真顔で言うから、テリィは圧倒されてたじろいだ。

「どういう意味だ?俺が本気になった女はキャンディじゃないって言いたいのか?」
「それは君自身が一番よく知ってるだろう」

一瞬、脳天をかち割られたような激しい衝動を覚えた。
腹を割って話すようになってまだ日が浅いのに、こんなに鋭く心の底をえぐられたことがテリィには衝撃だった。

「僕はただ、キャンディにも君にも幸せになって欲しいだけなんだ」

真っ直ぐ見つめてくるアーチーの瞳には、かつての挑戦的な空気など微塵も感じられない。
本気で心配してくれているのがわかったから、テリィは素直に耳を傾ける。

「考え直すなら今だ。君にとって、キャンディにとって、アンソニーにとって、そしてシェリルにとって、一番いい形になる選択をして欲しい。後悔だけは絶対するな。それを言いたくて今日は誘ったんだ。気に障ったら許してくれ」

ちょこんと頭を下げるアーチーの肩に手を置くと、テリィは優しい目で言う。

「経験者の貴重な意見、肝に銘じておくよ。ありがとう」

それを聞いて安心したのか、アーチーは顔を上げ、かすかに微笑み返した。





小説版では「アーチーとアニーは深く愛し合い、エルロイ大おば様の反対にもめげずに結婚した」ことになっています。

アーチーの心がキャンディを想って揺れているのは、拙作独自の設定です。

何卒ご了承くださいませm(__)m