[本] いつか尽きる親の支援 / 小説8050 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

2年前、元事務次官の男性が40代の長男を殺害する事件があり、犯人が官僚トップにのぼりつめた成功者であったことで注目を集めました。

その後、その家での家庭内暴力と犯行直前に別の50代男性が起こした通り魔事件が動機、と犯人である父親が語ったことから、長期に引きこもる人の高齢化と老々介護を結びつけて8050問題の結果として関心を集めました。

この小説はその事件を契機として書かれました。
先代から継いだ歯科医正樹を父親し、妻節子、損保に勤め家族とは別居する20代半ばの娘由依、7年間引きこもる20歳過ぎの息子翔太、の4人家族の物語です。

父親正樹を主人公にして描いたことにより、何かと仕事を理由に日常の家庭のことから目をそらしている父親とはどういうものか、リアルに伝えてきます。


   ◆      ◆      ◆

 

 

小説8050 / 林 真理子 (新潮社)
2021年刊
お気にいりレベル★★★★☆

歯科医を斜陽と考え、父正樹は長男翔太を医師にしようと中高一貫校に進学させました。
しかし、中二の夏休み明けから不登校になり7年が経ちます。
学校に問い合わせても調査結果はいじめの事実はないとの回答。翔太は自室にこもり、夜に食事を摂ったり、コンビニなどに買い物にでたりする生活が続いています。

8050問題を背景とした殺人事件や近所の両親の死後に立ち退きを迫られた50代男性をきっかけに、正樹もそれらを他人事とわきりれずに頭のどこかにひっかかるようになります。
翔太がやりなおしが利く年齢のうちに何か手を打ちたいと考え、それまでの妻に任せっ放しから行動を起こそうと考えを巡らせ、翔太にも働きかけて変化をみせます。
いまさらですが。

ひきこもりからのやり直しを支援する、サービス、学校、弁護士なども比較されながら登場し、本人や家族の考え方と解決手段の組み合わせが検討されます。

正樹がまず相談する妻節子の意向、当事者翔太の反応、結婚を考え始めた姉由依の問題家族への視線、そして正樹自身の善意と試行錯誤・・・・。7年経過してからの一念発起ですから、一筋縄ではことは動きません。

そもそも何が解決のゴールなのでしょう。


   ◆      ◆      ◆

自分以外に家族がある身であれば、それが子でなくても、親・配偶者・兄弟・孫など、周りの人からのいじめやトラブル、あるいは毎日続く仕事上の緊張があれば、いつ誰が仕事を失ってもおかしくありません。

家計をともにする誰かがそれを支える実入りがあればいいですが、いつかそれも尽きる時が来るのであれば、生活を支える術を考えておく必要があります。

でもそうした将来設計を合理的に検討できる状態であるとは限りません。
そんな時、どこに/誰に相談すればいいかがわかるだけでも支えへの道はみつかりそうです。相談自体も難しいのであれば、自分の代わりに相談してくれる人がいればいいのですが、長いひきこもり生活はそうした人間関係を絶っていくのでしょう。

この小説は読み進むうちに、さまざまな具体的な場面を想像して考え始めていました。
そして、解決への行動がいかに難しいか、解決策やその支援者との組み合わせの善し悪しや相性といった運にも左右されると考えました。


   ◆      ◆      ◆

厳しい現実と確率の問題があるとはいえ、希望はあるのでしょうか。
小説の読後感は大切です。

終盤、作者は目指すゴールのあり方のひとつを提示してくれました。
さらに、林真理子は思わぬシーンを用意してくれました。爽快な読後感でした。



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