【 家庭訪問恐怖症 】
前回の活動報告から、早三ヵ月が経ち、新年になりました。秋〜冬は春に生まれた猫たちの避妊・去勢の時期でもあり、不妊予防センターは大忙し。動物病院から派遣される獣医師・看護師不足で、3月から隔週木曜日の開院になってしまったから、1日の手術の頭数が12〜14匹に増え、前の日から下準備して、事務処理は翌日まで持ち越しとなって3日がかりの大仕事で何とかこなしています。とはいえ、スタッフが寝食を削って頑張っても半減した開院日数を挽回することなどできるわけもなく、収益は前年度までの三分の二に達するかどうか…。
不妊予防センターはプレハブの建物です。地震で一度傾いたので、基礎工事を施して、その際に新設した診察室には断熱材も入れてもらいましたが…一般の建造物に比べれば、外気の影響をもろに受けます。月に2回しか開けない医療施設を維持させるために、真夏や真冬は24時間エアコンを稼働させています。高額な血液検査の精密機器を守るためです。一般の動物病院と変わらぬ設備で避妊・去勢手術を実施する低価格のスペイクリニックを実現したかったから、コスト高は承知の上でしたが、近年の物価高と人手不足はまさに想定外でした。さらに、生活苦の人が多くなると、分割にした手術代の支払いも滞るケースも増え、ニーズはあって忙しくとも…経営は成り立たなくなってきました。
そして、春から夏に生まれた子猫もまだまだ残っていて、里親探し会も隔週日曜日に開催して、その他の土日はお見合い回りに追われていました。かつては私の他に、里親希望者宅を家庭訪問する〈お見合い〉に行ってくれていたボランティアさんが2、3名いましたが…徐々に希望者宅の環境や考えを確認することに怖じ気付いたり、行き違いからトラブルになりかけたりして…若い人達は『お見合い恐怖症』になっていきました。
東京で同様の活動をしている同い年の友人いわく「動物のボランティアだけど、結局は人間相手。常識がある相手ならいいけれど、そうでない人や高齢者だと自分サイドの一方的な主張されて、文句を言われたりするから対応が大変。嫌になるようなことがあってボランティアを辞める人も出てくるから、結局阿部さんが自分でやるようになるだろうと思うよ」。
というわけで、お見合い回りの負担がグンと増えました。しかし、この行程は決して端折ることはできません〜里親を求めている猫や犬の一生の幸不幸、生死さえも左右するからです。昨今は、個人でもSNSなどで里親募集する方々が増え、中には自宅に来てもらった方に渡したとか、どこかで待合わせて渡したなどと聞くと、怖いなぁと感じました。
以前、不妊予防センターで、猫をあげた保護主さんと、もらった里親さんがバッタリ鉢合わせしたことがありました。保護主は、近所の野良猫の避妊手術を実施している優しいおばちゃんで、里親は、アパートで20匹近くの猫を多頭飼育している女性でした。 分割払いで避妊・去勢手術を受けたいと相談されましたが、それ以前に猫風邪や胃腸炎が蔓延していました。
彼女が帰ってから、おばちゃんに確認すると、彼女の住まいには行ってないとのこと。もちろんそんなに沢山飼っていることも聞いていません。お人好しなので、彼女の口車に乗せられて、猫を渡してしまったのです。
私の話を聞いて心配になったおばちゃんは、差し入れを持って、彼女のアパート近くまで行って、「近くまで来たから猫に会わせて欲しい」と電話したら、アパートの外に猫を抱いて連れて来て、「元気ですから、安心して下さい」と言われてしまい、「飼えなくなったらいつでも相談して下さい、引き取りますから」と言うのがやっとだったとか…。
結局この女性は十数匹の猫を連れて来て、病気の治療やワクチン、避妊・去勢手術などを受けて、殆ど支払いはせず、連絡が取れなくなりました。
今回のお見合い回りでも、家庭訪問の大切さを痛感した場面がありました。アパートに入ると、一間の小さな部屋には家具もなく、その人がここでどんな生活をしているのかが、まるで想像できないのです。語られる言葉にも生活感がなく、猫との暮らしも絵空事のように聞こえました。
メールでも電話でも感じの良い男性でしたから、来て見なければわからない現実でした。
〈命の橋渡し〉だから、責任重大だし、腹を割って話す柔軟性と断る勇気、トラブルに発展させない気配りが必要です。確かに、誰にでも適正があるとは言えない役目です。それ故、「自分で里親を探してみたが見つからない。アニマルクラブさんの里親探し会に参加させてもらえませんか?」と頼み込んでくる方々も多いのです。今回そんな個人ボランティアの1人である女性から、依頼された三姉妹を巡っても悲喜こもごもがありました。
アニマルクラブの里親探し会で、姉妹2匹を希望してくれたのは、初めて飼うという独居の60歳近い男性。そのことを伝えると、彼女はたちまち心配になって、その男性が住む町で昨年、猫の変死体が続けて発見されて虐待と噂された、という話まで持ち出して来ました。人前に出ると無口な方だから、1人になると不安が噴き出すようです。「どんな生活になるのか確認するために、お見合いに行くんですよ」と子猫を借りて、私が男性宅に連れて行きました。
男性の住まいは、ペットが飼育できるアパート。近くの老人ホームにお母様が入所されたので、ちょくちょく面会に行けるように、ここに引っ越して来たそうです。この先の定年退職も見据えて、家族を求めたようでした。「何も分からないから教えて下さい」と言い、丁寧に聞いて、次にトライアルに連れて行くと、必要な物はみな揃えて、もしもの時に備えてペットホテルのことも聞かれました。
「部屋もきれいに片付いていたし、誠実な人柄で、大事に可愛がっていましたよ」と、リラックスした猫達の写真を送ると、彼女はようやく納得してくれました。
残る1匹を希望してくれたのも、1人暮らしの男性でした。この方もまたキチンと生活して、穏やかで人柄の良さそうな方でしたので、猫は返さずに、近々トライアルに連れて行こうとしていました。でも、彼女はジモティーにも里親募集を掲載していて、そちら経由で申し込みの来たお宅にあげたい、と言い出しました。理由は「家族が揃っているし、前に飼っていた猫が死んで悲しくて、似た猫を探してたどり着いたと言っているので、きっと大切にしてくれるから」。しかし、「車で往復5時間位かかる遠方だから、お見合いは行かなくていい。家の様子が解る写真を送ってもらったので、迎えに来たら渡して欲しい」と言うのです。そのやり方には、賛成しかねました。添付されて来た写真には、仏壇の前に置かれた猫の写真と骨箱…確かに可愛がっていたのだとは思いますが、当人が述べた言葉だけを道標にするのは片手落ちです。
しかし、頑なな彼女に納得してもらうためには、やはり現地に行って見なくてはなりません。私とて、そのご家族が彼女の見立て通りなら、留守番生活より、猫も幸せだろうと考えて、この目で確かめ判断するしかないと思い、岩手県宮古市に行ってみることに決めました。
私は車の運転が得意ではありません。遠距離なので、妹に応援を頼みました。「行くのは良いけど、おばあちゃん、置いていって大丈夫かな?」と言われて、91歳の認知症の母親も乗せて行くことにしました。母は同居の妹に依存しきっていて、妹が留守だと落ち着かなくなって、私が美容院やマッサージに行っていた2時間ほどの間に、20回以上電話をよこされた経験があります。足腰はまだしっかりしているので、私を探しにアニマルクラブクラブまで訪ねて来たりします。丸一日置いて出かけることは危険です。「乗せて行こう、お出かけ好きだし…」。
当日、母は「旅行に行くの?」と大喜びで、車窓からの紅葉や青空に正気を取り戻して、昔の話をいっぱいして、道の駅では食べきれないほどの弁当やお菓子をカゴに入れました。
そうやってたどり着くと、妹は「帰る頃に電話ちょうだい」と近くをドライブに出かけ、私は希望者宅を訪ねました。写真で見るよりずっと古い昭和の家で、どこからでも猫に逃げ出されそうでした。土曜日でしたが、お父さんは仕事で、お母さんはお兄ちゃんの中学校の文化祭に行って留守で、お祖母ちゃんと小学生の妹さんが留守番していました。でも、だからこそ、本当の話が聞けました。
お父さんと話した時、亡くなった猫さんが、乳ガンと判った時には手の施しようがないほど広がっていたと聞いて、なぜ早期発見ができなかったのか?が不思議でした。他のガンと違って、抱っこして撫でていれば、胸や腹のシコリには気づくのが普通だからです。また、最初は兄妹2匹で飼い始めたと言いながら、先に亡くなった兄猫の死因が語られなかったことも気になっていました。
小学生の娘さんは天真爛漫で何でも話してくれて、クリープと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを出してくれたお祖母ちゃんは純朴な方でした。ふたりと憩いの時を過ごしながら、乳ガンが自壊して膿や血が出てから病院に行ったことや、兄猫は外に出たがるから外に小屋を置いたら、餌を狙って現れた野良猫に襲われて大喧嘩となり、それきり帰って来なかった話を聞きました。生きた猫は紹介でないなという結論に達したので、持参したボランティアさん手作りの猫グッズなどをお土産に置いて、妹に連絡しました。
この報告をすると、依頼者の彼女は、希望者の熱意を愛情の深さだと思い込んでいたことを反省する返信をくれました。この過ちは、多くの初心者に共通すると感じます。「好きだ〜好きだ〜」と言う相手と結婚すれば幸せになるわけではないのと同じです。こうして、三姉妹の末っ子は優しい41歳独身男性の元にお嫁入りして、気ままに暮しているようです。

里親希望者が、気心の通じる方だと、嬉しくなって、こちらも心

60歳を目前に初めて猫と暮らす男性は、生真面目で一生懸命。

我が家総出で往復5時間費やして、しっかり確認して来たことが

アニマルクラブの通い野良猫『パンダ』が町内から連れて来た子

多頭飼育の『困ったおじいさん』の家から連れて来た、あそこに

困ったおじいさんがこたつに隠して、人間の牛乳で育てようとし

久しぶりの〈旅行〉にご満悦の認知症の母親、91歳。ここから
ナナちゃんのお姉ちゃんの『ももちゃん』と『なっちゃん』〜今
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【 ノアの難波船 】
11月初旬、仙台の新聞社の記者から電話がきて、仙台の保護団体の代表者が、郊外のシェルター内で倒れているのを発見されて救急搬送され、80匹ほどの猫達が数日間放置されていたようだと聞きました。今は仙台市内のボランティア団体が通って世話をして、保護したり里親探しをしているそうです。
私は記者さんに「えっ、そこの場所からは数年前に引っ越したのでは?仙台市の住宅地のお家を貸してくださった方がいて、動物達は全員そこで暮していたはずです」と答えました。70歳位の「思い込んだら命がけ」みたいなバイタリティー溢れるおばちゃんで、無茶をやり通すようなところがあったので、いつも心配していましたが、数年前、多頭飼育崩壊の現場からまた大勢引き取ってきたというニュースを、たまたまテレビで観ました。明るくて清潔な部屋に、何人ものボランティアさんの姿もある映像にビックリ…仙台市内の住宅地のお宅を提供してくださる方が現れたそうです。「神様、見ててくれたんだ〜」と胸のつかえが取れて、心配することをしばらく忘れてしまっていました。
震災後まもなく…仙台の繁華街の街角に立って募金集めをしていたその人に、被災地の動物への支援サイトがあることを教えて紹介したのは私です。その後、彼女が猫達を置くために1万円で借りていた空き家が、「臭い、うるさい」という近所からの苦情で、出なければならなくなったと相談されて、今回連絡がきた新聞社に取材をお願いしました。大きな記事を書いていただいたお陰で沢山の寄付が集まり、それでもまだ足りないと言われて、私はフジコ・ヘミングさんにも相談して、200万円の寄付を預かりました。
おばちゃんは集まったお金で、山形寄りの人里離れた所に古家を買って引っ越しました。改造したシェルターを訪ねましたが…正直、がっかりしました。動物のための施設という配慮がなく、寒々として、収容されてる猫達も不健康で、表情も冴えない子が多かった。この人は病気に対する知識や予防意識も乏しく、子猫をごちゃ混ぜにしていたから、パルボが蔓延して死なせる失敗を何度も繰り返していました。 そして、そこは雪が降って寒いし、市街地から遠くてボランティアも通いにくいから集まらないという大きな欠点もありました。
その後も、彼女は突っ走って壁にぶち当たると、悲痛なメールをよこしました。私はシェルターで使う薬品などを送ってあげるしかできず、「どうしょうもなくなったら、最後は自分の手で全員を安楽死させて終わらせる」なんて言うほどに追い詰められながら、不幸な猫や犬の存在を知ればまた救いの手を伸ばす彼女を、見て見ぬふりしていました。どんな言葉も行動の前では無力に思えたからです。だから、市街地にシェルターが引っ越してからは、「捨てる神あれは拾う神あり〜これからは清潔で温度管理ができる環境の中で暮らせるから安心。ボランティアが増えれば、しっかりした知的な若い人が彼女の片腕になってくれるだろう」と良いことしか考えませんでした。
記者さんとの話の食い違いを確認したくて、邸宅を提供してくれた方に連絡を取りました。すると、そこも住宅地なので、隣のお宅から、臭い、うるさいの苦情が再三あり、おばちゃんは1年くらい前から、元居た土地の空いている所にプレハブを建てて、少しずつ引っ越しを始めて、令和6年の5月には引っ越し完了したそうです。一方、市街地のお家には今も猫が20匹ほど残っていて、ボランティアの女性の1人が、新しい団体を作ってそのまま借りているそうです。
おばちゃんは感情的な人で、これまでもいろんな人と揉めてきました。ボランティアさん達ともうまくいかなくなると、新しい団体に付く人ばかりで、孤立状態となり、残りの80匹を連れてへんぴな所へ戻り、手伝いは同年配の友達1人、2人だったようです。
70歳のオバサンが僅かな手伝いさんだけと、80匹もの面倒を見るなんて無理だと、人も猫も滅亡に向かうと察しのつく行動でした。なぜ、他のボランティアさん達は止めなかったのか…。おばちゃんは精神的に病んでいたのかもしれません。以前ボランティアをしていたという方と最近知り合い、「彼女は自分がガンがかなり進行していることも知っていたし、私が春以降お手伝いに行かなくなったのは、人格を傷つけられるような酷いことを言われたから。今想えば頭もおかしくなっていたのかもしれない。機嫌の良い頃は、アニマルクラブの阿部さんのお話をよくされて、あの人は信用できると言ってました」と聞きました。
それなら、今回はなぜ私に相談してくれなかったのでしょう?彼女の精神状態がおかしくなっていたのだとしたら、一緒に活動していた方から 相談して欲しかった。私なら、彼女がまたあのへんぴで環境の悪い場所に戻る決断をしたことを知ったら、「猫のことを考えて行動しなければダメだよ」と説得することができたのではないか、ご家族とも連絡を取って今後のことを話し合えたのではないか、と悔やまれます。
彼女は可哀想、助けたいという感情で動き、人並み外れたパワーで無理を重ねて、このような事態になりました。客観的に見ると、この先を見据えて筋道を立てて考えて行動する計画性も、病気の知識や予防するための警戒心も、ボランティアにうまく働いてもらうコミュニケーション能力も乏しい人でした。ただ捨て身で、必死になって1匹でも多く救いたいと、テレビ等への露出も多かったために、世間はよってたかって彼女に猫や犬を託しました。
そういう事態になるのは、動物救済はボランティアが無償でやることだという、虫の良い常識が蔓延してしまっているからだと思います。
たとえば国が動物愛護事業を率先して、事業が継続できるように保障する仕組みがあったなら、適正のない人が、いくら集まるか分からない寄付金だけを宛てにして、沈没しそうなほどの命を『ノアの箱舟』に乗せて、荒波に繰り出すなんてしなくて良い はずです。捨て猫、野良猫は日本の難民だし、ノアの箱舟の船長は、羅針盤も救命具も持たないまま大海を漂っているのが現状だと感じています。
1ヵ月後、今度は県会議員から電話が来て、末期ガンで入院していたおばちゃんが、亡くなったことを告げられました。
「動物愛護は、お金も健康も費やす自己犠牲の上に成り立っている現状を、行政が助けないからこんなことになるんですよ」と応えました。議員さんが「申し訳ない、何とかお役に立てるように頑張りますので」と答えたので、「アニマルクラブがあるうちにできるでしょうか?」と返しました。

シェルターが完成したと聞き、期待して訪問したのは、7、8年

人馴れしている子達はフリーで、好きなように行動していました

おばちゃんは、猫達が自由奔放に暮らす姿を見るのが幸せのよう

「この子は他の猫が産んた子もよく面倒見てくれるの〜」などと

高い所に上がって、ごはんの時しか降りてこない猫達もいました

それでも、今度は借家でない、自分の持ち家だから、追い出され

帰る前に、心配な点をあれこれ指摘する私と、「あれ〜そうなん
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【 痛ましい声 】
長年、生活を犠牲にして甲斐のない活動を続けていると、堪忍袋の緒が切れて歪みが頭のネジを逆回しするのかもしれません。またひとり、感情がコントロールできなくなった人から夜に電話がかかってきます。
20年来の同志でした。動物の生きる権利と法整備を求めて、全国の自治体や企業を相手に抗議活動を続けてきた方です。私がしていることは、「川下で手近な捨猫や野良猫を拾い上げることで終っているから、流れを変えることはできない!」と批判されてきました。
その堂々たる革命の志士が2、3年前から酔っ払うと電話をよこし、出ると、威圧的な態度で自慢話と説教をされ、1〜2時間も長電話されたりしたので、ずっと出ないようにしていました。すると、留守電に怒鳴り声が入るようになり、アル中なのかな?精神を病んでいるんじゃないかな?と想っていたら…
久しぶりに晩秋の夜、留守電が入っていて、やはり鬱病や統合失調症とかの病気で、体もかなり悪くてもう長くない、なんて言ってました。でも、電話で話す気にはなれないので、手紙を出すことにしました。彼が私に遺言したかったことは、彼の志を伝え、広めてくれ、というような内容でした。そのことは、できる限りやります、と、書きました。私にできることはそれしかないと感じました。彼の〈生きた証〉だと思ったから。
震災後、東京のどこかの公園で、合同でパネル展を開催して、私も彼も上京して、その近くで待ち合わせたのだけれど、田舎者同志〜場所がわからなくて、なかなか会えなくて、やっと会えた後で撮った、とても良い笑顔の写真が今も壁に貼ってあります。年を取っていくと、できないことにどんどん気づいて、なさけない思いを繰り返すうちに、我が身や心まですり減らしてしまうことはよく解るなぁ~と思いました。
手紙と一緒に、秋に出版した『たけやん』を入れました。
そしたら…半月後、彼からまた着信がありました。体調はどうなのか?と心配して、留守電を聞いたら、前回の蚊の鳴くような声とは一転、強い口調で、私が送った『たけやん』を「こんなことやってたって何にもなりませんよ〜」と嘲笑して、自分が今やってる、どこかへの抗議みたいなことを持ち出して、それに注目するようにと語っていました。
どうやら、体が重態なのではなくて、躁鬱病なのかもしれません。腹が立つより、死にそうもなくて良かったと思いました。でも、お互いの道がもう交わることのない寂しさを知りました。
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【 保護活動の末路 】
保護猫の世話の最中に倒れて、一カ月後に亡くなったおばちゃんのことを想うと、県内にはもう一人、気になる方がいました。半世紀以上前から行き場のない猫達を引き取って自宅で面倒を見続けてきた、もう80歳近い方です。知り合った頃は、小学生の教員で、田舎の学校では遊びの延長で動物虐待が行われ、教師もそれを問題視していないと嘆いていました。定年を待たずに退職されて、一時は50匹を超える猫を一人で世話していました。そのことが周りに知られると、猫を捨てて行かれるようになったと嘆いていました。「しばらくお会いしていないけれど、今は何匹いるのでしょう?足腰は動くのか?手伝ってくれる人はいるのだろうか?」と思案しても、年に1回位やり取りする手紙には、お先真っ暗な内容ばかり、心配するだけで役には立てず…心苦しく思っていました。
折しも、晩秋の岩手に日帰り旅に連れて行った認知症の母からは、「またどこかへ行きたい、温泉に入りたい」と何度もせがまれていました。長年ガンの治療を続けている妹も温泉大好きなので、また頼めると踏みました。そのおばあさんのお宅は、山形にほど近い鳴子温泉の手前なのです。こうして、日帰り温泉ツアーが実現〜妹の友達も加わり、エンジョイ気分も盛り上がって、母は上機嫌で、私は思いついた支援物資とお土産を詰め込んだ箱や袋を積み込みました。
最初の行き先は、玄関や帳場で猫が出迎えてくれる老舗旅館。長年募金箱を置いて送金してくださり、こちらからは野良猫を不妊手術するための捕獲器を貸したりして、もう20年以上のお付き合いになります。昔ながらののどかな風呂場に続く廊下には、第二次世界大戦の折、東京から受け入れた集団疎開の小学生の写真も掲示されています。今回、シベリアに抑留された伯父から聞いた話を本にするにあたり、この『いさぜん旅館』さんに、戦中の兵隊さんや庶民の暮らしが解る資料館を運営する佐々木慶一郎さんをご紹介いただき、作品の時代考証を引き受けてもらいました。
温泉は穏やかに馴染んでくる泉質が心地良くて、かつては、東京や外国からお客さんが来た時には、ここにご案内してきたものです。
今回の石巻からの御一行様も「肌がつるつるになった〜」「いつまでもポカポカするね〜」と感激して、母は、福島の温泉宿で浴衣に付いていた縫い針を足に刺して病院に運ばれて手術した、という60年も前の事件を思い出して、昨日のことのように興奮して皆に話して聞かせていました。
さて、御一行様に人気の道の駅に移動して、グルメ&ショッピングツアーしてもらっている間に、私は例のおばあさん宅を訪問しました。お住まいの近くの掲示板に、数年前に送ったアニマルクラブの『避妊手術で捨てる命は生ませない』や『老人と猫は社会問題です』のポスターが、すっかり色褪せて貼られていました。
数年ぶりに会ったその方は、ちょっと腰が曲がっておばあさんらしくなっていました。玄関も廊下も、各部屋の中にもペットシーツが貼り付けられていました。多頭飼育していると、オシッコを掛けまくる猫が出てきます。「今は何匹いるんですか?」と尋ねると「16匹になりました〜去年までは、外にも馴れてない野良猫が19匹いたのだけれど、野生動物に襲われて、みんないなくなってしまいました」と、過酷な話を聞きました。猫達は、母屋と敷地内に建てた猫ハウス2つに分けて置かれていました。
避妊・去勢などで病院へ行く時の送迎や、子猫や人馴れした猫を捨てられた時には譲渡会に連れて行ってくれていた、私も知り合いのボランティアさんが、もう高齢だから活動を辞めると語っていました。これから手伝いを頼める人はいるのかと尋ねたら、「私が入院した時は、近所の方にお金を払って猫の世話をしてもらった」とのこと。
この方もそうですが、私が若い頃に、動物の保護活動をされていた先輩方は、経済的に裕福な方が多かったです。世間は「金持ちの趣味」だとか、「慈善事業は余裕のある人がやれば良い」という程度の関心しかなく、農家に嫁いだ若い奥さんが、その家の飼い猫の具合が悪いから動物病院に連れて行こうとしたら、お姑さんに怒られたなんて話も聞きました。私の同級生は、飼い犬の子どもが生まれる度に「目が開く前に川に流してくるのが自分の仕事だ」と言っていました。だから私は、『動物の地位向上』を目指して、中学生の時から活動を始めました。
この方の話を聞いていると「あら、もったいない」「そんなことにお金出さなくて良いのに」と感じることが度々ありました。先祖代々の財産があったとしても、そうやって使っていたら、やがてなくなるでしょう…とずっと心配でした。今回、ポツリと「5000万円積んであった通帳が、この年末に空になりました」と言ってました。その前に、他の銀行の貯金も使い果たして、「もう何もない」と苦笑いしていました。
そりゃあ、そうでしょう。私はお金のない学生で始めた活動ですから、できるのは啓蒙だと心がけてきました。それでも、命の瀬戸際に出くわしてしまえば、連れて来ざるを得なくなり、実家に住んでいましたから、10匹が限度でした。その後結婚して少し増え、夫の不倫発覚で離婚して、もらった慰謝料で中古住宅を買ってまた増え、その後に再婚して、大きなお屋敷に引っ越して増え、またも夫の愛人問題で離婚して、もらった慰謝料1000万円を資本金にして、NPOのスペイクリニックを始め、一部有給のボランティアさんも頼んで、動物達の面倒を見られる体制を作って、収容動物が増えました。その当初から頭の中で「収支の赤字が1000万円を超えたら、活動を続けることは無理になるのではないか」と線引きしていました。でもその時は、そうなるまでの間には、市民の意識は高まり、きっと社会は変わると信じていました。小さな規模で、「こんな風にやってみてはどうでしょう?」と実践して見せれば、動いてくれる政治家もいて、行政も変わっていくだろうと期待していました。
令和5年度の収支報告書で、累積赤字はまもなく1000万になろうとしています。立て替えて買い物したお金がもう戻ってこないということだから、私も出せるお金が底を突きそうです。しかし、一方では、鳴子温泉近くのおばあさんのお話を聞くにつけても、この20年ほどの間の赤字が1000万円で済んだのなら、うまくやった方だとも感じます。
昨年、老人ホームに入った生活保護のおじいさんがアパートに残していった3匹の猫を連れて来たのですが…ヘビースモーカーだったおじいさんのせいで、老猫の『シロ』の肺は機能不全になっていました。2回入院して10万円ずつかかったので、その後は、部屋に酸素を生成する機械を置き、ビニールテントを被せたケージの中に送って、シロのケージ内を24時間、高酸素状態にしています。メンテナンス費用が結構かかります。
この多頭飼育おじいさんとの15年ほどの付き合いの間には、犬が病気になる度に呼び出され、何度も入院や手術代を立て替えて、猫の避妊・去勢は数え切れないほどやって、殆ど返されることもなく、最後は歩けなくなったおじいさんの面倒まで見て、市役所に相談して、収容先を見つけてもらいました。このおじいさん1人に使ったお金だけでも100万円は下らないからです。
想うような収益は上がりませんでしたが、不妊予防センターを運営して、収益を活動費に充てようとした試みも間違ってはいなかったと思うし、何より活動を応援してくださった方々がいたから、ここまで来れたのです。そして、これから私達は、どう歩んで行くことになるのか…

玄関を入ると、廊下も部屋の障子戸の前も、ペットシーツのカバ

立派な床の間や仏壇の部屋も、ペットシーツで覆われていました

弱い子が入れられているケージに向かって、掛けションする悪い

敷地内に建てた猫ハウス。以前訪ねた時には、ここにも20匹以

この方は本当に猫が好きなんだなぁと感じます。こんなに大変な

「また来るからね」と声を掛けていました。こんな人を苦しめて
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【 アニマルクラブで暮らす猫たち 】
15歳からボランティアに通って来ていたまりえちゃんは、20年余経ってもここに来てくれています。トリマーになって自分のペットサロンを持ち、毎月トリミングやシャンプーをしてくれます。12月の第3水曜日、今年最後の『一斉爪切り』を実施しました。アニマルクラブにいる60匹ほどと、私の自宅の30匹のうち、触らせない猫が3割、普段は触れるけれど、爪切りとなると逃げ回る子が3割〜半数以上を洗濯ネットに入れるところから始まります。部屋中を逃げ回って、なかなかネットに入れられない子、段ケージの棚を上がったり下がったりして手こずらせる子…下準備からてんやわんやです。いざ爪切りは、私が押さえて、まりえちゃんがバチバチ切っていきます。大暴れする子、オシッコ漏らす子、爪を切られている猫にちょっかい出しに来る子…動画配信したら面白いかもしれないをけれど、そんな余裕はとてもありません。いつも11時にスタートして、ノンストップで16時までかかります。
行きがかり上引き取って、里親さん宅へ行くことも叶わずここで一生暮らす子達は、私達が守り抜かなければならない〈最後の砦〉だと思いながら、押さえていました。
今年は、アニマルクラブが進む方向が決まっていく年になるような気がします。今、世界は正義ではなく、力で動かされています。不条理を認めたり諦めることはないけれども、もう何の思惑も持たずに時の流れを見定めて行こうと思っています。今年も、どうかよろしくお願いいたします。
2025年1月6日
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