10年間葬儀を続けてきた中で、僕が思っていた感覚と
家族の感覚が違うものもある。
その代表的なのが長期自宅介護をした家族の感覚です。

多くの方は病院か施設で終幕を迎えますが、自宅介護を
され亡くなった方は、今年も数名いらっしゃいます。

少し前のブログに、老々介護で疲れ果てたご主人の事を
書きましたが、自宅介護ではつきもんのようです。

部外者に言わせれば不謹慎かもしれませんが、介護した
人達の意見は概ね共通しています。

『悲しみより、ホッとした安堵感のほうが強い』

他人事として聞けば、冷たい家族のように聞こえますが
自宅を見て、介護してきた家族の話しを聞けば、ホッと
したというのも頷けます。

それとお金の問題も抱えている事が多いです。
ちょっと考えれば分りますが、介護している人は仕事も
できませんから、当然収入は減ります。
しかし介護者には医療費、介護用具など費用は掛ります。

まぁ、お金のある家なら、さして問題ではないかもしれ
ませんが、我々が入会を認めている家族の大半は決して
裕福では無い家族も多いですからね。



もし我が家だったらと考えると、恐ろしいことです。
時々言うように、明日は我が身だなぁ・・・
だからこそ、家族目線を貫き通したいと思う。

助けてくださいと来館し、入会された家族の生活を守る
事が僕の最大使命ですから、家族の生活が守れる葬儀を
提案し続けているわけです。

千明が持つ不安要素のひとつがこれです。
もし僕がいなくなったら、家族毎に違う各々の家庭内の
内情を本音で話してくれるだろうか・・・
内情を聞いた直後に最善策を提案できるだろうか・・・

この部分について、僕らは親戚より遥かに家族目線での
対応をし、家族より低費用の葬儀を提案するのも普通の
ことですから、あんしんサポートの門を叩いた人達なら
安心していられますが『最期ですから葬儀社』だったら
格好の餌食にされるわけです。

そう考えると施設や病院のソーシャルワーカーの役割が
大事になってくるのは間違いありません。

現時点では施設や病院の利益になる葬儀社を紹介してる
所が多いようですが、個々の家族目線で葬儀相談できる
程度のスキルは必須となります。

その意味では、葬儀とは何なのか?
どんな葬儀が存在するのか?
葬儀に掛る諸々の費用は分っているのか?
何処の葬儀社が、どんな葬儀が出来るのか?
最低限でもこのくらいの知識は必要でしょう。

その中で最も大切なのは、建前でなく残る家族の生活が
守ってあげられる事であり、葬儀社や宗教者のことなど
全て後回しで良いという事です。

問題は・・・
こんな発想の葬儀社が日本にどれだけあるかです。


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