えんじょりあです。

日本語文章を書く事を上手くなれるために作ったアメブロ第一回。
今日はいままでの人生について話します。


▷出身
プロフィールも書いてある事で、台湾生まれ台湾育て、22年以来ずっと台北に暮らしている都会の子です。
一般家庭出身、金持ちまではないけど、お金に関して悩む事もないまま大人になりました。


▷学生時代
ひとり子として、小さい頃から大人に染められすぎて、同い年の人に興味ないから、社交場である学校に行く事が嫌だし、お勉強に対しても苦手だし、自分がやりたい事しかやらないので、最後は台北市内偏差値一番低い半日制高校からなんとなく高卒を取れました。

高校時代からマックやコンビニみたい、普通のバイドをしていて、自分の給料を使って、東京へ一人旅に行く事にハマった。
行く時は大体メイド喫茶やコンカフェ巡りが目的で、そのため日本語の独学も始まった。
塾に行かない、教科書も一切読まないまま学べました。


▷社会に出る
ヤンキー高校から卒業した後、メイドカフェにオープニングキャストとして採用されたから、コンビニのバイドを辞めて、ずっと憧れていたメイドさんになりました。
大学に進学しないから、もちろん18歳になったら親からの小遣いもなくなる。メイドの給料は少ないので、メイド業始まるの同時に、台北で有名な繁華街にある、日本人客向けのアイドルテーマのガールズバーに入りました。

中学時代からネット小説を書きながら、作家として活動していた。取材中でたまたま知った夜職の世界に凄く興味が起きたけど、台湾で夜職への偏見は日本よりやばかったので、実にはどんな所だろう?と気になって、お金と関係ない原因で、夜職の道へ進みました。


▷華やか世界の最中
台湾は18歳から成人なので、キャバクラなど年齢確認が必要な所も18歳から働けます。
18歳になって一ヶ月後、すぐ台湾式のキャバクラに出勤を始めました。
そこから色な店舗もやってみた。経験どんどん積んで、見た目も垢抜き後に、やっと高級クラブに登りました。

メイドカフェは遊ぶのようにシフトを提出してたから、夜職がメインで働きました。
20歳の時、三年前入職した日と同じの日で、アイドルバーを辞めて、日本人客向けのラウンジに移籍しました。
そこからラウンジ、キャバクラ、高級クラブ三刀流生活を始まりました。


▷コロナ禍が起きた後
コロナが酷くなった最中、台湾すべての夜職場全部緊急休業されたから、仕事がなくなった半年間、先に自分が持ってるお客さんと値段を決めて、ご飯や飲み会をする、大人なしのパパ活??(笑笑)みたいな形で稼いだ。
優しくてジェントルマンでいるいいお客さんたちがいるから、こんな辛い時期も乗り越えた。

そして、いま私の隣にいる旦那さんと出会って、子供ができて、コロナがちょっと落ち着いた頃から、長い長い産休育休を始めた。
休暇中に、ずっと準備しているコンカフェの起業もついに始まった。
いまは毎日家にいるけど、株主たちとミーティングするし、制服の打ち合わせもしました。


▷今後について
息子は来月12日で出産予定です。
子供を産まれ後、二ヶ月〜三ヶ月の復元期を掛かって、できる限り早めに職場に戻りたい。
息子昼間はモンテッソーリの保育園に預ける、夜になったら旦那に任せる形で生活します。
今更だけど、最近やっと大学に興味が起きたから、通信教育を使って家で勉強したいし、ちゃんと日本語塾に行って1級を取りたいのです。

この後は育児、起業と進学の道へ頑張って進めます。良い大人、良い母になるまでーー