実在する3本の映画の撮影現場に架空の青年を一人紛れこませ、
80年前が舞台なのに今を考えさせる小説が生まれました。
史実のすき間に紛れ込んだ青年は柴田彰。
東京で親の下で大工修行中、20歳で俳優を目指して2年で挫折。
今では、後にウルトラマンを生む円谷英二の特撮部隊の一員です。
3本とは次の映画です。
新しい土:1937年日独合作、監督アーノルト・ファンク/伊丹万作
ハワイ・マレー沖海戦:1943年東宝、国策映画
タイタニック:1943年独、監督Werner Klingler、Herbert Selpin
いずれもきな臭い作品です。
◆ ◆ ◆
ヒトラーの試写室 / 松岡圭祐 (角川文庫)
2017年刊(文庫)
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日独合作「新しい土」でオーディションを受けたものの落選。
新人の原節子が主役を射止める一方で、
彰は偶然の成り行きでこの映画の特撮班の臨時採用に。
これをきっかけに、日独それぞれで撮影される
「ハワイ・マレー沖海戦」「タイタニック」と関わっていきます。
「新しい土」をドイツで公開しようとするナチの意図。
日本が「ハワイ・マレー沖海戦」の完成を急ぐ理由。
ナチが「タイタニック」の脚本を書き換える狙い。
いずれも戦争を進めようとする国家の都合のいいように
国民の意識を操作しようとしています。
◆ ◆ ◆
スターの階段を昇りかける原節子、
柔軟で合理的な発想で特撮技術を磨く円谷英二、
軍人でなともナチで存在を示そうとする宣伝相ゲッベルスら
実在の人物が活きいきと登場します。
この小説に登場しても歴史に名を刻んでいない市井の人々は
この時代を空気を示してくれます。
彰の父は、映画俳優を河原乞食以下とののしります。
大陸や太平洋での勝利の度、百貨店や商店街のセールを楽しみし、
真珠湾攻撃の日には玄関に国旗を掲げる家もあり、
街角は活気と笑顔が目立ったといいます。
戦勝特需でドイツではヒトラー政権へ高い支持率を示します。
<参考>
1935年 イタリアがエジプト侵攻
1937年 盧溝橋事件(日中が戦争状態に)
1938年 ドイツがオーストリアを併合
1939年 ドイツがポーランド侵攻
1940年 日独伊三国同盟締結
1941年 日本がハワイ真珠湾を襲撃
◆ ◆ ◆
この小説に描かれている社会の状況はこんな感じです。
資源・エネルギーの輸出禁止と領土侵略。
選挙制度の下で生まれた政権による独裁。
映像により意識操作の試み。
政権の意向を忖度する報道機関やフェイク・ニュースの反乱。
闘いにより多くの命が失われることを想像しなくなる市民感覚。
今から80年前の時代を舞台にした話ですが。
◆ ◆ ◆
真珠湾攻撃を特撮で再現することになった時、
円谷が彰に語った言葉が印象的でした。
敵の戦艦を沈める。何百何千という兵士が乗っていただろう。
[end]
*** 読書満腹メーター ***
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