私のおじいさんがくれた初めてのキャンディ

それはヴェルタースオリジナルで私は四歳でした

その味は甘くてクリーミィで

こんな素晴らしいキャンディをもらえる私は

きっと特別な存在なのだと感じました

今では私がおじいさん

孫にあげるのはもちろんヴェルタースオリジナル

なぜなら彼もまた特別な存在だからです

ご無沙汰しております。
ニュースでもあったけど、無観客試合ですか、サッカーも競馬もテレビで観戦しろと言う事だね、こっちはネットでも見れるんだよ、でも録画した深夜アニメの消化出来てないけど、漫画を読みながら競馬をするのも一応悪くないぜ。
流石は洒落にならない程のコロナの脅威。
四位洋文の引退式が皆の前で出来ないのは可哀想だけど仕方ない、別の機会で引退セレモニーみたいなのをして欲しいよね、来客の皆様の為にね。
と言う訳で、インターネット投票しか手段が無いので「即PAT」の口座を作りました、早く競馬場やウインズ後楽園やオフト後楽園に行って競馬をしたいんだよ。
一刻も早く収束してもらわねぇと困るのは自分だけじゃ無くて皆同じだよ。
それよりも政府の対応が遅いんだよ!
では又、お疲れ様です。

22・23日両日に後楽園で競馬をやっていたんだけどね、東京メインはドンケツの馬が入る大波乱にだったね。

ダイヤモンドステークスは1着に、フェブラリーステークスは2着に、あんなモン買えるかボケェ~!

 

いやー本当に分からへん、ワシはバカやさかい買われへんわ、買った奴マジで天才やわ、お兄ちゃんがぎょーさん褒めたるわ、しかもハンデ戦やぞ、余計に分からへんわ、オッズも導いてくれんとは、天変地異ちゃうか、最終レースに限ってのぉ!

 

愚痴もここまでしてね、コテンパンにされちまったよ最終週で、今週からは天敵・阪神が開幕、阪神で良い思いをしたことが一度もない、まぁ阪神とか言う球団が大嫌いと言うのも一理あるんだよ、嫌な予感がジワジワとやって来やがんだよ。

まぁ、今週も一日を大切にがんばるぞい!


ラジオNIKKEIアナウンサー軍団の為になる(!?)動画です。
2015年の10月なのでまだ木和田篤アナが実況していますねぇ、今は進行を担当されています、「一発超大荒れ型」と言われるのも分かります、ヴィクトリアマイルでの出来事がありますから。
ちなみに自身が競馬を初めたのは、平成の終わりが近付く3年後の2018年10月頃で、私の記憶が確かならば東京・京都・新潟開催ぐらいからだと思われる。
小林雅巳アナに関しては思い入れが沢山あるのでまた次回。
「踏み切ってジャンプ」でお馴染みの山本直也アナは、個人的にはユーモラスな感じではある、馬名を間違えて「あっ違う」は不覚にも爆笑した思い出が、GIで聞けたらいいね。あと「体制完了」の言い方にも特徴があるよね。
中野雷太アナの本命馬が来ないのは有名は話ですね、通称「落雷馬」と呼ばれています、中野アナ関連の事はまた次回書こうかな。
まだ米田元気アナと山本直アナが大阪支社へ行く前の動画です、米田アナは今年の元旦付で山本直アナと入れ替わる形で本社に帰ってきました。と言うのも米田アナはこの動画の半年後に大関アナと入れ替わる形で2016年4月付で大阪支社に異動しましたが3年9か月振りに本社へご帰還なされました。
動画も沢山掘り起こせたら良きかな。

お久しぶりです、元気でやってます。

まぁ、先月はやられました…見事にやられました、中山競馬でやられました。

中山だけでマイナス1万程、京都はプラス5千程ですかね、小倉はプラス1千以上かと思うんだけど。

やはり中山は芝・ダート共に荒れやすい傾向にあるのでね、マジでコテンパンにされちまったわ、逆に京都は芝・ダート共に荒れにくい傾向ある馬場です(でも長距離だと少しヒモ荒れやすいかな?)、まぁ天候にも左右されますがそれはまた次回の更新で言うからね。

本当に中山は本命でやるとコテンパンにされるレースが多いですから気を付けて買いましょう、中山開催分は大損です。

一方の京都競馬はやはり先月はプラスで終えました、今月はまだ京都開催分はプラスで終えている(現在進行形)、今週のきさらぎ賞は堅いぞ、先週のシルクロードステークスはワシが想像するほど荒れなかったよマジ、ヨシオがダメでした…。

先週から東京開催がスタート、今の所はと言うと若干マイナスです、取り返したいですねぇ…。

実は先月から競馬関連の本を2冊程購入致しました、日刊スポーツと競馬ブックも物を、ワシは日刊スポーツを見ているので其方を中心に、機会があれば東京スポーツの物まで…想像がスゲー膨らんじまうんだけど。

来月からは地方競馬にも力を入れていきたいと思いますけれども、川崎のエンプレス杯や船橋のダイオライト記念やマリーンカップ、大井の東京スプリント等、何せ競馬関連の更新が初めてなので下手ですが…基本的に毎週日曜日にウインズ後楽園5Fでやってます、土曜日は基本的に重賞開催のみ足を運んでいます、地方はオフト後楽園6Fで、「グランパスさん!」、「グランパスくん!」、「宝条さん!」、「宝条くん!」などと声を掛けて頂ければ有難いけど分からんわな、平成生まれのガーリッシュな男子ですよ、出来る事は教えたいですな、予想屋じゃないけどね(笑)

まぁ機会があれば別の趣味である落語や朗読、ナレーション、ラジオ、日経関連の事でも書きますか。

出来れば今月中にももう一回更新したいです!

では、ごきげんよう。

約2年振りですね、もう世田谷から練馬に引っ越してこの夏で2年です、この時期に競馬にハマりました、ウインズ後楽園で基本的に馬券を買ってます、5Fに基本居るよ、池袋でスタホ4もプレイしています、セガ池袋GIGOとAMサントロペ池袋に居ます、他にもアニメイトやゲーマーズなどにもソロリソロリと出没。

と言うのも、そろそろ更新をしようかと、競馬や落語など好きな事など色々書いちゃいます、て言うかぶっちゃけますね。

長文になることもありますが…。

ちなみに更新はmixi、niconico(マイリスト)、pixiv(絵は描きません、下らない小説ですが近々写真でも)、Twitter(リツイート多し)ばかりですが。

元気でやってますよ、では以上。

早朝の函館、朝7時に起床したのだか…俺の身体に魔の手が襲い掛った、簡単に言えば高熱に見舞われた最悪の寝起き、7時半にはもちろん朝食です、朝食を終えてから荷物を整理、ホテルの中にある売店でお土産も購入し9時にホテルを出発したんですけども、ここからは3時間半は高熱でダウンしている俺にとってバスの中は地獄…まぁ風景を見るのは良かった、ただネックウォーマーを鼻まで隠さないとダメだった、簡単に言わせてもらうと朝飯を食った後に気分が悪くなってしまったためで朝食前に嘔吐しちまった、それを1年生の時のクラスメイトの山下に見られると言う…山下からも「何してんねんお前」と言われたが山下は俺が体調が悪い事に気が付いたのでしょうか、トイレで会った友人の宇田川や増永や矢野などからバレていたが、見られたら相当恥ずかしいですよ、そんな訳で12時半頃に白老に到着し『アイヌ民族博物館』へ行くことになってはいたのですが、俺はクラス写真の後の前席でグロッキー状態で昼飯が食えない状態で苦しかった、時々、引率の横山先生が俺の事をとても気にかけてくれて、横山先生、あの時は本当にありがとうございました!
14時半に新千歳空港に向かい出発し1時間後の15時半に新千歳空港に到着、ANA1718便に搭乗、その便は17時に出発、正直なところ俺は実家には帰りたくなかった、修学旅行が楽しすぎて東日本に定住したくなって物悲しくなってしまった訳で、離陸前もダークだった、まぁ不思議なことに俺は飛行機の中で風邪が治っちまったのか分かんねぇけど、離陸前に上機嫌になり「おっぱい」ばっかり連呼していた俺、正直なことを言わせてもらうと頭は大丈夫じゃなかったみたいだ、山下からは「精神科に行っても無駄やろコイツ!」と言われる始末だった、19時に関西空港に到着、何故か俺の親父と親父の弟が偶然にも仕事で関空に来ていたみたいで帰りは親父と二人で帰宅、帰路の車で嬉しいことに車内で俺の大好きな『マルーン5』の特集やっているラジオがあって俺はそのとき心の中ではテンションMAXだった、『Makes Me Wonder』と『Misery』は今でも色濃く印象に残っている、大体20時ぐらいに帰宅し『ぴったんこカンカン』を見た、その後に自分の部屋に入ると懐かしい雰囲気が漂っていたが何故かそのときはすかさず俺は引っ越しの準備がしたくなってしまった「もう1度あの地に戻ろう」と決意したのもその時だった、俺は西日本に住むべき人間ではないのだと改めて知った、そのとき心の中もメチャクチャだった訳で家出したかった、もうあの時間に戻ることも出来ないと言うのは分かっていた、タイムマシンがある訳じゃねぇし、数分してから「友人を見捨てる訳にはいかねぇな」と思ったその時に俺の心は浄化された、そして夕食、実家での食事は日曜日の夕食以来だった、食べ始めたのが22時、23時に風呂に入った、風呂から上がったときには既に日付が変わっていて、その時に「高校の修学旅行が終わった」、「たった1度きりの修学旅行が終わった」のだと実感した、1時から『AKB48のオールナイトニッポン』を聴いた、今は水曜日の深夜ですが当時は金曜日の深夜に放送されていた、この日は、柏木由紀・倉持明日香・高城亜樹の3人だった、フレンチキスの3人でしたね、もちろんカセットテープに録音していたからいつでも聴けて今は親戚宅に預けていたが、東京へ引っ越しの際に廃棄処分してしまった、3時に番組が終わったと同時に俺は就寝、翌日の朝に岩手から荷物が届いた、その後にカバンの中の土産を渡しに親戚宅へ行った、そして、修学旅行のしおりは今日に至っても一切捨てず大事に都内の自宅に保管している、なぜ捨てないのか、また同じルートで行く予定だから、その当時は「別にその地に就職してもいっか」てな感じだったが今は夢を叶えることが第一の目標、最低でも下見気分でもいいから行きたい、当時は17歳、もう早6年の月日が経って現在23歳、この6年間は本当にあっという間、これが青春の結晶って奴だな!

朝は2日目・3日目と同じく午前7時に起床して7時半には朝食、いつもの流れのように感じたが、最後の『やまぼうし』での食事だったのでちょっと寂しい感じだった、それから朝食を終えてサブバックの荷物を実家まで着払いで配達するため妙なことをやらされた、もちろん1日目からお土産も購入致して午前9時半に安比高原にしばらくの別れを告げた、なぜこの様な事が言えるのか、絶対に再訪を心の中で約束したからだ、正直なところ本当に悲しかった、もちろんずっとではないが「もう少し東北に居たかった」気分だった事に変わりはない、高校の修学旅行は4泊5日では足りないのではと感じる所がある、私学の修学旅行も国内で良いです、大阪電気通信大学高等学校の修学旅行は絶対に今後も国内限定で。
バスに揺られて田沢湖を経由して午後12時半に青森駅に到着、それから13時17分発のスーパー白鳥19号に乗車、午後13時から車内で昼食、この日の昼食は蟹弁当、美味かった以外の言葉が出なかった。
13時17分、いよいよ出発し津軽線・海峡線・江差線を経由して函館へ! 途中、蟹田や木古内に停車しながら一行は北海道へ、まぁ初めての青函トンネルに俺は大興奮だった、通ったことがある方はご存知だと思いますが、LEDのライトが点灯しているのはご存知ですよね、最深部分に青と緑のライトがあることぐらいで、緑色のLEDが点灯している所が一番深いんですよ、て言うか俺はお菓子を大量に買っていたけど下車時には手ぶらになっちまって…ちなみに俺はFC東京のFWの前田遼一じゃねぇから…。
15時10分に函館駅に到着しバスで金森倉庫駐車場に移動、それから自由行動と言う感じで金森赤レンガ倉庫や考倉庫近くの波止場をぶらり、大量にお土産を買いまくりまして帰るときに苦労した、本当なら函館山ロープウェイに乗って函館山に行く予定だったのだが、実はここから函館山ロープウェイに乗る予定だったんですけれども強風によるロープウェイの運転見合わせにより中止になりとても残念だった、18時半にバスに乗り次の拠点『函館湯の川温泉 花びしホテル』に移動、早速19時から夕食、場所は『芙蓉』と言う所で食事、では20時から露天風呂、修学旅行では最初で最後の花びし温泉でございます、正直なことを言わせてもらいますと、俺は函館に行くのはこの時が初めてだったから一度行ってみたかったが修学旅行で行ってよかったと思った、初めは1人で行きたかったんですけども今はこれで良しとしておこう、安比と同様に俺はグループのヤツらと屋内の風呂で暴れ回り喋れり倒す、バカですね、まぁ猪塚と田野と西村などはご存知だと思うが、実はこの日の夜、とある人物が名言を残した、俺は連れの一人の中山や増永ら数十人と一緒に露天風呂にやってきた、そして連れの紅明と田野と西村なども来ていたのを覚えているだろう、そしてこの日に名言を残した9組の高崎がやってきて彼はとっさに「Fuck'in Me!」を連呼し始めた、実はこの彼が放った「Fuck'in Me!」こそあの時の名言だ、実は俺たちがその場にいたヤツらのみならずほぼ男全員に広まってしまった、ちなみに俺も外部で時々使っている、俺ってどうしようもない変態キチガイ紳士ですね、正直なことを言わせてもらうと21時半まで露天風呂にいたかった、そして館内へ戻り友人の部屋へみんなで集まってゲームしていて、昨日と同じ様に22時に部屋へ戻り…そこからまたぶっ通しでアニソンやサントラを聴いていて…安比の時と変わり無いですね、相変わらずです、その後に就寝し大体この日も23時だったかな、函館もなかなかいい所だった、住みたいとも思った、2016年春に東京に引っ越したが函館には近づいたがまだ少し距離が遠く感じる様なしない様な…宮城は岩手は近くなったけどね。

この日も朝は昨日に続き午前7時に起床。7時半にはもちろん朝食、8時半にスキーをする準備してからの9時からホテルの玄関に集合してゲレンデへ出発!! ここまでは前日と変わりがない、ずっと『クライシス コア ファイナルファンタジーⅦ』のモデオヘイムと本編のアイシクルロッジの感じの変わりはない、何かもう2日以上見てりゃあ慣れちまったもんだ、午前9時半にスキー講習の午前の部が開始、この日は最後のスキーだから結構な感じで張り切った、そんでもって午後12時からの昼食、俺はこの日はカレーを注文、午後13時から午後の部が開始、ここもやっていることは前日と変わりなし、午後16時にスキー講習が終了し楽しかったスキーもこの日で終了だ、思えば心残りが沢山あった事の変わりはない、本当なら上級者のデモ滑走があるはずだった、急遽中止、理由は突然の豪雪、これは本当に仕方がない事だ、まぁ午後17時にホテルへ戻ってロビーで昨日から貸し出されていたスキーのウェア、靴、帽子、手袋、ゴーグルを全て返却、ちょっと休憩を挟んで午後18時から夕食、場所は1日目の夕食と同じ場所で『やまぼうし』と言うバイキングレストランで、ちなみに2・3日目の朝食もここだった、午後20時からは待ちに待った露天風呂、実は安比の露店風呂に入るのは修学旅行ではこれで最後、本当のことを言うと「もう一日だけ延長してくれよ馬鹿野郎!!」って言ってやりたくなった、もちろん言ったら即停学処分は免れない、何故かと言うと、明日から北海道へ移動するから、正直なことを言うと初めは移動したくなかった、この日だけは何故かいつもより時間が長く感じた、部屋から見えるゲレンデが近く感じた、どうしてだろう、また来ると確信したからだと思うがな、昨日と同様に俺はグループのヤツらと屋内の風呂で暴れ回ってた、そして喋り倒したのは何だったのでしょうか、その日のサウナもずっと繁盛していた、露天風呂は昨日よりかは騒がしかった、何てったって最後の安比温泉、そりゃ当たり前だ。もちろん女子風呂を覗こうとしているヤツは流石に居なかった、正直なことを言わせてもらうと、午後21時半まで露天風呂にいたかった、こんなに楽しい修学旅行は今までになかったから、現実だが本当に色んな意味で良い夢が見れたと言えよう。
小学生と中学生の頃なんて今思えば本当に糞だったから、高校生活こそ楽園の一つと思い込んでいた、大当たりだ、そして館内へ戻り友人の部屋へみんなで集まってゲームをしていた。統括してみれば超楽しかった、もう安比最高、第2の故郷ばい。
昨日と同じ様に午後22時に部屋へ戻って~それからぶっ通しでアニソン聴きまくり!、まぁ『新世紀エヴァンゲリオン』、『灼眼のシャナ』、『涼宮ハルヒの憂鬱』、『とある魔術の禁書目録』、『とある科学の超電磁砲』、『侵略! イカ娘』、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』などは本当に安比でかなり聴いていたのでとても印象に残っている、ちなみ言っておくと『這いよれ! ニャル子さん』、『ラブライブ!』、『ビビッドレッド・オペレーション』、『アイドルマスター シンデレラガールズ』、『がっこうぐらし!』、『Charlotte』、『BanG Dream!』などはまだその頃は存在しなかった。『ドラクエ』、『FF』、『KH』などのサントラも聴いていましたね…そのまま寝てしまったんですけどね、大体午後23時ぐらいだった、気が付いたら寝ていたからiPodの充電がとんでもないことになっていたのは言うまでもない。
個人的なオススメは、『リトルバスターズ!』の「お砂糖ふたつ」、『Angel Beats!』の「一番の宝物」など記憶にある、あの曲は当時の安比高原の光景にマッチしていた気がする、『AIR』の「夏影」は夏の曲だけど何故かその時の雰囲気にマッチしていた、鍵っ子で申し訳ない。
まぁ部屋からゲレンデを眺めるのも3日目の水曜日で最後だった、いつもより綺麗にゲレンデが見えたのは記憶に残っている、今日でも記憶にある、どれだけこの地に住みたいと思ったかことか、お墓など終の棲家は都内及び東京都練馬区や隣接の関東の県だのみで考えているが、関東以外であれば安比高原でも良いと思っています、何せ第2の故郷だから、なので俺の葬儀は無いと思ってくれ、理由は2011年の修学旅行が個人的な生前葬でもあった、また何処か思い出の場所等で何度でも生前葬が出来ればなと思っている。