飼い主とペットの鏡の法則〜自由自在なペットライフを生きる〜

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獣医が教える家庭治療の決定版!飼い主さんの「ことば」がペットを映し出す!アニマルコミュニケーション、ヒーリングを超えた最強メソッド「動物の言霊」公式ブログ


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おはようございます。福井利恵です。

 

大雨の被害に合われた皆様にお見舞い申し上げます。

 

昨日に引き続き、サピエンス全史のレビューです。

サピエンス全史を読んでみても、

結局虚構をつくって生きている私達(ホモ・サピエンス)であるということと、

その虚構を積み重ねて文化をつくり、世界を制服してきたこと、

集合意識でお金に価値を与えて使っていることなど

私達人間がやってることは、単純です。

 

でも、その虚構システムの中に入り込んでしまっていると、

自分がそのシステムに意識をのっとられていることに気づいていない、というのが現状でした。

 

意識ののっとりに気付いて、そこから外れた上で、改めて

全体に参加する意志力みたいなものが

あるかないかっていうことが

ものすごく大事なんじゃないかな、と私は感じています。

 

いわゆる「囚われ」をできるだけゼロにして

この地球の中の人間の世界をみてみますと、

 

すべて網羅できてませんが、

インドやアフリカの貧困層が沢山いて

中国も富裕層から貧困層まで

アメリカやヨーロッパ、日本などの国の人たちが

主にお金を使って価値交換をしています。

お金写真ドールの画像結果

常時、お金がほしいからと戦争までしているわけです。

これは、私達の同族、同じ人間がしているのであって、

私達は今ここ日本に生まれ比較的冷静に

このメルマガも読めているなら

恵まれた環境にいると思いますが、

「もし戦争をしている人達と同じ境遇にあったら

自分も戦争をしているかもしれない」と思ったなら、

あなたは正常です。

 

反対に、「自分は違う」というふうに思うのなら、

それもホモ・サピエンス独特の

エリート思考の虚構パターンですので、

それも正常です。

 

サピエンス全史には、

お金がほしいのは、他者よりも優越性をもっていると思いたい種であるからと書いてあります。私は、そのとおりだと思います。

良い暮らしも、その一つですね。

 

お金の歴史は、本書によると、

最初は価値交換のために中国では貝殻などが使われ

金が交換されるようになって、その価値が高まり、

王様がお金の価値を保証しますということで

貨幣というのが始まったり

紙幣というのが始まったりしてですね。

貝殻写真の画像結果

なんだろう、これを知ったところで、

自分に何を変えられるかっていうことですよね。

 

私自身、何年も前から、

何度かこのお金の歴史も、みてきたんです。

価値の交換のための手段だったお金が

お金自体がいつのまにか目的になっている。

お金がほしい理由は、先程書いたとおりです。

お金を持っている方も、もっと確保したいという欲求は、特権階級にとどまりたいという思考パターンからだそうで・・・

 

これは世界中(のホモ・サピエンスの中)で起こっているみたいです。

 

このことに気がついているか?ということが大切ですし、

お金は手段であり

生きるために手段として活用するあくまでも一つの道具であるということ。

 

どう生きるか、ということを主体にすれば

お金は最適についてくるということ

 

私も、昔はお金に自分がつけている概念をみて

潜在意識を変えるワークをしたり、

マネーレイキなんて講座もやってましたけど。

 

なんかな。実はカミングアウトすると、

なんかしっくりきてなかったんですよ。

 

結局、人間とは何か。

なんで生きているんだろう。

という問いがずっとあって、

そこに、お金がメインになるわけないでしょ。と、なるんですよ。私の場合。

 

お金がきらいじゃないけど、

お金好き!!とアファメーションを書いたりするのは

何か違うかな〜と、散々やってきたのもあったので、思います。

 

そう、人間とは何か。ですよ。

 

そう思ったりしまして、哲学の父と言われたカントの資料を読んでいるんですが

結局はカントも、人間都合主義の方みたいでした。

↓↓

「カントは、人間が動物に対して責務を負うという考えを否定した。

動物は人格ではなく物であり単なる手段として使ってかまわない。

ただし、動物を残虐に扱う習慣は、

他の人間に対しても冷酷にふるまう行動につながってしまうため

慎むべきであるとした。」

 

やっぱり、人間都合主義なんですよ。これでも、理性があるのが人間で・・・という感じなので

意識的には、カントさんは、「近所に迷惑をかけない良い飼い主さん」て感じですかね。

 

かの有名なガンジーさんも、

「国の偉大さと道徳的発展は、その国における動物の扱い方でわかる」

どんな意識で言葉を発したのか、わからないですよね。

ちょうど、こんな記事もみつけました〜

http://www.nezumi.info/archives/6640

(ほんとにすみません、セミナーで散々引用しておいて)

 

私は、これからの時代には、これらを超えた、

新しい価値観が必要だと思います。

 

人間が考えているのは、

主に人間(自分たち)のことと、お金のこと。

どうしたら自分たちが他の人たちより優れたの人生が送れるか。(エリート意識)

この本によると、そういうふうに、私達の思考パターンがあると、歴史が物語っているそうです。

確かに、本当にそうだなと思います。

 

かといって、妄信的に動物に寄り添ってもまた違います。

人間と動物とでは、役割が違う部分もあるのですから、

 

このあたりも、白人による黒人の差別の歴史関係と

男女の差別の関係の歴史の部分の記述がとても参考になります。

男女差別はなぜ昔からあったのか?というところも興味深いです。

 

動物の家畜化について書かれた部分がありました。

描写はひどいものです。

でも、人間がしてきたことなので、

しっかり受け止めてみます。

 

最近、またお肉をいただくのを控えています。

たぶん、サピエンス全史の内容を知ると、

畜産もやめたほうが良いのではという話になってくると思います。

今考えられるのは、動物を使わないで、蛋白質を植物などや素粒子からで

合成できるようにしたら良いよね、という感じです。

今私は、大豆や納豆豆腐などでタンパク質をいただいています。

 

お肉は食べなくても、なんとかなりますし、

今は、食べるとお腹が痛くなります。

 

ビーガンの方がシェアをするフェイスブックですが、

面白いことに、お肉をいただいていたときは直視できませんでした。

無意識に、都合が悪いのと罪悪感があるのかもしれませんね。

 

どんなに正当化したって、

畜産は残酷なのですよ。と今現在は

潜在意識と顕在意識で一致して思います。

 

自由に駆け回っていた動物を農耕を始めたときに飼いならし、

餌付けをして逃げられないようにして。

うまくなつけて必要な時がきたら、いただく。

 

人類は、狩猟をしていた時期から移行して

農耕を始め、狩猟に出る時間がなくなってしまい

畜産を始めていったという歴史があります。

なんだかなあ。

 

ペットも一緒に暮らしてますが、

彼らの自由にしていないのだから、

人間の奴隷制度と類似しているんですよね。

(ここを詳しく理解されたい方はサピエンス全史をお読みください)

 

「でも、ペットと一緒に暮らしたい。愛してるし。」というのは、

「奴隷を愛してるよ。かわいがってるよ。」というのと

変わらないのだ、とサピエンス全史には書かれていて

とてもなんとも言えない感覚に陥りました。

 

フェイスブックで見かける

畜産動物と仲良くしている方の動画も見かけますが、

私はあれは違和感を感じています。

 

お肉がスーパーのパックで売られていて

動物という実感がわかないのは

お肉がスーパーのパックで売られていて

動物という実感がわかないのは

本当にそのとおりで、

私自身も畜産から離れたら

実感わかなくなってきています。

 

むしろ、ブタさんたちのことを思い出したら

本来は、食べられないですよね。

いろいろと知ってしまったのがあって。

「いただきます」ていっても、違いますよね。

 

畜産をされている方の批判ではありませんし、

ペットを飼っている方の批判でもありません。

この方法論がどこからきて、

どこへ向かうのか、人間。ということをみているだけです。

 

と、なんだかですね

自分の「意志」をもって

食という生きる方法に参加するというのも

ひとつかなあと思いました

 

体が、子宮筋腫ができたことにより

私に「肉食やめなさい!」」と言ってきてくれているのもあって

だいぶ、体の中の波動が軽くなったと思います。

 

今の所、食事を自分で選ぶことができる環境にいるので

ありがたく選択させていただいています。

前回は、貧血がひどく進行して、一年近く続けていた

ベジタリアンは休業になり、お肉をいただくようになりました。

 


今回は、その時とは意識がまた変わっています。

続けられるように、栄養もしっかり

とらないといけないですよね。

あんまりストイックになるつもりもないんですけど、

やはり体は楽ですね。


 

日本でも、動物愛護の法律ができた、とか改正された、など

大きな流れの変化に見えるかもしれませんが

やはり、人々の根本的な意識が変わらないと

変わっていかないんだと思います。


 

変わっているようで、変わっていない私達。

やっぱり人間が偉い、と無意識に感じているように思うのは

男性が沢山の彼女とおつきあいできるのと似ている?

そういう生き物なのだから、という理論が

無意識に他の人類を滅ぼして生き延びてきた

「ホモ・サピエンス」の種としての思考パターンなのでしょうか。

 

昔、ペットサイン講座の宿題で、

「ペットを師匠だと思って一週間過ごす」という課題があったときに、

「難しい!」「挫折しました!」という苦しい声を何人もの方からお聞きしました。

 

だって、文化生活を営む人間全員に、

もれなく無意識の差別があるんですものね。

そりゃ、そうでしょ。

 

「ごはんをあげる」

「散歩にいってあげなくちゃ!」

 

人間の管理下に動物をおいて支配する代わりに

飼い主は、QOLをみたしてあげなくちゃ。

 

それが、近代、国際的にも動物の5つの権利、というふうになってきてますが。

 

本音でいうと、これもどうなんだか。

努力目標なんでしょうけど、

特に畜産は、絶対、閉じ込めて飼育している時点で、

5つ目の自由は満たされてないですから。

(満たされているのはみたことがありません。)

1)飢えと渇きからの自由

2)不快からの自由

3)痛み、負傷、病気からの自由

4)恐怖や抑圧からの自由

5)自由な行動をとる自由(正常な行動をする自由)←これ、無理ですよ!!

 

最近、ハンターガールってされてる方いらっしゃいますよね。

狩りもだめ、ひどいとも動物愛護では言われている方もいますね。

私も、あれが良いとは思いませんが、

昔の狩猟民族の気持ちがわかるんじゃないかとは思いました。

 

ここのところって、多くの方がみたくないところでもあると思います。

人間の残酷さが自分にもあるなんて!

引き続きみていく必要があると思っていますが、

あ〜私、全然だめじゃん!と思ってしまったりもしますが、

良いとか悪いとかというのも

ホモ・サピエンスの虚構づくりの習性。

 

このあたりの感じることをみることで、

次のステップへいくために必要なのではとみています。

 

ここまで表現してきて、

何かが変わってきています。

 

昔は、犬猫との出会いは、運命。

ソウルが引き合わせるんですよ。とか

そういうこともいっていたのですが、

それすら虚構。

 

ソウル、転生・・・

みんな虚構です。

 

星占いも、虚構ですよ。

 

それを受け入れると、機能する。

 

しつこいようですが、ただいま、その虚構自体から

はずれた状態で、ゼロから見直しています。

 

本当に、自分が生きる意味を見出すことができるんだろうか?

ちなみに、「使命」も虚構と認めた上です。

その、チャレンジです。

 

お金のためにがんばるってなんか違うし。

創作した価値観でビジネスっていうのも、しらけてきてます。

レイキも、わたしが作ったものではないし、虚構システム。

アニマルコミュニケーションも、

スピリチュアルも、

宗教も、

学校教育も、

言葉も、(全部使ってますけど)

星占いも風水も、数学も、お金も、

アナスタシアのいうことも、

昔からあった封建社会も虚構、

王国、帝国制度も

カースト制も、

法律も、

横断歩道の信号を守ることまで

語られた時点で

虚構システムです。

 

あ〜本当に

ジョニーに無理をさせてトレーニングしなくてよかった!

これだけは、思ってますし、

辛い時期あったけど、

吠えるのをやめないで貫き通してくれるジョニーに感謝。

犬は吠えるもんだよ。

(↑良い子はこの考え方のマネしないでくださいね!)

で、読者の皆さんにとっては上記も虚構です。

ペットライフたるものも、

すっかりペット業界やマスコミの企業に虚構イメージを植え付けられていますよね。。。

ペットフードが体に良いっていうのを信じ込まされている方が大半です。

 

さて、「虚構探求」をしてきましたが、

果たして、自分の好きなように

この「虚構」を選んだり創作して参加できるかどうかの

実験も始めます!

この何かの方向へ導かれている感じも、虚構です!

 

ここまで書いて、虚構は、ゲームのルール。RPGゲームの中の国家などの環境設定・ストーリー設定や、登場人物能力設定のようかもしれません。

共同の意識でつくっている仮想現実の世界です。

 

こうして、「こういうものだ」という考え方をしてみると、

いろいろと辻褄が合います。考え方が、

人間の性善説とは程遠いので、カントさんとは違いますけど

カントさんも実はこれに気がついていたから理性批判をしたりしたのかもしれないですね。人間優位の言葉がみえるところが、彼もホモ・サピエンスですよね。

 

私もわかったように書いているように見えるでしょう。

ホモ・サピエンスですからね・・・

 

またレビュー書きます。
 

ご意見、ご質問は「サピエンス全史」上巻を読まれてからお願いしますね。これ、レビューですので^^

お読みいただき、ありがとうございました。

 

では、今日も素敵な一日を。

 

 

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