夕暮れの太陽が緋色に空を染め、宵の始まりを予告する。
 涼香が来ている保健室には西向きの窓があり、そこから日が暮れる様子を見ることができる。
 ちらりと右腕に巻いた腕時計を見る。午後5時。約束の時間だ―――ドアのほうを振り向くと、ちょうどドアのガラス越しに人影が見えた。
「どうやら先に来ていたみたいだな」
幸太郎は涼香の姿を認めると、近づいてきた涼香の肩を抱き唇を重ねた。
「せ、ん、せっ…」涼香が反射的に声を出す。
「二人きりのときは“先生”は禁止だ。前に言ってあったはずだ」幸太郎が小声で咎める。
「ごめんなさい…」
「まあいい。例のモノ、ちゃんと持って来ているだろうな」
涼香は養護教諭用の椅子に載せていた黒革のスクールバッグから角ばったものを取り出した。中が見えないように包装されている。
「開けてみろ」
言われるがまま、涼香は包装を丁寧に剥がし始めた。包装の中身が徐々に見えてくるにつれ、幸太郎の両の口角が上がる。
涼香が包装をすべて取り払うと、刺激的な宣伝文句が並んだパッケージが露わになった。
「涼香、どうやって手に入れた」
「……」口ごもる涼香を見て言わんとすることを感づいたのか、幸太郎は涼香が持っていた箱を取り上げ、涼香の身体を両手で抱え上げた。
「黙ってたって答えはわかるんだ、涼香…誤魔化しは聞かないんだ、俺の前ではな」涼香を乱暴にベッドに投げ、仰向けになった涼香の上に乗る形で幸太郎はさっき取り上げたばかりの箱を涼香の目前に示した。
「今日はこれでしっかり苛めてやるからな…涼香」
口元を歪ませながら、幸太郎はにやりとした表情を湛え涼香の全身を俯瞰した。
(くっ…)
幸太郎の言葉責めで涼香は既に羞恥心を煽られ、体の内から欲情の炎を燃やそうとしていた。
幸太郎は箱の中身を取り出し、ピンク色をした楕円状の物体を涼香の突出した胸部にあてがった。
「う、ああん…」
「まだスイッチを入れていないというのに、もう敏感なのか。なんてはしたない女子高生だ」幸太郎の容赦ない責めに、くっ、と涼香は耐える。
幸太郎は手に持っているスイッチをオンにすると、胸部にあてがっている楕円状の物体が小刻みに震え始めた。
「う…んんっ…」
「我慢しなくていいぞ、涼香。ここには誰も来ない」
「んっ…はああっ」幸太郎が煽ると、声のボルテージが一気に上がる。
「ああっ、幸ちゃん…はぁっ…うっ!」
ビクンと痙攣した涼香の身体がベッドから一瞬浮き上がり、波打つようにして再び倒れこんだ。
「まだ直接当てていないというのに…まったく困った女だ」
幸太郎はまだ恍惚状態にある涼香のブレザーを脱がせ、ブラウスのボタンを外した。

月曜日の午前9時。
けたたましく目覚ましのベルが鳴る。
つられて携帯のアラームも睡眠中の僕を攻めてくる。
(やれやれ…)
重たい頭を無理やり起こし、半開きの目を無理やりこじ開け、洗面所へ。
蛇口をひねるものの生ぬるい水が目覚めをよくしてくれるはずはなく、キッチンには向かわず再び布団にもぐりこんだ。
携帯の着信音が聞こえたのは、それから随分経ってからだった。
通話ボタンを押すなり「起きなさい!」という怒声。
実家の母からの電話だった。
「まったく、いつまでたっても寝坊癖は治らないのね」
僕が寝ぼけた声をしていたことを早速咎める母。
「帰ってくるのが夜遅いんだから、仕方ないだろ」
「それでも規則正しい生活はしないといけないんじゃない?」
「25の息子に言うことかよ、それ」
「こうやって起こされないと起きないのはどこの誰?」
僕が寝起きに電話を取ると、決まってこのやり取りが繰り広げられる。
「とにかく、もう昼よ」
「…ああ」
ふう、とひと息ついて枕元に転がった目覚ましに手をかける。
針はまもなく正午を指そうとしていた。
母との電話を切ってからむっくりと体を起こし、よろけながらキッチンに入り、朝食を冷蔵庫から取り出した。
ヨーグルトをスプーンごと口に含みながら部屋に戻り、テレビをつける。
画面の向こうでは目覚めの頭には刺激の強いバラエティートークが繰り広げられていた。
仕方なく気分に合った番組を探そうとリモコンをいじりまわす。
適当な番組がなくて小さな食卓に頬杖をついていると、また携帯の着信音が鳴った。
「…はい、わかりました」
今度は上司からの電話だった。
上司が会議で遅れるため、教室を開けてほしいということだった。
寝起きのまったりとした空気を台無しにされてブツブツと文句を言いながら、キッチンに使った食器を運ぶ。
ひと通り片付けてから替えのスーツをクローゼットから取り出して羽織り、クリーニングに出す生乾きのスーツを抱えて家を出た。


自転車を全力でこぎ、教室まで向かう。
あの金曜日以来、教室に向かうときのテンションが変わった。
それまでは抱くことさえなかった「淋しい」という感情が心を支配し始めた。
授業で他の女子生徒を見ても、繭子と会うときのような燃え上がる感情は現れない。
授業を展開するとき、繭子がいる日といない日とではモチベーションに明らかな差が生まれた。
公私混同甚だしいが“これが恋だ”ということを自覚する。
一方で、繭子が授業を受けに来る金曜日は自分にとって特別な日になった。
彼女の顔を見ることが自分が教室に来るひとつの楽しみへと変わっている証拠だった。
しかし担当ではない以上、適度な距離は置かなければならない。
まして相手は思春期真っ只中の女子。
上司にも、本人にもできるだけ気づかれないように動く必要がある。
課題は次から次に積み重なっていった。


+++++


またも木曜に雨が降った後、繭子の担当を離れて2回目の金曜日を迎えた。
この日、彼女の席が僕の授業スペースの隣になることが決まった。
僕からすれば彼女の顔がよく見える位置だった。
授業の時間になると、いつもと変わらず無表情に近い面持ちの彼女が現れる。
一方の僕は嬉しいという気持ちと担当できないことへの苛立ちが共存する、という二重の心理を抱えることとなった。
今担当している生徒と、担当を外れざるを得なかった生徒の両方を見る。
気持ちの比率は外れざるを得なかった生徒…繭子に対してのほうが高かった。
目の前にいる担当すべき生徒も大事だけれど、それが自分の偽らざる気持ちだった。


担当する生徒が授業を終えて席を立つのを見送ってから、ふと後ろを見る。
繭子もちょうど席を立とうかというところだった。
(……)
声をかけるタイミングを見計らうも何を話していいかわからず、そのまま彼女は僕に背を向けた。
繭子が教室を出てから、一気に虚無感が押し寄せてきた。
―――恋愛とはこういうものだったのか。
しばらく忘れていた恋愛に関わる感情が湧いてくると、うろたえると同時に複雑な思いに囚われた。





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4月半ばの雨は季節はずれの雪を思わせるほどに冷たい。

コートが要らないほどの暖かな陽気が続いたのも束の間のこと。

季節は逆戻り。

雨に打たれた桜並木は花弁を落とされ、儚くも風情を失う。
地面に貼り付いた花弁たちが儚さを際立たせる。

僕は自転車でその花弁の絨毯の上を走る。

家に着くと真っ先に部屋に駆け込み、スーツにびっしりとついた雨粒をタオルで拭き取る。

しかし、さすがに滲みこんでしまっている水分を抜くまでの気力はない。

明日になればすっかりシミだな―――クリーニングに出すことを考えると面倒だが、人前に出る以上それくらいの出費は仕方ない。
クローゼットからハンガーを取り出し、スーツごとドアに引っ掛ける。

ネクタイを強引に外してワイシャツをその場に脱ぎ捨て、風呂を沸かしに風呂場に向かう。沸くまでに買ってきた遅い夕食をキッチンに広げ、沸いたことを知らせる電子音が風呂場から静かに鳴るのを聞くと、雨で冷えた体を温めるべく浴槽に飛び込んだ。

風呂から上がるとすでに日付は変わろうという時間。

もっと早く帰ってくることができたはずなのに…。

買ってきた惣菜をぬくめるレンジの前でポツリと口走る。

年度替わりにこんな生活が始まってから、木曜日だけは必ず雨が降る。

なぜか、というはっきりとした理由はわからない。

ただ、思い当たる節はある。



あの子の担当から外れたこと。



木曜に限って雨に降られるようになったのは、自分が担当を外れてから。

以前自分が“雨男”だという話を彼女にしたからなのか。

彼女と会う日が木曜日だったからなのか。

自分が担当しなくなることに対する涙雨なのか。

真相はわからないが、偶然にしては出来すぎている。

出来合いの惣菜を箸でつまみながら、思いつく限りの思案をめぐらせた。



+++++



まだ夏の厳しい暑さが残る初秋。

今の職場で働き始めてすぐのころ、彼女―――雨宮繭子は僕の前に現れた。

小学6年生にしては高い背丈にショートボブの髪。

ワインレッドの眼鏡からは年齢と相反する落ち着いた雰囲気を感じさせていた。

女の子だし、担当するのは1度きりだろう…と思って授業を担当した。

おとなしい子だな―――薄い反応に戸惑いながら、授業を終えて見送った。

次に彼女の名前を聞いたときは、自分が彼女の専属担当と決まったときだった。

どうしてこういう展開になったのか。何が決め手だったのか。

にわかには信じられなかった。

でも、担当することになった以上は出来ることをするしかない。

行き当たりばったりという言葉が似合う状態から、彼女との関係は始まった。

数えて半年強。

担当し始めのころに「わからない」と言っていた部分が出来るようになった。

授業中の会話で彼女自身のことも知るようになった。

硬い表情を見せていた彼女が、自分のくだらない話に笑ってくれるようにもなった。雨男の話もここでした。

小学校を卒業するころ。中学で部活をしたいと言っていた。

そこで中学生になって初めての授業で、僕は彼女に提案をした。

「部活の関係で今来てる時間が難しければ、時間を変えていいよ」

5時の授業は部活をする中学生には来ることができない時間帯。

もし自分が担当できる時間に変えてくれれば、担当を外れることはない。

確証のない自信によって発せられた言葉が、やがて自分の心を傷つけることになった。

「もしもし、雨宮の母ですが」

週が明けた月曜日。

上司不在のために彼女の母親からの連絡を取次ぎ、時間変更を確信する。

案の定その件の電話だった。

上司に電話の内容を伝えると、その日のうちに変更された勤務表が提示された。

変更された時間はどうしても自分が担当出来ない時間。

他の人間が担当するとわかり、勤務表を見た僕は凍りついた。

まさか担当から外されるとは…授業の年間プランを立てていただけにショックは隠せなかった。

それだけではない。

自分の手から離れるとわかって、初めて自分の気持ちの変化に気がついた。
はじめは単なる独占欲だと思っていた。

それが全く異質な感情だと理解するのに数日。

金曜日に現れた彼女を見て、胸が締め付けられた。



+++++



久しぶりに心が燃え盛るのに気づいた。

同時に年甲斐もない感情に戸惑った。

年下の、それも干支をひと回りするような相手に好意を抱くとは。

関係を持ってはいけない人物を相手にするとは。

「好き」と言えばその子との関係は終わる。

立場をすべて失うことにもなる。

そんなことはわかっている。

いまやっていることが、職権乱用以外の何物でもないのだから。

でも、離したくない。

その気持ちのほうが強い。紛れもない本心なのだ。



夕食を片付けるときも、彼女の笑顔を鮮明に思い出す。

はにかむように小さくえくぼを作って笑う彼女の表情に幾度となく助けられてきた。

鮮明に思い出す、ということはそれだけ相手を意識していることの裏返しだろう。

もう、引き返すことは出来ない。

立場を弁えたとしても自分の気持ちにこれ以上嘘をつき続けることはできない。

(ふぅ…)

使った食器を片付けてキッチン周りの掃除をしながら、彼女への募る想いを溜め息に表した。







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雨宮繭(あめがみや まゆ)と申します。


今まで別ネームで二次創作SSをメインに書いてきましたが、このたび新しくサイトを立ち上げました。

当サイトでは二次創作も公開しますが、主にオリジナルものの官能小説を公開していきます。


強姦・陵辱モノほかハードコア系は見るのも書くのも嫌いなので書く予定はありません。

ただ、リスクの高い恋愛は扱うつもりです。


不定期更新ですが、何卒ご贔屓くださいませ。



※名前は「あめがみや」で打っても出ないので「あめみや」と読んでいただいても構いません。

私が勝手にふりがなをふっただけなので。