アンソニーVSテリィ in 聖ポール学院
~第8話~
午前の授業が終わった後、キャンディは湖畔の草むらに寝転がって、一人で考え事をしていた。
頭上には入道雲がのんびりと流れていく。
昨日のテリィとエレノアを思い出し、ホーッと深いため息をついた。
するとその時・・・
「女の子が寝転がってる姿ってのは、いいもんだね」
日光が遮られたと思った途端、上から覗き込む「彼」の顔が目前に迫った。
「テ、テリィ!どうしたの?」
慌てて起き上がるキャンディ。
「それはこっちのセリフだよ。レディがこんな所で大の字になってるなんて、ちょっとはしたないと思いませんか?」
「まあ失礼ね。大の字になんかなってないわよ」
むくれるキャンディの頬を、テリィはつついて笑った。
「似たようなもんさ。でも俺は君のそういうとこ、嫌いじゃないぜ」
はっきり「好き」と言わないところが、いかにも彼らしい。
昨日の剣幕とは裏腹に、今日は明るい笑顔が溢れているからキャンディは少しだけ安堵した。
「あのね、テリィ、こんなこと聞いたら怒るかもしれないけど、あれからお母様とは・・・」
「そうそう!それなんだ。心配してると思ったから報告に来た。あいつ・・・いや、アンソニーは何か言わなかった?」
「ううん、何も」
「そうか」
テリィは少し意外だった。面白おかしく話題にして、とっくの昔に笑いものにされていると思い込んでいたからだ。
それにアンソニーというのは、キャンディに何もかも話さないと気がすまないタイプに見えてもいた。
(あいつ・・・もしかして俺に気を遣って、黙っててくれた?)
ほんの少しだけ、アンソニーの思いやりが心を温めた気がした。
「アンソニーには今朝会ったけど、あれからどうしたのか何も言ってくれなかったわ。だから私、気になって気になって」
なかなか口を開かないテリィにしびれを切らし、キャンディは自分から切り出した。
「ごめん。ちゃんと仲直りしたんだ、おふくろとは。だから心配しなくていいよ」
「ホント?」
「ああ」
大きな緑の瞳をキラキラさせる彼女に、テリィは笑って答えた。
「それともう一つ。昨日はひどいこと言ってすまなかった。それも謝りたくて」
「ひどいこと?」
「ほら、金髪野郎と今すぐ絶交しなきゃ、俺はもう君を信じないって言っただろ?」
照れくさそうに下を向くテリィに、キャンディは「そうだったわ。ホントひどいわよね。私にもアンソニーにも失礼すぎるわ」と片目を閉じる。
「でも許してあげる。だってわざわざ謝りに来てくれたんだもん」
「そりゃありがたい。俺の女神様は心が広いんで助かるよ」
「でしょ?じゃあ、お詫びの証拠を見せてちょうだい」
「証拠って?」
「アンソニーにちゃんと謝ってあげて」
腰に手を当て、キャンディはわざとふんぞり返って見せた。まるで子分を従えるガキ大将のように。
「分かった。それは後できちんとするよ。とりあえず今は、君にもう一度だけ詫びを入れたいな」
「どんなふうに?」
「こんなふうに・・・ね」
テリィがニヤッと笑った瞬間、キャンディの体がフワリと浮いた。
「な、なに?」
驚きの声を上げたときはもう、テリィの腕の中。
「ごめん、怒ったりして。アンソニーと一緒にいる君を見たら、いても立ってもいられなくなったんだ。だから・・・」
その先を言い淀むテリィに、キャンディは「だから?」と促す。
「言葉じゃ言えない。いや、言いたくない。口にした瞬間、嘘になるような気がするから。でも俺の気持ちは・・・これしかないんだ」
かすれた声でそう言って、テリィは抱きしめる腕に力を込めた。
伝わってくる温もり。そしてかすかなタバコの匂い・・・
彼の胸に顔を埋めたら、心臓の鼓動が耳に響いた。
(ああテリィ、この音、あなたの心の叫びみたい。「離したくない」って言ってくれてるの?)
キャンディも自分の手をテリィの肩に廻し、体をぴたりと重ねた。
顔が真っ赤になり、胸のピアノが大きな音をたてたが夢中だった。
二人の影が一つになったとき、その様子を偶然目にしてしまった人物がいる。
恐らくはこの光景を最も見て欲しくないと、キャンディが思い願うだろう少年──アンソニー!
テリィ親子の秘密を絶対口外しないと改めて誓うため、キャンディを探しに湖畔へやってきたのだった。
テリィに抱きしめられている姿が目に映ったとき、何故だか彼女が途方もなく遠い人に思えた。
ずっと昔から知っている、大好きなキャンディとは別人のような気もした。
夏だというのに、心の中には木枯らしが吹き荒れる。
(やはりあの二人は、僕が思っている以上に深い絆で結ばれているのかもしれない。互いが互いを必要としているのかもしれない。キャンディ・・・僕らが離れていたほんの僅かの間に、世界は全く変わってしまったんだね。でも君に対する僕の気持ちは今も変わらないよ。だから恨んだりしない。君が幸せなら、黙って身を引ける男になりたいと、心から思う)
8月後半には、イライザの誕生日がやってくる。
行きたくもないのに、毎年誕生パーティーに呼ばれて、迷惑三昧のアードレー家男子たち。
今年もまた、イヤ~な季節が巡ってくる。
そろそろ「魔の招待状」が突きつけられるのでは?と、三人は重苦しい毎日を送っていた。
「あーあ、イライザの奴、また張り切るんだろうな」
夕食の後、ベッドにひっくり返りながらアーチーはステアを見た。
「当たり前だろ。今年は特にお祭り騒ぎになるに決まってる」
「なんで?」
「考えてみろよ。彼女にとって『すごく大事な誰かさん』が無事にご帰還あそばされたんだぜ」
「なるほどねー」
兄弟の視線は一斉に金髪の少年へ。
「何で僕なの?」
口をへの字に曲げて、今にも泣きそうなアンソニー。
「仕方ないさ。イライザは小さいときからお前にぞっこん。ま、諦めるんだな。狂犬に噛まれたとでも思って」
軽くいなすアーチーに、アンソニーは鼻息を荒くする。
「冗談じゃないよ。じゃ、永遠にイライザには誕生日なんか来なけりゃいいんだ」
「無駄だよ、無駄!誕生日が来なくたって、なんのかんの口実を作ってお前を誘いまくるさ」
「全くだ」
ステアも笑いながら頷いた。
「ついてないよ。どうせ噛まれるなら、もっとマシな犬が良かった」
そう言ったとき、アンソニーの頭にキャンディの顔が浮かんだかどうかは・・・誰にも分からない。
同じ頃、アードレー家の別荘では、ニールとイライザが誕生パーティーの計画を練っている最中だった。ついでに悪巧みの方も抜かりなく。
「ねえお兄様~、私、キャンディが許せないの。何とかしてギャフンと言わせてやる方法はないかしら」
「お前も執念深いんだな。あんなみなし子、ほっときゃいいのに」
「そうはいかないわよ。お兄様はこの前の屈辱をもう忘れちゃったんじゃなくて?」
「湖でボートがひっくり返ったことか?」
「そうよ。あの後キャンディったら、ちゃっかりアンソニーと一緒に消えたでしょ。一体どこへ行ったのかしら」
(過ぎたことをいつまでもほじくり返して・・・。どうだっていいじゃないか、アンソニーなんて)
ニールは少々げんなりしてぶっきらぼうに言った。
「そんなに腹が立つならお前のバースデーパーティーの時、ワナにはめてやればいいさ」
「どうやって?」
「うーん、そうだなぁ」
ニールは腕組みをしながら貧乏ゆすりをした。
苦虫を噛み潰したような顔をしていたかと思ったら、目を閉じて眉間に皺を寄せている。
そんな兄の横顔を、隣にいるイライザはじれったそうになぞっていた。
「お兄様ぁ~。何とか言ってよ」
しびれを切らしてせっつくと、ニールは指をパチンと鳴らした。
「いい手があるぞ!ちょっと耳を貸せ」
待ってましたとばかりに飛びつく妹に何事かをヒソヒソ話すと、二人はニンマリ笑った。
「面白そうね。今から誕生日が楽しみだわ~」
悪魔のような微笑を浮かべるイライザだった。
そしていよいよXデーがやってきた。
イライザから「魔の招待状」を受け取った面々・・・アンソニー、ステア、アーチー、アニー、パティ、そしてキャンディは、仕方なく指定された場所に集まった。
ここからスタートして森を抜け、小高い丘を目指してピクニックを楽しもうという企画なのだ。
森といっても結構奥深くなっていて、迷い込むと簡単に出て来れない難所だ。
崖もあり、下には渓谷が広がっている。ちょっとした冒険には絶好のルートだった。
「兄貴ぃ~、僕は何だか嫌な予感がするよ。なんだってイライザはこんな企画を思いついたんだろう?よりによって『森を探索ピクニックツアー』だなんて」
「それだよ、それ!今年はちょっとワケが違うぞ。いつもならホワイトパーティーとか言って、白いオバケみたいなかっこうするのが趣味なのにさ」
「それにキャンディまでが招待されてるのも気になる。いつもなら毛嫌いして絶対メンバーから外すのに・・・。もしかして悪巧みを考えてるんじゃないだろうか」
そう言ってアンソニーも眉をひそめた。
男性陣の会話に、アニーやパティは不安そうな顔をしている。
だがキャンディだけはどこまでも能天気だ。
「みんな心配性ね。考えすぎよ。それにアンソニーったら失礼だわ!私だってアードレー家の一員なのよ。イライザがそれを認めたんだから、めでたいことじゃないの」
それを聞いてアーチーは小声で言う。
「ああ~、処置無しだよ。キャンディには何もこたえてないんだな」」
「同感、同感」
兄もため息をついて十字を切った。
「ステアもアーチーもそんなしょぼくれた顔しないでよ。折角お天気になったんだから存分にピクニックを楽しみましょ。ああ、いい気持ち~」
キャンディはそう言いながら思い切り伸びをして、新鮮な空気を吸い込んだ。
「そう言われてみればそうだ。勘ぐったらきりがない。今は楽しいことだけ考えるようにしよう。それにあいつら兄妹が何か仕掛けてきたら、僕が君を守るよ」
アンソニーはウィンクして優しい笑みをキャンディに投げた。
真っ赤になって「ありがとう」と嬉しそうに笑うキャンディ。
「おーお、ごちそうさま。心配して損しちゃったよ。な?兄貴」
少々悔しそうな顔をしてアーチーは兄の方に目をやった。
そうこうするうちに、いよいよ主役の登場だ。
山ほど荷物を持たされてゼーゼー言っているニールを従え、イライザは涼しげな顔で近づいてきた。
「皆さ~ん、ごきげんよう。お待たせしたかしら?」
「ちぇっ、いい気なもんだよ。人を呼びつけといて、自分は後から優雅におでましなんて」
「全くだ。これだからみんなに嫌われるのさ」
ブツブツ言うコーンウェル兄弟の囁きが聞こえたのか、イライザは二人を睨みつけてコホンと咳払いをした。
「今日は私の誕生会にいらして下さってありがと。いつものホワイトパーティーじゃつまらないから、わざわざピクニックを計画してみたの。気に入っていただけたかしら?」
鼻にかけたわざとらしい声の後、元気のいい明るい声がすぐに反応した。
「素敵なアイデアだと思うわ。こんなにお天気もいいし、きっと素晴らしい一日になるわよ。楽しみだわ~」
「フン!あんたには話しかけてなくってよ。目障りだから引っ込んでてくださらない?」
相変わらずの辛辣な返答が、みんなの心を寒くする。
「ごめんなさい。私ったら調子に乗っちゃって」
しょぼんとして弁解するキャンディがいじらしい。
だがイライザはそんなことを歯牙にもかけず、すぐにお目当ての方を向いて色目を使い出した。
「ねえ~、アンソニー。今日は一日たっぷりお相手をしてくださるんでしょ?だって誕生日なんですもの。当然主役はこの私よね?」
猫なで声を出して擦り寄ってくるイライザから顔をそむけるようにして、アンソニーは「え?あ、ああ」と蚊の鳴くような声で対応した。
「アンソニーの奴、気の毒に。今日の犠牲者はもう決定だな」
またも小声で呟くアーチーを、「そんなこと言ったら彼が気の毒よ」とアニーは横からたしなめた。
それから後は言わずと知れた「生き地獄」。
イライザは片時もアンソニーのそばを離れず、まるで抱っこちゃん人形よろしく、彼の右腕にぶら下がっていた。
一方、当のアンソニーは、既に覚悟ができていたのか、はたまた今日は特別な日だから・・・と我慢を決め込んだのか、イライザになされるままだった。
そんな彼を見てキャンディの胸は少し痛んだが、アンソニーの本心がよく分かっていたので、さほど気にはならなかった。
森も大分奥まってきた頃、前を歩いていたニールが急に振り返ると、妹に向かって何かのサインを送った。
それを待ち構えていたかのように、イライザの目がギラッと光る。
「ああ、痛い!痛いわ~」
突拍子もない声と共に、お腹を抱えて彼女が地面に座り込んだのは、その直後だった。
「どうしたんだい?」
驚いたアンソニーがかがんでイライザを覗き込むと、彼女は苦しそうに「お腹が・・・」と顔をゆがめる。
一大事に駆け寄ってきたキャンディも、しゃがみこんで気遣った。
「お腹が痛いの?」
「ええ」
「どんなふうに?」
「そんなこと、いちいちあんたに言わなきゃいけないの?」
とりあえず言い返すイライザだが、いつもより元気がない。
「とにかく少し休んだ方がいい。もたれかかるのに丁度いい木もあるし。僕がついてるから大丈夫だよ」
アンソニーはそう言うと、イライザの腰に手を伸ばした。
「君をあそこの木の下へ移動するから、抱き上げるよ。いいね?」
「ちょ、ちょっと待って!」
彼女は真っ赤になりながら彼の手をかわす。
「平気よ。一人で歩けるわ」
「ホントに?」
林檎のように熟れた赤い顔は、恥ずかしそうにコックリと頷いた。
「イライザ、無理しないで。アンソニーの手を借りた方がいいわ。私も手伝うから」
横から心配そうに様子を窺う緑の目を見たとき、イライザの表情は急に怪しくなった。
「そうだわキャンディ、暫く私に付き添ってくれない?」
「え、私が?」
「そうよ。あなたにお願いしたいわ」
いつもは毛嫌いするくせに、はっきりキャンディを指名するので、アンソニーもステアもアーチーも、いぶかしげにイライザを見た。
「僕がそばにいるよ。キャンディにはみんなと先に行ってもらおう」
不審に思ったアンソニーは、咄嗟に介護役を申し出た。
が・・・
「嫌よ!キャンディでなきゃイヤ」
「どうして?僕じゃいけないの?」
「だって、こんなときに男の人と一緒にいるなんて恥ずかしいわ・・・」
「???」
「もう~、アンソニーのバカ!鈍感なんだから」
イライザに肘鉄を食らわされても、まだワケの分からない彼。
ステアも同じような顔をしてホケーっと見ていたが、アーチーだけが何事かに感づいて、ニヤニヤ笑った。
そしてキャンディは・・・。
さすがに女の子だ。デリケートな雰囲気に気づいて、「アンソニー、とにかく私に任せて」と微笑む。
その隣でアニーとパティも加勢してくれた。
「女同士にしか分からない苦しさもあるのよ。だからキャンディにお願いしましょ。ね?アンソニー」
それでもまだ納得のいかない彼だったが、ここまで言われば引っ込むしかなく、シブシブ従った。
「キャンディ、気をつけるんだよ。何かあったらすぐ僕に知らせるんだ。どこにいても必ず助けに行くから。分かったね?」
小声で囁いてくれたアンソニーの真心が無性に嬉しくて、「ありがとう」と、キャンディは頬を染めた。
イライザと二人きりになると同時に、キャンディはそっと尋ねる。
「お腹が痛いって、生理痛よね?だからアンソニーにいてほしくなかったのね?」
「分かってるなら聞かないでよ」
「あら、女同士ですもの。いいじゃない」
「あんたなんかと同類項にして欲しくないわ。フン!」
そう言ってそっぽを向くイライザが少しだけ可愛い。
どんなに意地悪でも、やはり恥じらいは持っているのだろう。いじらしい乙女心が伝わってきて、キャンディは思わず微笑んだ。
「ああ、喉が渇いた~。こんなことならお兄様から水筒をもらっておけばよかったわ」
木の切り株に腰掛けながら、イライザはため息をつく。
「ねえ、良かったら私が水を汲んできてあげましょうか。確かこの辺に湧き水が出てるところがあったわよね?」
キャンディがそう切り出した途端、イライザの目が不気味に光った。
(ふふん!まんまと引っ掛かったわね。あんたがそう言うのを私はずっと待ってたのよ)
「ね?イライザ」
念を押すように繰り返すキャンディに、「まあ、嬉しい!お願いできるの?悪いわぁ~」と、いつもとはまるっきり違うトーンで、イライザの声は答えた。
「ちょっと待ってて。すぐ行ってくるから。ここを動いちゃダメよ」
そう言ってキャンディは、益々奥深くなる森にたった一人で入って行った。
(バカね。全部計算ずくと気づきもしないで。ホントにおめでたい人!生理痛なんかであるはずないじゃない。みんなから引き離すための作戦よ。迷子になってせいぜい苦しむといいわ。崖から落ちるのも素敵だわね。あんたさえいなくなれば、アンソニーもテリィも私のことを見てくれるに決まってるのよ。今までさんざん邪魔してくれたけど、今度こそ許さないわよ。いい気味だわ。バーイ、キャンディ)
フフフフ、アハハハ・・・
森の中に、イライザの不敵な笑い声が響き渡った。
イライザはみずがめ座ですから、本当のところ、誕生日は8月ではありません。「事件」を引き起こすために、無理やりでっち上げてしまいました(爆)。
本当に申し訳ありませんm(__)m どうかご了承下さいましね。