[本] 複合的感情の醸成 / ジヴェルニーの食卓 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

8年前にこの短篇集が出されてから読むのは今回で3度目です。読むたびにこの4篇に強く惹かれていきます。

その魅力は、短編それぞれの主人公となっている4人の女性を中心とした、女性登場人物がその画家に注ぐ視線の違いです。


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19世紀後半の登場当時、画壇から描く対象や画法を嘲笑された印象派画家、マティス、ドガ、セザンヌ、モネの4人の創作意欲の源を、彼らと関わりをもった4人の女性の語りから浮かび上がらせます。
 

ジヴェルニーの食卓 / 原田マハ (集英社文庫)
2013年刊、2015年文庫化
お気にいりレベル★★★★★

「うつくしい墓 Interview avec Maria Magnolia」では、若い時分にアンリ・マティスの家政婦を務めていた老女が、雑誌「ル・フィガロ」のインタビューで彼の作品「マグノアリアのある静物」誕生のいきさつやマティスとある女性と交流を回想しています。

「エトワール L' étoile」では、エドガー・ドガと交流のあった老齢のアメリカ出身の女性画家が、パリの有力画廊の求めに呼応して、ドガが「十四歳の小さな踊り子」を創作した時の独特の過程を追想します。

「タンギー爺さん Le Pére Tanguy」では、パリの画材店主で印象派の支援者であったタンギー爺さん(ゴッホのモデルにもなった)の娘が、ポール・セザンヌに絵具代を取り立てる手紙で、当時の印象派画家の甘えぶりと家業の窮状を語ります。

「ジヴェルニーの食卓 À table à Giverny」では、クロード・モネの義理の娘が、自然の光を追い続ける晩年のモネの執念を、身の回りを気遣う日々の様子とモネと再婚相手の家族との関係とともに語ります。


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登場人物の女性たちの生い立ちを通じて歴史や社会的な背景が伝わってきます。その生い立ちを背景にして、彼女たちが画家に注ぐ視線とそこから生まれる感情は一つの熟語で表現しきれない豊かさです。

「美しい墓」の語り手「私」は第二次世界大戦の戦争孤児で、中学卒業とともに孤児院を出て裕福な女性の下で家政婦として働き始めています。彼女のマティスに対する思いは、単なる尊敬・敬愛を超えたものであることは、マティスの没後の彼女の身の振り方に表れています。

「エトワール」の主人公の老婦人メアリー・カサット(実在の画家)の画家になるまでの逸話は、19世紀半ばのアメリカでも女性が画家を目指すことの難しさを伝えています。無理して渡仏して出会った、先端を行く画家ドガに対する憧憬・嫉妬が化学反応を起こしています。

同じ「エトワール」(フランス語で「星」)で表題のモチーフとなったバレーの踊り子の家の貧しさや稼ぎ手としての自覚は悲惨といっていいほどです。バレリーナでありながら売れない画家のモデルとなることを決意した動機をこう振り返っています。

「あたしを、『エトワール』にしてくれるって……」

モデルとなった少女のいう「エトワール」(星)の意味するものを知ってこの台詞 せりふ を読んだとき、悲しさが一気に増しました。


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主人公に限らず、脇役たちのふるまいは、今では誰もが巨匠と呼ぶ画家に、不本意な評価を受けていた当時から気持ちが向かっています。

神秘的ともいえるマダム・マグノリアの長年にわたるマティスと交流。

マティスの家の料理人・家政婦・看護師の一糸乱れぬ連携プレイ。
モネの庭男・料理人・家政婦の使用人全員がモネに尽くそうとする朝のルーティン。
妻や娘の苦労をよそに、売れない印象派の画材代金代わりに画廊のように作品を預かるタンギー爺さん。
ドガの遺作のひとつの相続人を遺志に忠実に探す画廊主親子。

史実に則ったエピソードに絡ませた舞台設定の巧みさが登場人物の感情描写と合わさって、実際のページ数を超えた豊かさを醸し出しています。



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