2018年終わり

テーマ:
純粋素朴な気持ちが
なぜこうもかき消されてしまいそうなのか

年齢に対する関心だけが
膨れ上がり、針一本で何かを溢れ出すことさえ可能なほどに
溢れ出したところで誰にも処理できぬ
その状況こそが寂しく悲しいものであるのに
まるでそのような状況をあわよくばそこから自分も救ってくれというかのように

具体的な年齢で物事を考えれば、
誰かにとって都合が良いのであろうか?
それがあなたへの慰めになるのか?
その視点がなければ、
私たちの行動を認め合うことができないのか?まるで私たちが行動を起こせないかのような?

そんなに私たちは無垢だと思われているのか?

非常に残念だ



とある人間の次なるステップを
純粋なその気持ちで考え出したその答えを
思いやることができないのか?

年齢を出して話を解決しなければいけない
2018年の終わりかけに、
がっかりだ