近鉄百貨店奈良店「古書まつり」の初日7月31日に
奈良と書物に関する郷土史・文化・歴史の講演会が開催され、
天誅(忠)組記念館館長草村克彦氏による
一度は『天誅(忠)組大和義挙と戊辰戦争』を知ろう会と銘うっての
講演会が開催されました。
講演会が始まる前の会場の様子です。これが講演前に配っていただいた座席整理券です。
1時からの講演開始に対して、11時半頃には会場に着いたのですが、
もらった番号はすでに17番でした。
百貨店入口でいただいた近鉄奈良の7月31日からのチラシの一部です。
出品目録もいただきます。
講演が始まる前には地元のケーブルテレビ局が取材をされています。
定刻1時になると、今回の古書まつりを主催された古書店の店長さんが
講座開催の意義、人は家族愛から郷土愛へ、
郷土を愛する心を持つためにも地元奈良でどのような歴史的事実があったのか、古書等を通じて知ってほしいといったお話で
開催の挨拶をされました。
講座は、大和で影響を与えた指導者層、
その影響範囲と門下生(影響を受けた人)の話から始まりました。
大和五條の「森田節斉」、儒学者であり志士でもあったのですが
あの吉田松陰とも交友があり、尊王攘夷論の中心的存在の人だったそうです。
それから大和八木に住んでいた「谷三山」、
安堵の「今村文吾」、全国を遊説していた「藤本鉄石」
若狭小浜藩士の「梅田雲濱」達の説明がありました。
そして大和から出た天忠組志士たちへと話は進んでいきます。
まず大和五條で医者をしていた「乾十郎」
医者の仕事はもう一つだったようですが、
尊王攘夷の志士たちとの交友が広く、
坂本龍馬、勝海舟とも友人関係であったそうです。
「井澤宜庵」=医者、「橋本若狭」=神官、「欣求寺了厳」=僧侶
「鶴屋治兵衛」=大庄屋といったように
天忠組志士やそれの兵站を担った人達のほとんどが、
貧しい階級の人達と接点のある立場であり、
貧しい人たちの本当の苦しさが分かっている人達だったということです。
IF、もしも、8,18政変がなく
天忠組の志士たちの進める維新政府ができていたならば
歴史は大きく変わっていたかもしれなかったということでした。
ある人に言わせると明治維新は、「葵」が「菊」に変わっただけだ、
幕末志士たちが亡くなることなく一心公平無私の立場で
自分たちのことを置いても国のために頑張ってくれていたら…………?
講演終了後、古書展を見て回りました。
天忠組関係の本も、あちらこちらに置かれています。天誅(忠)組記念館館長草村克彦氏の出版した書籍も平積みされています。
私も、賀名生の里の華蔵院にお墓のある
南朝の忠臣を中村直勝が書いた『北畠親房』を買って帰りました。











