「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
この「平家物語」書き出しはそらんじることができる方も多いのでは?平家の栄枯盛衰を描いた軍記モノ、平家物語は作者不詳、鎌倉時代に完成したと言われています。琵琶法師によって語りつがれ、人々に書物で読みつがれ、いくつものバージョンがあります。
今回ご紹介するのは「林真理子版・平家物語」です。(2021年~2023年に雑誌に掲載されたものを加筆修正)
著者のインタビューや出版社の記事によれば、原典のダイジェスト版ではなく、原典からいくつかの章をとりあげ、解体・組み立て直し、現代の散文の文体にしたもの。
平家の滅亡にスポットを当てながらも、戦場シーンは少なく、没落者への過度な憐れみもなく、それでいて武士以外の登場人物、とりわけ女性の心のヒダまで繊細に描かれています。原典をモチーフにした新たな小説と言っていいと思います。
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平家物語 / 林 真理子 (小学館)
2023年刊
お気にいりレベル★★★★★
原典に漂う栄華を極めた平家が消えゆくはかなさを守りつつ、母や妻の立場と平家一門の立場の狭間のジレンマや、傍で仕えた者の目に映った平家の人びとの素顔、子を思う父・母としての情といった機微が、適度の湿度を保ちながら随所にみられます。
真理子版は次の構成で、さまざまな立場の登場人物(太字)が語ります。( )内はブログ筆者注
歌舞伎や文楽でも題材になり原典平家物語でも山場とされる、源氏の
▼序
▼一、入道
▼二、三位中将
▼三、無官大夫敦盛(源氏武将・熊谷直美が報せた亡き息子敦盛を、清盛の異母弟経盛が壇ノ浦の戦直前に偲ぶ)
▼四、建礼門院徳子(壇ノ浦で入水した清盛の娘・安徳天皇の母の回想)
▼五、二位尼時子(かつて清盛の妻時子に仕えた老婆の語り)
▼六、後白河法皇(平家に翻弄された後白河法皇が平家の盛衰を回想)
▼七、九郎判官義経(一の谷で平家と決戦に臨む義経の語りと、清盛の甥・夫平通盛の戦死を知った妻の語り)
▼結、
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真理子版で採られたのは、原典平家物語のごく一部であり、ストーリーが時系列ではないことから、平家の勃興・頂点・没落・滅亡といった全体の流れは見えづらくなっています。
それと引き換えに新たな組み立てで力を得たのが、一人ひとりに生まれる、狭間での揺らぎです。章ごとに視点の主を変えて完結させる作りが、個々の心情にスポットが当たりやすくなっています。
帝となったわが子への愛情と平家の誇りとの間で揺れる使命感。
戦死した夫と再会するための自死願望とようやく身ごもった忘れ形見への愛情との間で揺れる愛情。
すべての身内を失った女性の恨みに対する恐れとその女性と再会したいという愛情の間で揺れる執着心。
敵の青年武将を生かしたいという人情と敵として殺さねばならない使命との間で揺れる武将の心情。
奇襲成功の自信と難しい地形を攻めるリスクとの間で揺れる功名心。
権力を守るために支援を仰いだ勢力の増長に、他の勢力に征伐を命ずる揺らぎ etc.
同じ場面が異なる章で登場して、異なる点に注目して見え方・感じ方が異なります。
もう一方で、栄光の頂点に立ちながら没落し、一門の滅亡を覚悟した女性二人、平清盛の妻だった二位尼時子と、清盛の娘で帝の母だった建礼門院徳子は、心に揺らぎが生じながらも、他の登場人物とはひと味ちがう着地を見せます。
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真理子版で新たに挿しこまれたエピソード、「結、阿波内侍」で老いた阿波内侍が演ずるラストシーンは、いくつものバージョンをもつ「平家物語」の読者に対する、物語の受けとめ方への警鐘にも聞こえる、危なっかしさをはらんでいます。
最後の最後までほどこされた真理子版らしさです。
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