天忠組の変150年特別陳列 天誅組総裁吉村虎太郎 | 天忠宿のコゲ亭主

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傷ついた吉村寅太郎が療養したと言われる杉本屋の4代目コゲ亭主が、南朝の里「賀名生」や天誅(忠)組・神社関係の等の情報を発信します。



市立五條文化博物館で23日まで開催されていた

「天忠組の変150年特別陳列 天誅組総裁吉村虎太郎」展に行ってきました。


「八月十八日の政変」後、天忠組は事態の打開を図るため

高取城を攻撃しますが、十津川から二日もかかけて駆け付けた十津川郷士を

そのまま休憩を与えることなく城攻めに参加させたため、

また高取城の守りを打ち破ることができず、

反対に高取兵の攻めに散々たる結果に終わってしまいます。

その報告を聞いた吉村虎太郎は少数の兵を率いて

再度夜討ちをかけますが、高取藩の警備兵に見つかって小競り合いとなり、

その時に味方の銃弾によって負傷します。

負傷した虎太郎は御所市戸毛の榎本シカノという女性の医師に応急手当を施され、御所市重坂の西尾家に収容されます。

その時に脱いだ襦袢の背には「盡忠報国」「士浪士吉村重蔵」と

書かれてありました。(ポスターにうつされているものです)

西尾家は一度火事で全焼をしているのですが、

この襦袢は木箱に入れられて土の中に埋められていたために

類焼を免れることができました。

本の中の写真では何度も見ているのですが、

今回初めて虎太郎が身に着けていた襦袢とそれを入れていた木箱を

見る機会を得たことは大変貴重なことでした。


その他にも、虎太郎が佩用していたとされる太刀の展示。

それから虎太郎が戦死する2日前に東吉野村の木津川(こつがわ)の

庄屋堂本家に匿われていましたが堂本家に難が及ぶのを気遣い、

家を離れ鷲家口にいたったところで発見され射殺されます。

家を去るとき堂本家に匿ってもらったお礼として銀の箸が贈っていかれました。

そのお箸も展示されていました。

五條といえば吉村虎太郎、農村歌舞伎に続き今回の特別陳列と

貴重な企画が今年催されました。

博物館の入り口に置かれていたせんとくんです。

今年一年間の活躍ご苦労様でした。